十八 想定外

文字数 2,542文字

 チャン・ミンスクから辞職勧告されて以来、オイラー・ホイヘンスは一度も優性保護財団に出勤しなかった。
 勧告から五十日後。警備部職員全員が辞職した。


 二〇八〇年十二月六日、金曜、バクダッド八時。(上海十三時。バンコク十二時。ローマ六時。ティカル十二月五日、二十三時)。

 バクダッドの統合政府ビル統合議長執務室でアラームが鳴った。執務室はオート・シールドされず、デスク上の空間のバーチャルディスプレイは、ホイヘンスの3D映像ビーム照射を示した。

「お早う、ミンスク。元気か?」
 オイラー・ホイヘンスの3D映像が現れてソファーに座った。
「ああ元気だ。その後どうしてる?」
 ミンスクはソファーのホイヘンスを見て背後の壁を開き、ミニバーカウンターのグラスにウィスキーを満たした。
「ミンスク。優性保護財団を辞職するから、それなりに手続きしてくれ」
 ホイヘンスはミンスクにそう告げた。
 
「やっとその気になったか?」
 ミンスクはソファーへ歩いて、グラスをテーブルに置き、ソファーに座った。
「先月の公聴会で、私の罪状が決まったか?」
「いや、まだだ」とミンスク。
「状況は?」
「前に話したように、統合政府反逆罪と医療反逆罪が課せられる」
「どうなってる?」
「十月の統合議会で君の統合政府反逆罪と医療反逆罪が取り上げられた。公聴会が開かれて意見陳述された。最悪な状況だ」
「決定してないのだな?」
「三日後の今月の公聴会で統合議会が決定すれば、第一級重罪犯で永久禁錮刑だ。
 逃亡すれば逃亡罪が加わり、超弩級重罪犯になる。減刑は無い。
 申し開きするなら、今月の公聴会が最後の機会だが、罪状は覆らない」
「わかった・・・」
 ホイヘンスはしばらく考えていた。

「公聴会で陳述しよう。反論せずに罪に問われるのは心外だ。私が陳述するよう手配できるか?」
 ホイヘンスはミンスクを見つめている。
「もちろんだ。事前に辞職しても、それなりの陳述はしなければならなかった。その事は、わかっていただろう?」
 ミンスクは暗に、戦艦〈ホイヘンス〉の建造と内部で行われていた実験を示した。
「承知してたよ・・・。
 それでは、三日後の公聴会に出頭すればいいのだな?」
「三日後、九日月曜の一〇〇〇時だ」
「わかった。いろいろ、ありがとう」
 ホイヘンスの3D映像が消えた。


 三日後。
 優性保護財団の全職員が一回目の公聴会の前に、統合検警特捜部(地球国家連邦共和国統合政府、法務省検察警察特別行動捜査庁、検察警察特別行動捜査局、検察警察特別行動捜査部)の事情聴取を受けた。全職員が、統合議会の要請で移植臓器の管理と培養を職務としていると語った。職務を除けば、ホイヘンスに関する記憶は皆無だった。
 
「優性保護財団ビルの総裁執務室はエレベーターで、地下の生物研究所から屋上のエアーポートまで移動できた」
 とのラビシャン教授の証言に基づいて、統合検警特捜部が調査したが、屋上から五階下にある外部情報管理室間まで、総裁執務室とは別に設けられた専用エレベータと、そのシャフトが判明しただけで、総裁執務室より下に、総裁執務室自体が移動する専用のエレベーターシャフトは見当たらなかった。

 一回目の公聴会で、ホイヘンスは、
「バンコクの優性保護財団ビル地下研究施設は二十年以上前に閉鎖された」
 と語り、
「ケープタウンとギアナ高地のテーブルマウンテン内の研究施設で行われたのは、移植臓器の培養だけだ」
 と陳述した。人類の未来について貢献している事を強調して、
「ケープタウンとギアナ高地の両研究施設は、パラボーラの不慮の事故で壊滅した」
 と語り、戦艦〈ホイヘンス〉には、一言も触れなかった。

 統合政府からは、ティカルの地球防衛軍そのものが統合評議委員会の機密のため、ティカル駐留軍による戦艦〈ホイヘンス〉の艦隊とティカル駐留軍の交戦記録は提出されなかった。

 統合検警特捜部は、捜査結果に基づいて、ホイヘンスの統合政府反逆罪と医療反逆罪を確定する、宇宙戦艦建造と臓器培養を目的にしたクローン製造の確固たる証拠を提出した。
 だが、統合議員の半数以上、特に優性保護団体から臓器提供されていた統合議員は、ホイヘンスに逃亡の意思が無い、と判断して、優性保護財団の総裁に就任させたまま、優性保護財団と自宅だけに居住を許される永久軟禁を決定した。統合政府反逆罪と医療反逆罪の減刑であり、事実上の無罪だった。
 統合議員たちは、癌細胞を取り除くように、ホイヘンスの力で、自分たちの身体に現れたケラチンシェルを排除できる、と考えていた。あまりに馬鹿げた根拠のない利己的な結果だった。


 その後の統合検警特捜部の捜査で、ホイヘンスに関して、優性保護財団職員の記憶が思考記憶管理システムによって消されている事実が判明した。
 また、優性保護財団ビルの地下研究施設は閉鎖されておらず、総裁執務室自体がエレベーターと化した専用エレベーターシャフトは、各階フロアを部屋ごとに水平方向に移動して、各部屋の間の空間に余裕を持たせ、シャフトの空間を無くした事実が判明した。
 全てが証拠隠滅を企てた結果だった。
 統合検警特捜部の捜査を踏まえて、統合評議会は統合議会を通じ、二度目の公聴会に出席させるべく、ホイヘンスに召喚命令を下した。
 だが、ホイヘンスの居所は知れず、優性保護財団から臓器を提供されてホイヘンスに永久軟禁を科した統合議員たちは、他の議員から激しく叱責された。

 統合評議会は議案提出超越権を行使して、ホイヘンスに統合政府反逆罪と医療反逆罪、逃亡罪を科した。そして、統合議会を通じて検察警察機構と軍事機構と一般市民に、第一級重罪犯ホイヘンスの逮捕権を与えた。
 その後、ホイヘンスの逮捕権は、ホイヘンスの身体形態を問わない特別逮捕権に変った。
 単なる第一級重罪犯なら、逮捕と同時に特殊カプセルに隔離幽閉されて、生かされたまま、その存在は現実世界から消滅する。だが、身体形態を問わぬ逮捕は、抹殺や分子レベルの分解を意味した。

 統合評議会の結論は、トムソがローラのテロメアの分子記憶として受け継いだ『時空の維持管理』から遠くかけ離れた『時空の支配』だった。
 やはり、人類にはクラリック精神の支配概念が宿っていた・・・。
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