二 マリーの精神共棲体J

文字数 5,526文字

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月十五日、午後。
 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。
 ダルナ大陸、ダナル州、アシュロン。
 ドレッド商会本部とフォースバレーキャンプ。


 ジョーは、テレス帝国軍が再建したかつてのアシュロン商会だが、今はドレッド商会と名を変えた商会ビル三階執務室で、ソファーに座って考えていた。
 破壊した商会前に、身体を完全再生した俺がいたから、帝国軍は、軍警察コンバットがアシュロン商会を破壊したと判断して、テラフォーミング重機を時空間スキップさせた。
 重機のオペレータはレプリカンのマイケルとトムだ。二人は商会ビルの設計に精通していた・・・。右手を無くすとは、とんだ誤算だった・・・。
 ジョーは右手を左手でさすった。

「マリーとはいずれ会う機会があるのに無理をするからです。
 今後は注意してください」
「そう怒るな。こうして手は再生したんだ」
 ジョーはまた左手で右手をさすった。
 不用意にマリーに近づいたジョーに、クラリスは、困ったものねという表情だ。

「わかったよ、クラリス。今後は気をつける。
 フォースバレーキャンプの4D映像を見せてくれ」
「見るだけですよ。
 すでにジョーのレプリカンが余計な事をしました。
 自殺幇助です。コンバットに逮捕される行為です・・・」
 レプリカンのジョーも困ったものだ、とクラリスは考えている。
 レプリカンの自殺幇助が時空間の流れに変化をきたした。俺が右手を無くしたのも時空間の流れが変化した結果だ・・・。クラリスが怒っているのがその証だ・・・。

「4D映像が出ました」
 室内に、帝国軍警察フォースバレーキャンプの遺体安置室が現れた。


「妹か?」
 カール・ヘクター中尉が遺体安置台に寝かされたヒューマから覆いを取った。
 横たわるヒューマはマリーの妹のジュディーだ。
「ああ、そうだ」
 ジュディーの顔は眠るように穏やかだ。身体を揺すれば今にも目を覚まして、眠そうな顔で、おなかすいたと言いそうだ。

 カールはジュディーの覆いを首まで取って目を伏せた。
「ここから下は見ない方がいい」
 この砂だらけの惑星ユングでクラッシュを扱う組織と戦い、ヒューマノイドを処分してきたカールが、マリーにジュディーの遺体を見せないのは損傷の酷さを示している。
 このカールはニオブのトムソC(カムト)の精神共棲体だ。Cは年上だがJの甥だ。

「いいから全部見せろ」
 マリーはカールに覆いを取らせた。
 アコーディオンの蛇腹のように、グシャグシャに圧縮された下半身を無理に引きのばしたらしく、はみ出たであろう内蔵と、千切れたと思われる脚は、強靱な人工皮膚の内部に納められていた。それでも身体変形が激しかったのか、変形を矯正できなかった骨格が、人工皮膚の局所を内側から外へ変形させている。

「下半身が衝撃を緩和した。顔は無傷だった」
 カールが呟いた。
「何階だ?」
 マリーは隣の遺体安置台へ視線を移した。
「十二階から落下した」
 カールは、飛び降りたとは言わなかった。

「こっちもか?」
「そうだ。妹の友だちか?」
 カールは隣の遺体の顔から覆いを取った。
 頭部の右半分が人工皮膚と人工髪で細工してあり、右肩から下も同様だった。

「ポールの娘だ。ジュディーの友だちのアマンダだ」
 アマンダの父はフォースバレーキャンプに勤務する帝国軍警察の一等事務官だ。
 妹とアマンダは理想に燃えてウニベルジテイトを目指していた。どうしてこいつらがクラッシュに手を出した?もしかして・・・。

「二人の他にも、コンバットの親族に被害者がいないか確認してくれ。
 今までクラッシュで死ぬのは、この惑星のユンガだけだった。
 今度はジュディーとアマンダだ。
 商会は我々コンバットに戦いを挑んでるんだろう」
 マリーはコンバットの関係者の安否が気になり、二人を見つめたままカールにそう指示した。


 今、マリーは、マリー・ゴールドの身体からJの意識で対象を見ている。
 Jの精神と意識と共棲している、マリーの精神と意識は、J同様、妹の死を嘆くより、被害者を出さないようにするのが先だと主張している・・・・。
 4D映像を見ながらジョーはそう感じた。


「了解!」
『コンバット!マリーと事務官の身内がヤラれた!
 みな、親族の安否を確認しろ!
 マリーは、商会が我々に圧力を加えた、と判断した』
 カールの精神波にコンバットが応答する。
『コンバット関係者に被害者は出ていない』

「カール。辛い事を頼んですまない。
 ポールにアマンダの事を知らせてくれ」
「ポールは今日、本部へ出かけてる。夕刻まで戻らない。
 連絡するか?」
 ダナル軍事基地にある帝国軍警察本部はアシュロンから北へ二百キロメートル離れている。
「帰ってからでいい」

 いずれ知らねばならない悲しみは、たとえ数分だろうと、知らずにいるほうがいい。
 早く知ったところで、耐えられない悲しみを、時は解決してくれない。
 解決するのは己の心なのだから。
 今回の事件でジュディーは解剖された。いずれマリーはジュディーの病状を知る・・・。
 ジョーは4D映像を見ながら、マリーからそう感じた。


 マリーはマリー自身の悲しみが表面化するのを感じて、カールに伝えた。
「悪いが、独りにしてくれるか」
「わかった・・・」
 カールは遺体安置室を出た。

 自動ドアが閉じると、マリーは唸るように嗚咽し、大声で泣いた。
 父母を亡くして、伯母一族を亡くして、妹を亡くした。これで独りになった。
 今はジュディーのことを何も想いだせない。記憶が真っ白だ・・・。


 ふっと何かがマリーに閃いた。
 マリーは涙を拭いた。遺体安置室から出て、コントロールフロアに向って叫んだ。
「カール!二人の解剖スキャンを見せてくれ!」

 コントロールフロアで、カールはバーチャルコンソールを操作し、デスク上方に現われた解剖スキャンの3D映像を示した。
「クラッシュで拍動量が増えて静脈が破損した。こっちは心臓停止だ・・・」
「クラッシュによるショック死か。
 ジュディーもアマンダも、脳血管と心臓に持病を持っていた。
 いずれ発病して死ぬってことか」とマリー。
「そうだ・・・」とカール。


 マリーは気づいた・・・。
 4D映像を見ているジョーは、そう感じた。
 アマンダの遺伝子型は特殊で移植できる心臓はなかった。組織培養も不可能だった。
 俺がアシュロン商会本部のレプリカンから攻撃されていた頃、二人はニューアシュロンのアカデミアで、俺のレプリカンに、アシュロンの懐かしいビルの十二階へ行きたい、と話した。
 そのビルは幼児期の二人が一時的に預けられていた施設だった。
 コンバットのマリーは、その施設がアシュロンのビルの十二階にあったのを忘れていた。

二人は自分の限界を知っていた。
 俺のレプリカンは自殺幇助が違法と知りながら二人の願いを叶えて、二人をビルの十二階へ時空間スキップした・・・。
 マリー。ジュディーとアマンダは一般的なカプラムとユンガだ。
 ヒューマとしての限界を認めてやれ・・・。
 そうでなければ二人のレプリカンを育成して、二人の肉体の分子記憶と波動残渣から、二人の意識を再現すればいい。俺にはそれしか言えない・・・。
 そう思いながら、ジョーは4D映像を見続けた。


 カールは解剖スキャン映像を、監視映像に切り換えた。
 二人の遺体映像と時間を溯った周辺ビルの映像が現れた。

「二人は北地区のビルの間で見つかった。
 二人は突然ビルの十二階の窓に現われて落下した。
 二人がいた周辺ビルにヒューマやユンガがいた形跡はない。
 一時間前に・・・」

「アカデミアで拉致されて、こっちに時空間スキップしたってか?」
 マリーは監視映像を切り換えた。
 授業を終えてアカデミアから出てくるジュディーとアマンダの背後にジョーがいる。

 マリーは監視映像が記録された時刻を確認した。
「拉致したのはコイツか?この時刻、ジョーは商会に狙撃されて銃撃戦になった。
 カールも、PeJが送った映像を確認したはずだ」
「ああ、確認してる。
 だが、コイツはジョーだ。同一時刻に同一人物は二ヶ所に存在しない」
「映像をスキャンできるか?」
「やってみよう・・・」
 カールはアカデミアの監視映像とPeJが送った4D映像から、波動残渣を探査した。

「どっちもジョー本人だ」
「レプリカンか・・・」
「そういうことだ」
 レプリカン技術は帝国政府が管理する技術だ。ユンガもアシュロネーヤもアーマーもコンバットも、レプリカンを作れない。
「レプリカンを誰が作ったと思う?」
 マリーはカールの意見を求めた。
「ユンガに知的なヤツは皆無だ」
カールはバーチャルコンソールを操作して、アシュロネーヤのファイルを表示した。


 ほほう、クラリスが作った記録を信じたか。
 カプラムはお前たちが考えるほどマヌケではない。
 オラールやヒュームを考えてみるがいい。それに、マリー。お前自身もだ・・・。
 4D映像を見ながらジョーはそう思った。


 ユンガが、レプリカン培養に関する高度な知識と技術を持っているとは思えない・・・。
 アシュロネーヤは、禁止薬物売買でクレジットを得て、ここより辺境な惑星を買って共和国を作ろうと考えるのが関の山だろう・・・。
 だが、そんな事をしたら、帝国の思う壷だ・・・・。カールはそう思った。

「何だって?もう一度、伝えてくれ」
 マリーはカールにそう言った。
「何をだ?いつも思ってる事だろう?」
 カールはマリーを見て妙な顔をしている。

「最後の思考がいつもと違ってた。
 もう一度伝えてくれ。そう考えた根拠も含めてだ」
 マリーはカールに精神思考を促した。
「アシュロネーヤはクラッシュ売買利益で辺境な惑星を買って、共和国を作ろうと考えてる。そんな事をしたら帝国の思う壷だ。
 根拠は、かつてユンガが支配していたこの惑星ユングに帝国軍が駐留して、今は支配状態にある事だ」とカール。

「一理あるな」とマリー。
「売人がレプリカンである必要性は何だ?」とカール。
「PeJの4D映像を見ただろう。おそらく売人のクラッシュ解毒能力だ」
 マリーはPeJの4D映像を確認した。
 廃墟ビルの一郭で、ジョーはカプセルの三分の二のクラッシュを身体に圧入しても自分で解毒した。

「なるほどな・・・。
 レプリカンを誰が作ったと思う?」
 そうマリーに訊くカールの精神思考域(心の深淵部)に結論が見え隠れしている。
「レプリカン培養装置を持っているのは帝国政府だけだ。
 政府内にアシュロン商会に通じる者がいて、レプリカン培養装置を横流ししたと考えられる。それとも商会が独自にレプリカン培養装置を開発したと思うか?」
 マリーはカールの精神思考を探った。

「ユンガに図形解読能力はない。設計図を見て製作するのは不可能だ。
 独自開発は無い」
 カールは、ユンガが機器開発や製作をできないと考えている。
「帝国政府内に、商会に通じるフィクサーがいてレプリカンを作ったか、あるいはレプリカン培養装置を横流ししたのだろう。
 ソイツが何を考えてると思う?」とマリー。 
「惑星ユングを足がかりに、帝国はテレス星団の周辺境星系へ進出する気だ」
 カールが苦虫を噛んだような顔をした。


 ジョーは、二人が帝国政府とアシュロン商会の関係に気づいた、と思った。


 マリーは4D映像を消去して、コントロールフロアを飛びまわっているPeJを呼んだ。
「PeJ、アシュロン商会本部にいたドレッド・ジョーを探してくれ。
 簡易再生培養装備で身体を再生したジョーだ。
 ジョーのレプリカンがいるから、右手が新品かどうか確認するんだ。
 見つけたら、連絡してくれ。私とカールはチームと地下ドームで作戦会議をする」

「ここから探査していい?」とPeJ。
「ああ、いいぞ・・・」
 ハエに小型化していたPeJがサッカーボールほどになった。
「フウーッ、元に戻れたあ。探査開始だよ~!」
 トルクンのようにプルプル震えている。
 あい変らず妙なヤツだ・・・。
 そう思いながら、マリーはカールに言う。
「カール、あとから地下ドームへ行くゆく。皆を集めてくれ。
 マリーを独りにしてくれ」
「Jはマリーが納得するまで、マリーとともにいてやれ。作戦はオレが指揮しておく」
 マリーの大切な妹が失われたんだ・・・。妹の死を受け入れるまで、マリーの意識と精神は悲しみの波に襲われる・・・。時間をかけても、すぐには解決しない・・・・。

 そうしたカールの思いが、マリーと4D映像を見るジョーに伝わってきた。
「ありがとう。カール・・・」


 カールが去ると、マリーはオフィスを窓辺へ移動して、フォースバレーキャンプから見えるアシュロンキャニオンを見おろした。
 意識は精神の上に構成された思考形態だ。精神や心を基盤にしているが精神や心ではない異なる存在だ・・・。私たちニオブはその事を理解している・・・。
 マリーに精神共棲している、精神生命体ニオブのニューロイドJはそう思った。

 このカプラムのマリーは意識と精神と心の関係を理解していない。マリーの意識は精神や心のダメージをダイレクトに受け入れてしまい、精神と心からジュディーの存在が薄れなければマリーの意識は救われない。
 私が精神共棲しているマリーの精神と心がダメージを受けて意識が苛まれているのに、マリーの精神も心も意識も癒してやれないのは辛い・・・。
 私たちは精神生命体ニオブだ。時空間の管理者だ。私たちは悪しき芽を摘むだけで、特定固有種の保護育成を許可されてはいない。
 それが、あの「存在」から、私たちがニオブとして存在することを許された定めなのだ・・・。
二 マリーの精神共棲体J
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