六 資料分析

文字数 4,023文字

 ガイア歴、二〇五九年、六月。
 オリオン渦状腕、ヘリオス星系、惑星ガイア、バンコク、地球国家連邦共和国科学省科学庁、学術研究局会議室会。


 一ヶ月後。
「皆が、クラリスの端末で、事前に分析結果を知らされている。
 今回の議題は、分析した各分野の問題点を上げて論ずることだ。
 惑星移住が安全か否か、結論を出すのは次回にする。
 議事を進行する。
 では、各分野の責任者に見解を示してもらう・・・」
『惑星移住計画』の計画責任者ケプラーは各分野の分析者たちに言った。

 ここはバンコクの地球国家連邦共和国科学省科学庁、学術研究局会議室である。各分野の分析者たちは、スキップドローン・エルサニスが残していった宇宙船の設計図と、三つの惑星に関する資料を分析した者たちである。
 そして、クラリスは分散型集中管理システムを有する巨大量子コンピューターの電脳意識。人格は女性だ。


 宇宙船の設計図分析責任者物理学者リチャード・バルマーが説明する。
「スキップ(時空間転移)に必要な宇宙船は、真空中でも内部の居住時空間と環境を維持できれば、豪華客船であろうと旅客機であろうとなんでかまいません、移動する構造体の中心にスキップドライブ(時空間転移推進装置)を搭載して、ドライブ装置がダークマターから真空のエネルギーを得てヒッグス場を構成し、素粒子状態に変換された物質が、このエネルギー場を経て、目的の時空間で物質に再構成されて移動を完了するだけです」
 物理学者リチャード・バルマーの説明に、ケプラーは、人類の宇宙物理学を超越したスキップ(時空間転移)理論とスキップドライブ(時空間転移推進装置)に驚嘆して、言葉を無くした。


「惑星キトラの生態系は肉食の大型天敵がいなかったため、草食動物が繁栄してキトラ人に進化したと考えられる。
 キトラ人がテラフォームした惑星エルサニスとレワルクは、両星とも、かつての地球と酷似した自然が多く存在している。生息するのは地球型ミトコンドリアを持つ動植物だ。肉食の大型哺乳類も肉食の大型爬虫類もいない。人類が入植しても安全だ」
 惑星キトラとエルサニス、レワルクの生態を分析した、責任者の生物学者アレックス・ランドが、キトラ人の進化論と入植の安全性を結論づけた。


 ケプラーは生物学者アレックス・ランドの結論に疑問を抱いた。

『惑星キトラでは、植物からあらゆる食品を合成して食糧にしている』
 と資料にあった。タンパク質の摂取は植物の種子や植物から合成したタンパク質からである。大型動物が生息しておらず、動物性タンパク質を得るのが不可能なのはケプラーにも理解できる。だが、生命が存在する惑星における動植物の保護育成や、食糧とする動植物の栽培と飼育は、高度に文明化した先進惑星の、食物連鎖の頂点に立つ生息種が行うべき定石と言える基本概念だ。惑星キトラにはその概念が欠落している。

 さらに、もう一つの疑問がある。惑星キトラには大型の肉食動物だけでなく、大型の草食動物がいない。圧倒的に哺乳類が少なく、小型の爬虫類と小型の鳥類が多い。このような惑星の生物界に、なぜ、キトラ人が君臨しているのだろう。
 地球には人類をはじめとする哺乳類がいる。異常気象で食糧不足になっても、哺乳類も鳥類も爬虫類もその他様々な種が生息している。
 一方、惑星キトラの生態系には哺乳類が極端に少なく、鳥類と爬虫類が多い。キトラ人が生態系に手を加えた結果のような気がしてならない・・・。何と表現していいか、ケプラーは表現に行き詰まった。しかし、表現できないからと言って、疑問への違和感が消えるはずもない、それは、科学者としての経験から生じた違和感なのだから・・・。


「分析結果を結論ありきで話さないで欲しい。ランド博士は惑星キトラの生態系をどのように考えている?」
 ケプラーは生物学者のアレックス・ランドに疑問を伝えた。

 生物学者アレックス・ランドはケプラーの考えを気にも止めなかった。
 生態分析責任者のアレックス・ランド自身の結論が本計画の生態分析結果であり、畑違いの天文学者が生態系を論ずるんじゃない、との態度が顔に表れている。

「博士・・・、ジョージ・・・・」
 他人に気づかれぬように、もう一人の議長を務めるモリス・ミラーが隣の席からケプラーの腕をひっぱった。
「まだ、意見交換の段階じゃないですよ」
 モリス・ミラーの言葉に、ケプラーは、先走りしすぎたと思った。今は問題点をピックアップする段階だ。意見交換や議論の段階ではない。しかし、やはり疑問が先走る・・・。
「わかっているよ・・・」
 移住用の宇宙船を完成するまで二年はかかる。その間に結論すればいい・・・。
「皆、くれぐれも。結果ありきで論じないでくれ。
 慌てなくていい。二年以内に結論すればいいのだ」
 ケプラーは各分野の分析者たちに言って議事を本題へ戻した。


「資料によれば、キトラ人は医学的に人類と同じだ。遺伝子構造も似ている。交配も可能だと考えられる。これは、あくまでも与えられて資料から得られる結論だ。
 とても良い結論だが、最初に3D映像で現れたキトラ人が話した、人類のミトコンドリア型を有するバクテリアがキトラのミトコンドリアの型と異なっていた事とは大いに相違する。非常に奇妙な現象だ。三千光年も離れた惑星キトラのヒューマノイドの遺伝子が、偶然にも人類と同じだ、なんて事はあり得ない。
 ミトコンドリアは好気性細菌でリケッチアに近いαプロテオバクテリアだ。進んだ科学技術を持つキトラ人が、惑星エルサニスとレワルクのこのようなバクテリアの駆除をなぜできないか疑問だ。

 さらに、一平方キロメートル当り一人の人口密度にも満たない惑星キトラの住人が、なぜ、惑星エルサニスとレワルクをテラフォーミングして入植しようとしたのか?
 植物も農作物も大量に繁茂する惑星キトラだ。キトラ人は植物から食糧合成している。惑星エルサニスとレワルクに入植する必要はないはずだ。
 将来の人口増加を見据えて入植も考えられるが、キトラ人の出生率は現状の人口を維持する程度だ。ほんとうに入植地が必要だったか、疑問が残る。

 惑星キトラ、エルサニス、レワルクの大きさは、ほぼ地球と同じだ。重力は一G前後。陸と海の割合は、惑星キトラが四対六。エルサニスとレワルクは三対七。
 地軸の傾きは惑星キトラは公転面に対して垂直。四季はない。
 惑星エルサニスとレワルクの傾きは二十二度と二十四度。地球によく似た四季がある。
 キトラ人は、季節がない惑星キトラの、気温が二十九℃前後の中緯度帯に生息している。彼らは、暖かくて温度変化が少ない地域に生息するのを好むと考えられる・・・。
 惑星エルサニスとレワルクが、あまりに地球と似ているのも気になる」
 惑星分析責任者の地球物理学者オリバー・ニュートンは、何か言いたげだ。ケプラーはそれが何か、わかる気がする。


 惑星キトラの生態系と、惑星エルサニスとレワルクの生態系はまったく異なる。
 惑星エルサニスとレワルクの生態系は、過去の地球の生態系そのものだ。地球で絶滅した生物と植物が生息している。
 このことについて、生物学者のトーマス・ライトと海洋学者のマイケル・ジンは、生態分析責任者のアレックス・ランドに意見を述べていたが、無視されていた。

「我々の分析結果を、生態分析責任者のアレックス・ランドが一方的に破棄するのは、生態分析責任者としてあるまじき行為です。
 生態分析責任者アレックス・ランドの解任を求めます」
「生態分析責任者としてだけではなく、担当分野の分析者としても、解任を求めます」
 生物学者のトーマス・ライトと海洋学者のマイケル・ジンは、生態分析責任者アレックス・ランドの解任を求めた。

「生態分析責任者として、君の意見は?」
 ケプラーはアレックス・ランドを見た。
 アレックス・ランドは悪びれた様子もなく言う。
「二人の言うとおりだよ」
「解任していいのだな?」
「ああ、そうしてくれ」
「では、解任する」
 ケプラーはただちに生態分析責任者アレックス・ランドを解任した。

 ケプラーは『新たな地球外知的生命体探査と惑星移住計画』と新たな『惑星移住計画』の計画責任者だ。人事権もある。
「新たな生態分析責任者として、生物学者のトーマス・ライトと海洋学者のマイケル・ジンに働いてもらいたい。皆、それでいいな?」

「いいだろう」
 アレックス・ランドを除く全会一致で、生物学者のトーマス・ライトと海洋学者のマイケル・ジンが新たな生態分析責任者に就任した。


 その後。
 各分野の分析者から様々な意見が出た。共通意見は、
『惑星エルサニスとレワルクが地球に酷似した惑星であり、惑星キトラとは異なっている』 だった。

「次回の招集は一ヶ月後だ。今回の結果をさらに検討する。
 それまで各自、再度分析し、準備してくれ」
 ケプラーは各分野の分析者たちに言った。

「私はどうすればいい?」
 生態分析責任者を解任された生物学者アレックス・ランドが、怪訝な顔でケプラーを見ている。
「担当分野の責任者を解任したんじゃない。分析者としてこの計画から解任したのだ。
 もとの職務に復帰するよう手配するよ」
 この場に及んで、まだ権力に迎合する者がいる。そういう輩は真の科学者ではない。科学者はどんな分野からも制約を受けてはならない。そうでなければ正しい判断ができずに真実を見誤り、事実が導くであろう結果を意図的に変化させてしまう。その事を理解していない分析者は、この『惑星移住計画』に必要ない・・・。
 ケプラーは、生物学者のアレックス・ランドが不満をぶちまけると思った。

 だが、アレックス・ランドは満足そうな笑みを浮かべて、その場を去った。
 当初からこの『惑星移住計画』の生態分析者を快く思っていなかったようだ。そのため、事を彼なりに穏便に結論づけて、早々に分析スタッフから身を引くつもりだったらしい。
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