二十 両親

文字数 1,100文字

 二〇五六年、九月四日、月曜、夕刻。
 上海西地区、居住区域、一〇二居住棟、キム宅。

 八月十九日土曜午後に空港でネリーに会って以来、ラビシャンはネリーと過している。今日も、古生物研究所の仕事が終ったラビシャンは、ネリーの居住棟を訪れた。
「先生・・・。私・・・、妊娠したみたい・・・」
 ネリーはそう話しながらお茶を用意している。
「そうか!民生局に婚姻届を出そう!」
 ソファーのラビシャンは満面の笑顔だ。この歳になって子供ができるなんて奇跡としか言えない。
「まだ、詳しく検査してないんだ。一ヶ月だから・・・」
 テーブルにお茶を置きながらネリーはラビシャンの態度に半信半疑だ。
「愛するネリーと私の子供が生まれるんだ。こんなにうれしい事はない!
 私はネリーが大好きだ。愛してる。いっしょに暮らしたい。
 子供には両親が必要だよ」
 ラビシャンはソファーにネリーを座らせて抱き締めた。

「うれしい・・・」
 一瞬にネリーが笑顔になった。ラビシャンに抱きついて、手をラビシャンの背に巻きつけている。
「仕事をどうしよう?」
 ネリーが身体を離して、ラビシャンを見つめた。
「ネリーの気のすむようにすればいい」
 ラビシャンはネリーの腕を撫でた。
「わからない・・・。どうしたらいい?」
 ネリーはラビシャンの左右の目を交互に見つめている。

「辞めたらいいよ。生まれる前も、生まれてからも、子供は両親が必要だ。特に母親がね。教える事がたくさんあるよ」
「私が働かなければ、そのうち親子三人が暮らせなくなるよ・・・」
「心配ないよ。私は政府機関に所属しているんだ。このままなら、私はあと三年は働ける。今辞めても、政府から給料分の年金が出る。私が死んでも、妻のネリーには私の年金の八割とネリーの年金が支給されるんだ。充分に子供を育てられるよ」
 ラビシャンは、再びネリーを抱き寄せた。む

「わかった。でも先生が私より早く死んだら嫌よ。二人で育てるの」
 ネリーの腕がラビシャンの腰にまわっている。
「いずれ、子供を育てるのに適した土地へ引越したいね」
「どこへ?」
 ネリーがラビシャンを見つめた。
「自然が多い土地で、未発掘の遺跡を発掘しながら子供を育てたい。
 ネリーはどう思う?」
 ラビシャンの胸に頬を寄せてネリーが言う。
「そうできればそんなに良い事ないよ・・・。
 そんな事できる?」
「やってみるよ。息子のためだ」

「やだ先生ったら。まだ息子と決まってないよ」
 また、ネリーがラビシャンを見つめた。今度は満面の笑顔だ。
「明日、民生局と医療局へ行っていいね?」
 ラビシャンはネリーを抱き寄せて背を撫でた。
「うん。いいよ」
 ネリーは腕をラビシャンの首にまわした。
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