四十四 国家連邦の礎と潜入開始

文字数 3,474文字

 二〇二五年、十月十九日、日曜。
 十二時前。
 自動床暖房がきいた居間で、毛布にくるまった理恵は省吾の横でまどろみ、省吾の膝を撫でている。N市W区田村家の休日の日常だ。

 東南アジア・オセアニア経済圏協定に加盟している国々が経済発展すれば、国家連邦形成へ進むが、ニュースで伝えられた経済界の発言が気になる・・・。
 省吾は、理恵の髪と背中を撫でながらそう思った。
『多国籍企業化して政府に対抗するなんて、不可能だよ・・・』
 理恵が省吾に伝えてきた。

 省吾は、理恵がわかるように考えた。
『東南アジア・オセアニア経済圏協定では、生産拠点を発展途上国へ移そうと考える国や企業と、生産拠点を提供する国や企業が、互いの発展のために、技術導入契約と知的財産権使用契約を結ぶのがいいと思う。
 そうすれば、生産拠点提供側は、生産品一個単位で生産技術料と知的財産権使用料等を支払わねばならないが、生産品に関連する広告媒体から物流販売まで自由に手がけられるから生産企業の一部門となって発展できる。
 政治体制と法律が変らなくても、 中国や韓国やインドに生産拠点を持つ日本企業は、より生産コストが安い発展途上国の東南アジア・オセアニア諸国へ生産拠点を移すしかないよ。
 日本企業が国内に生産拠点を新設し、生産コストを技術力で削減する道もあるけど、市場経済に走って企業努力を怠ってきた現在の経済界に、生産コストを削減して国内生産拠点を築く意欲はないよ』
 
理恵が重用ポイントを伝える。
『経済格差があるから、金融資本主義や市場経済論が成立するんだよ。金融資本主義や市場経済が経済格差を作るんだよ。
 だから、東南アジア・オセアニア経済圏の首脳サミットの前に、日本政府が公の場で、国民と東南アジア諸国とオセアニア諸国に、旧政府が行った大東亜戦争と太平洋戦争を謝罪するの。そして、世界経済が新法案のようにならなければ、いずれ、世界経済は立ちゆかなくなることを説明するの。 
 これまで政府閣僚と官僚たちの意識を暗黙裏に支配してきたのは。
「大東亜戦争と太平洋戦争は国策だったから国民は納得してる」
 という自己擁護の勝手な考えだよ。
 現在の内閣以前の政府は、旧日本軍や旧日本政府同様に、福島原発破壊事故でも浜岡原発破壊事故でも隠蔽体質だった。
 サミットを開く前に、政府と全公務員が、大東亜戦争と太平洋戦争を引き起した、まちがった国策を反省しなければ、東南アジア・オセアニア経済圏諸国を一つの国家連邦にする考えは、他国から支持されないよ。
 現政府が大東亜戦争と太平洋戦争を謝罪したあとにサミットを開き、現在の国家単位で、東南アジア・オセアニア国家連邦の草案を提出するの。
 最初にまとめるのは警察機構と軍事機構だよ。日本をモデルにするの。日本の各県を各国に置き換えればいいよ』

『他国に国家連邦構想を提案させて、多数の支持で国家連邦を成立させるように、日記を書くよ。
 日本が提案したら、第二次大戦前の日本と同じに、日本が東南アジア・オセアニア経済圏諸国を支配しようとしているように思われるからね。
 少し休んだら、すべて日記に書くよ・・・』
 省吾は理恵の頭から首、肩、腕、背をマッサージした。
『ああっ、いいきもち・・・』

 省吾は、座卓のタブレットパソコンに伸ばした手をとめた。
 ディスプレイに、離着陸ポートを見おろす映像と、青空を滑空する鳶を見る映像が現れている。
 理惠が説明する。
『鳶が空から見てる映像と、地上のリエが鳶を確認してる映像だよ。ショウゴが工場に着いたんだよ』
『どういうこと?』
『午前中、日記を書いたでしょう。プロミドンがあの日記を実行してるんだよ』

 午前中、省吾は、
『省吾と理恵とマリオンの思念の一部を、アーク・ヨヒムが支配する軍需企業へ転送して分身に物質化し、思考をクラリックに気づかれることなく、ネオテニー社会の支配を考えるアーク・ヨヒムたちクラリックのセルを破壊させろ。破壊後は分身を無事に脱出させて、あるべき状態にもどせ』
 と日記を書いた。プロミドンがそれを実行しはじめたのだ。


『先生の思念は、修復したバイオロイドの鳶に精神共棲して、鳶のレプリカンになってる。
 この工場で、鳶のセルからバイオロイドのショウゴに乗り換え、レプリカンになるよ。
 私とマリオンの思念は、工場にいるバイオロイドのリエに精神共棲して、レプリカンになってる。二人は私たちの分身だよ。
 映像を映したまま日記を書いて、クラリックが誰に意識内侵入してるか確認してね』
『了解した・・・』

 省吾は、映像をディスプレイの隅へよせて、日記を書いた。
『東南アジア・オセアニア経済圏の首脳サミットを開き、現日本政府が大東亜戦争と太平洋戦争を謝罪する。
 東南アジア・オセアニア諸国から国家連邦構想の草案が提案され、多数の支持で国家連邦が成立する』


 居間のテレビの自動スイッチが入り、緊急ニュースを告げた。
《緊急ニュースをお伝えします。
 本日十時四十二分、検警特捜庁検警特捜局特務部コマンドと、地球防衛軍関東師団宇宙防衛隊コマンドの混成部隊『地球防衛軍特務コマンド』が、地球防衛軍へ軍備を供給している六企業の本社経営陣を、「政府恫喝」と「テロ教唆」による「国家保全法違反」で逮捕しました。
 また十一時八分、首都圏に防空配備された「地球防衛軍特務コマンド」は、G市の大東重工G航空研究所とG工場、W市のW工場から発射された十基のミサイルを、富士上空付近ですべて迎撃し破壊しました。
 ただちに、地球防衛軍中部師団岐阜基地を発進した「宇宙防衛隊コマンド」が、ミサイルを発射した大東重工の航空研究所と工場を攻撃して破壊し、関係者全員の死亡を確認しました。くりかえします。本日・・・》


 テレビ映像はスタジオのニュースキャスターだけで、実況はない。
『クラリックの動きが気になる。日記をここまでにして、ショウゴの映像を見るよ』
『いいよ。もう少し休んだら、私がお昼ご飯を作るね』
『わかった。この映像の録画はどうすればいい?』
『パソコンでテレビを見るのと同じだよ』
『録画できるなら、ご飯をいっしょに作ろう』
『私といっしょにいたい?』
『うん・・・」
『きゃっ、うっ、だめっ、あはっ、ぁぁっ』
 省吾は理恵の脇腹をくすぐるようにして、身もだえする理恵をディスプレイが見えるよう横向きにし、日記を保存して、ディスプレイの隅の映像を拡大した。

 ディスプレイに、空から見おろす映像が現れた。搬送用ヴィークルから降ろされた積荷が見える。梱包のラベルに、『東亜重工、M工場、M宇宙航空研究所』と書かれている。

『東亜重工は、地球防衛軍のミサイル二十パーセントと特殊武器を供給してる・・・。
 ショウゴはここのクラリックを殲滅する・・・。
 大丈夫、人間に危害を与えない』
『クラリックが意識内侵入してた人間を、元にもどせないか?』
『無理だよ。精神も意識もクラリックだから』


 タブレットパソコンのディスプレイ映像が、ポートを見おろす映像から、巨大な格納庫に変った。⊿形のステルス戦闘ヴィークルや円盤状の戦闘ヴィークルが並ぶ格納庫内の映像が現れて、その奥の空間に立ち並ぶ三メートルほどのカプセルの群れが近づいた。

 同時に一つのカプセルが開き、中に立つ二・五メートほどの内部カプセル横にある、一メートルくらいの台座に固定された六十センチメートルほどの小カプセルが開いた。
 急速に小カプセルの映像がアップし、内部が映り、カプセルが閉じた。
 嘴が壁のボタンをつつき、視界がぼやけて暗くなった。

 虹のような色彩が現れ、手が側壁に触れ、二・五メートルほどのカプセルが開いた。
 隣の台座にあるカプセルの窓越しに、眠っている鳶が見える。大きな外部カプセルの窓越しに、カプセルが並ぶ室内が見えた。外部カプセルの壁に手を触れて壁を開き、上下一体になった防護スーツを取りだして素肌の上に着て、外部カプセルを開いた。


 省吾は理恵の肩、腕、背中を撫でた。
『ショウゴがセルを換えた!カプセルから出るぞ・・・。
 人がたくさんいる。ショウゴは歓迎されてる・・・。
 長身の女が近づいてきた。話しかけるみたいだ・・・。
 地球防衛軍と検警特捜庁はここを攻撃しないのか?』

『東亜重工がミサイル攻撃しないから、防衛軍は攻撃しないんだよ・・・。
 いい気持ちよ』
『うつぶせになって・・・』
『ああ、うれしいな。肩から首をおねがい・・・』
 省吾はいつもしているように、理恵の身体をマッサージし、ショウゴが見る映像を録画した。
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