九 禁断症状
文字数 2,426文字
ガイア歴、二八一〇年、六月。
オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。
ダルナ大陸、ダナル州、フォースバレータウン。
ダナル大陸の地域統治官が壊滅して二週間後。正午近く。
パブ・マメイドの駐機場はエアーヴィークルで混み合い、厨房の外はアシュロン商会の物流車両が並んで食料品と飲料品を厨房内へ運んでいる。
パブから出てくる客は明らかに意識が朦朧として良い気分になっている。医師が診れば薬物中毒を疑うだろう。
カールはパブのドアを開けた。店内はテーブルが見えないほど客で混んでいる。出なおそうと踵を返すと、カールを呼びとめるロイの大声が聞えた。
カールはふりかえって、大声が響くカウンターへ人混みを抜けて近づいた。
「あの翌日、言われたように、仕込みを増やしたんだが、まったくまにあわなかったよ。
慌てて材料を注文したら、すぐ配達してくれた!
今日もこの有様だぜ。
待っててくれ!ホレ、エルドランだ!レビンステーキだ!」
ロイはカウンターにエルドランとステーキを置いた。
「いいのか?」
客はエルドランを飲みながらステーキが焼けるのを待っている。
あの日から客が増えて、従業員が増えた。その分、ロイに暇ができた。欲のないロイはこんなものだろう・・・。
「助言してくれたカールが優先さ!」
ロイはカウンター席にカールを座らせた。
「なあ、カール」
ロイが、近くに寄れ、と仕草で示した。カールがカウンター内に身を乗りだすと、ロイはカウンター越しにカールの耳元で言った。
「この状態はいつまで続く?客は飽きないのかね。エルドランとステーキに?」
「どうした?もう、飽きたのか?」
ロイはエルドランとレビンのステーキに飽きはじめたのか?そう思っているとロイが小刻みに震えた。様子がおかしい。
「だいじょうぶか?」
「だいじょうぶだ。もっとすっきりするエルドランを飲みたいと思ってる。ステーキもだ」
「エルドランを飲みはじめて何日だ?」
「地域統治官が壊滅してからだ。二週間か・・・」
カールはステーキを食ってエルドランを飲み、支払いをすませた。
「混んでるから、これで帰る。また来るよ」
「ああ、ゆっくりできなくて悪いな」
ロイは混みあう客たちを目配せした。
「うまかったよ」
と言ってカールはパブを出た。
カールは駐機場のエアーヴィークル内でAIに指示した。
「ユリア。フォースバレーキャンプに戻る。
ヒューマのクラッシュ禁断症状を調べてくれ」
「了解しました・・・」
まもなくユリアがクラッシュの禁断症状を説明した。
ロイの症状はクラッシュ禁断初期状態で、さらに大量のクラッシュを求めることがわかった。これでは心臓が持たなくなる。
「解毒方法はないか?」
「ありません。
カプラムの抗体を移植すればよいのですが、遺伝子型が一致する確率は百万分の一から一千万分の一以下です」
「クラッシュの色素を分解する方法は?」
「ヒューマの遺伝子と結合した色素分子は、遺伝子構造を改変します。
除去は不可能です。
正式な解明策を表示しますか?」
「いや、必要ない」
「ヒューマの遺伝子に直接作用する色素成分ですから、対処できないのです」
「もういい!ロイは助からないのだろう!」
「そうです。ですが」
「もういいと言ってるだろう!」
「わかりました」
「AIに死という概念はあるか?」
「ありますが、死んだことがありません」
「AIが死んだら、オレと話してない・・・」
カールは苦笑した。
「大佐を呼んでくれ」
「わかりました」
まもなく、ヒュームの3D映像がコクピットの隣席に現れた。
「ロイのパブにアシュロン商会の物流車両が直接食糧と飲料を搬入しています」
カールが報告すると、ヒュームはカールの言葉を遮った。
「報告を聞く前に、伝えたいことが四つある。
一つめは、メテオライト落下の件だ。
この件は亜空間転移警護艦隊が担当する。メテオライトの落下は人為的なものだ」
「反体制分子が大気圏外から意図的にメテオライトを落下させたんですか?」
「そうらしい。
二つめだ。リンレイ・スー地域統治官の邸宅が壊滅した。姪のマリー・ゴールドと彼女の妹ジュディー・ゴールドが生き残った。
マリー・ゴールドが地域統治官になった。リンレイ・スー軍の総司令官で総指揮官だ。
三つめは、マリー・ゴールドの直属の部下は君だ。
一年ほど前、惑星カプラムが反体制分子に攻略される以前から、君のレプリカンがマリー・ゴールドの直属の部下として、リンレイ・スー軍に潜入した、リンレイ・スー軍の動向を探っている」
ヒュームは平然と説明した。
なんてことだ!カールは驚いた。
まあいい。帝国軍警察採用時に遺伝子情報を提供するよう要請されて、提供した時から、レプリカンの育成は懸念していたことだ。
惑星カプラムが反体制分子に攻略される以前から、オレのレプリカン、つまりクローンが各地域統治官の軍に潜入して、地域統治官の誰が生き残るか動向を探っていたのだろう。
ヒュームはオレをどうする気だ?
「四つめは、帝国軍警察コンバットにリンレイ・スー軍が正式起用になった。これは帝国軍総司令官オラール中将の意向だ」
テレス帝国軍警察の正式起用には、定年と殉死、もしくは銃殺刑を除き、解任はない。
「つまり、今後のカール・ヘクター中尉の上司はマリー・ゴールド太尉だ。
レプリカンは引きあげて凍眠してもらう。レプリカンの記憶はバックアップしてある。
バックアップは君の遺伝子コードでしかを読みとれない。
君がバックアップを全て記憶するんだ」
コンソールからマイクロチップが出てきた。カールはチップを耳裏の人工皮膚を剥がして、現れたポートにマイクロチップ埋め、その上を人工皮膚で覆った。
「さて、君の報告を聞こう。話してくれ」
「クラッシュの件にアシュロン商会の関与が考えられます。
リンレイ・スー軍の正式起用を急がせてください」
「了解した」
ヒュームは3D映像通信回線を閉じた。
オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。
ダルナ大陸、ダナル州、フォースバレータウン。
ダナル大陸の地域統治官が壊滅して二週間後。正午近く。
パブ・マメイドの駐機場はエアーヴィークルで混み合い、厨房の外はアシュロン商会の物流車両が並んで食料品と飲料品を厨房内へ運んでいる。
パブから出てくる客は明らかに意識が朦朧として良い気分になっている。医師が診れば薬物中毒を疑うだろう。
カールはパブのドアを開けた。店内はテーブルが見えないほど客で混んでいる。出なおそうと踵を返すと、カールを呼びとめるロイの大声が聞えた。
カールはふりかえって、大声が響くカウンターへ人混みを抜けて近づいた。
「あの翌日、言われたように、仕込みを増やしたんだが、まったくまにあわなかったよ。
慌てて材料を注文したら、すぐ配達してくれた!
今日もこの有様だぜ。
待っててくれ!ホレ、エルドランだ!レビンステーキだ!」
ロイはカウンターにエルドランとステーキを置いた。
「いいのか?」
客はエルドランを飲みながらステーキが焼けるのを待っている。
あの日から客が増えて、従業員が増えた。その分、ロイに暇ができた。欲のないロイはこんなものだろう・・・。
「助言してくれたカールが優先さ!」
ロイはカウンター席にカールを座らせた。
「なあ、カール」
ロイが、近くに寄れ、と仕草で示した。カールがカウンター内に身を乗りだすと、ロイはカウンター越しにカールの耳元で言った。
「この状態はいつまで続く?客は飽きないのかね。エルドランとステーキに?」
「どうした?もう、飽きたのか?」
ロイはエルドランとレビンのステーキに飽きはじめたのか?そう思っているとロイが小刻みに震えた。様子がおかしい。
「だいじょうぶか?」
「だいじょうぶだ。もっとすっきりするエルドランを飲みたいと思ってる。ステーキもだ」
「エルドランを飲みはじめて何日だ?」
「地域統治官が壊滅してからだ。二週間か・・・」
カールはステーキを食ってエルドランを飲み、支払いをすませた。
「混んでるから、これで帰る。また来るよ」
「ああ、ゆっくりできなくて悪いな」
ロイは混みあう客たちを目配せした。
「うまかったよ」
と言ってカールはパブを出た。
カールは駐機場のエアーヴィークル内でAIに指示した。
「ユリア。フォースバレーキャンプに戻る。
ヒューマのクラッシュ禁断症状を調べてくれ」
「了解しました・・・」
まもなくユリアがクラッシュの禁断症状を説明した。
ロイの症状はクラッシュ禁断初期状態で、さらに大量のクラッシュを求めることがわかった。これでは心臓が持たなくなる。
「解毒方法はないか?」
「ありません。
カプラムの抗体を移植すればよいのですが、遺伝子型が一致する確率は百万分の一から一千万分の一以下です」
「クラッシュの色素を分解する方法は?」
「ヒューマの遺伝子と結合した色素分子は、遺伝子構造を改変します。
除去は不可能です。
正式な解明策を表示しますか?」
「いや、必要ない」
「ヒューマの遺伝子に直接作用する色素成分ですから、対処できないのです」
「もういい!ロイは助からないのだろう!」
「そうです。ですが」
「もういいと言ってるだろう!」
「わかりました」
「AIに死という概念はあるか?」
「ありますが、死んだことがありません」
「AIが死んだら、オレと話してない・・・」
カールは苦笑した。
「大佐を呼んでくれ」
「わかりました」
まもなく、ヒュームの3D映像がコクピットの隣席に現れた。
「ロイのパブにアシュロン商会の物流車両が直接食糧と飲料を搬入しています」
カールが報告すると、ヒュームはカールの言葉を遮った。
「報告を聞く前に、伝えたいことが四つある。
一つめは、メテオライト落下の件だ。
この件は亜空間転移警護艦隊が担当する。メテオライトの落下は人為的なものだ」
「反体制分子が大気圏外から意図的にメテオライトを落下させたんですか?」
「そうらしい。
二つめだ。リンレイ・スー地域統治官の邸宅が壊滅した。姪のマリー・ゴールドと彼女の妹ジュディー・ゴールドが生き残った。
マリー・ゴールドが地域統治官になった。リンレイ・スー軍の総司令官で総指揮官だ。
三つめは、マリー・ゴールドの直属の部下は君だ。
一年ほど前、惑星カプラムが反体制分子に攻略される以前から、君のレプリカンがマリー・ゴールドの直属の部下として、リンレイ・スー軍に潜入した、リンレイ・スー軍の動向を探っている」
ヒュームは平然と説明した。
なんてことだ!カールは驚いた。
まあいい。帝国軍警察採用時に遺伝子情報を提供するよう要請されて、提供した時から、レプリカンの育成は懸念していたことだ。
惑星カプラムが反体制分子に攻略される以前から、オレのレプリカン、つまりクローンが各地域統治官の軍に潜入して、地域統治官の誰が生き残るか動向を探っていたのだろう。
ヒュームはオレをどうする気だ?
「四つめは、帝国軍警察コンバットにリンレイ・スー軍が正式起用になった。これは帝国軍総司令官オラール中将の意向だ」
テレス帝国軍警察の正式起用には、定年と殉死、もしくは銃殺刑を除き、解任はない。
「つまり、今後のカール・ヘクター中尉の上司はマリー・ゴールド太尉だ。
レプリカンは引きあげて凍眠してもらう。レプリカンの記憶はバックアップしてある。
バックアップは君の遺伝子コードでしかを読みとれない。
君がバックアップを全て記憶するんだ」
コンソールからマイクロチップが出てきた。カールはチップを耳裏の人工皮膚を剥がして、現れたポートにマイクロチップ埋め、その上を人工皮膚で覆った。
「さて、君の報告を聞こう。話してくれ」
「クラッシュの件にアシュロン商会の関与が考えられます。
リンレイ・スー軍の正式起用を急がせてください」
「了解した」
ヒュームは3D映像通信回線を閉じた。