三十六 テロ被害補償

文字数 2,573文字

 二〇二五年、十月十五日、水曜。
 N市W区の省吾の自宅ポートの四隅と北西の市道の東西、そしてW神社のポートと神社周辺に黒の大型ワゴンの警護ヴィークルが停止し、ポート内ではN県検警特捜局の装甲搬送ヴィークル一台と三台のパトロールヴィークルが、W通りの違反ヴィークルを取り締っている。

 十時過ぎ。
 二台の黒の大型ワゴンヴィークルが、TONO建設の作業ヴィークルを先導してポートに入ってきた。作業ヴィークルの荷台には大きな窓と床板と床暖房の配管がある。窓は三重合せガラス三枚で二層の窒素ガス層を封入した積層構造のため窓ごと交換し、被弾した床板を剥がして床暖房の配管を修理し床板を貼り換える予定だ。

 停止した作業ヴィークルの左右に、二台のワゴンヴィークルが移動した。ワゴンヴィークルの屋根からレーダーが現われ、作業ヴィークルと交換品と作業員を探査した。
 探査が終ると、二台のワゴンから五名の検警特捜部員と佐伯が降り、作業ヴィークルから五名の作業員が降りた。作業ヴィークルのコクピットに二名が残っている。

 理論上、三重合せガラスを電磁波発生感知ガラスに、ガラスに挟まれる樹脂を電磁波発生感知樹脂に変え、それらを制御して交信するマイクロチップを樹脂内、あるいは、外層のガラスに埋めこめば、室内の盗聴盗撮も、室内に特殊な電磁波を発生させて住人を死亡させるのも可能だ。つまり、三重合せガラスはカメラにもレーダーにも、あるいはマイクロウェーブ発生兵器や電子レンジにも成りうる。その事は床板にも配管にも言える。

「田村さん。作業員と窓と床板と配管に何も問題はありません。正常です」
 佐伯たちは五名の作業員たちを囲んだまま、出迎えた省吾に挨拶し、窓と床板と配管と、作業ヴィークルそのものの探査結果を示した。
「作業主任は、田村さんも知っている、瀬木さんですよ」
 佐伯は微笑んでいる。
 TONO建設の瀬木は省吾の教え子で、省吾がN市に家を購入するに当たり、数ある物件から構造的に満足できる現在の家を選び、省吾の希望通りに耐震補強し、セキュリティシステムを完成させた。その結果、家全体のセキュリティと耐震防御システムは、全てがTONO建設製になった。


 瀬木が作業ヴィークルのコクピットに残った二名に指示し、ヴィークルを家の北西へ移動させ、四名の作業員とともに、省吾の仕事場に入った。
「先生、外の二人に連絡したいので、スカウターを使えるようにしてください」
 仕事場で、瀬木は省吾に挨拶し、作業手順を説明した。
「使えるようにしてあるよ」 
「わかりました。
 内部作業員は、机を傷つけないようガードカバーをしてガイドを設置して、床板を剥がして配管を交換し、床を貼り換えろ。外部作業員、壊れた窓を支えろ」

 戸外の作業ヴィークルから八本のアームが伸びて、穴が開いた窓ガラスにアームの先の吸盤を密着させた。同時に、もう八本のアームが作業ヴィークルの新しい窓に吸盤を密着させて持ちあげ、壊れた窓の真横へ移動させた。
 仕事場の二名の作業員は机に傷防止ガードカバーを設置して、作業用ガイドを窓枠に固定した。窓枠のカバーを外して窓固定具を外し、多数のケーブルコネクターを外した。
 その間に他の二名が、被弾した二箇所の床板を剥がした。床暖房の配管は、被弾すると同時に被弾箇所周囲の弁が閉じられ、熱媒液の漏れは僅かだった。作業員は手際良く破損箇所の漏れた熱媒液を回収して配管を交換した。他所の熱媒液の漏れ之有無と、配管下の断熱材の破損の有無を確認し、熱媒液を補充充填して再度漏れを確認して破損した床板を交換し、作業員は窓の交換作業に加わった。

「外してくれ」
 戸外の作業ヴィークルのアームが、破損した窓を窓枠ごと三十センチほど外へ引き抜いた。この時、新しい窓がセットされるまで、セキュリティが無防備な事に、省吾は全く気づかなかった。

 室内作業をする四名は、窓枠が固定される壁の固定部のコントロール部品を新品に交換し、機能調整した。
「調整完了。交換してくれ」
 古い窓と新しい窓が同時に仕事場の外を左へ移動した。古い窓は作業ヴィークルに格納され、新しい窓は窓枠の位置で停止し、そのまま窓枠にはめこまれた。内部から窓とケーブルコネクターを固定し新品の窓枠カバーをはめて交換は完了した。
 瀬木は、三重合せガラスの電圧偏光モードや耐衝撃、防弾、断熱、防音、気密、電磁波シールドが基準値を満たしているか確認して、全てが正常だと言い、四名の作業員が、机の上部に設けられた傷防止ガードカバーと作業用ガイドを片づけた。


 交換した窓越しに、作業ヴィークルに積まれた窓を見て、瀬木は笑いながら言う。
「先生、徹甲弾でも貫通できない強力な窓を作って、無償で交換に来ますよ」
 瀬木は佐伯から、防弾窓ガラスが撃ち抜かれた、と聞いている。

「今回の件は、一般的な条件とは違うよ」
「防弾できなかった事に変わりありませんよ・・・」
 瀬木は、興味ある事に眼を輝かせる子どものような眼差しで小声になった。
「先生は怪我をしたんでしょう。あれで治したんでしょう?」
「怪我は無いよ。どうやって防弾テストをする?」
 省吾はヒーリングを行なう。瀬木が若かった時、腰を痛めた瀬木にヒーリングを施した過去があったがここ何年もそれをしていない。

 一瞬、瀬木は気の抜けた顔をしたが、真顔に戻った。
「竜巻による事故が多いんです。超高圧エアーガンで飛ばすんです。鉄筋や石や氷や瓦やガラスなどを。弾丸と同じですよ・・・。
 烏が多いですね・・・」
 烏の縄張りがあるW神社の遙か上空を、鳶が舞っている。
「では、先生、強力な窓ができしだい、また来ます!」
 瀬木は笑顔で帰っていった。


 午後。
 N検警特捜部員がヴィークルの取り締りを装い、周囲を監視している。
 省吾は戸外を確認し、机に向かった。タブレットパソコンを起動し、日記を書こうとしたが首筋が重く、頭がぼんやりしている。
「如何したの、先生?」
 省吾の体調変化を感じたらしく、机の右側で理恵が微笑んでいる。
「なんだか風邪気味だが、大丈夫だと思う・・・」
「うん、何かあったら言ってね。手当てするね」
「ありがとう。大丈夫と思う・・・」
 理恵に負担をかけられない。子どもたちのためにも・・・・。
 省吾はそう思いながら作業を始めた。
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