六 いっしょにいたい

文字数 3,486文字

 二〇二七年、十一月二十一日、日曜。良い天気だ。

 十一時すぎ。
 電話で大家の木崎さんと、家庭教師先の新垣さんと大槻さんに結婚と、後日あいさつに訪問する旨を連絡した。新垣さんを紹介した事務官の高畑さんに、午後に訪問したいと連絡した。
 十三時すぎ。
 父たちの計らいで理恵に与えられた理恵名義の営業用の車に荷物を積んで理惠の実家を出た。

 十五時。
 R市に着いた。高畑さん宅を訪れてあいさつした。

 十六時。
 帰宅した。タミさんの店が開いていたので、タミさんに結婚のあいさつをし、手土産を渡した。タミさんは我が事のように喜んでくれた。


 帰宅後。
 ふたりで嗽と手洗いをすませて室内着に着換えた。
「あなた、本当に特別な女友だちはいないの?」
 理恵は高畑さんの話を思いだしたらしい。省吾の噂と省吾への気持ちを語る高畑さんに好意を持ちながら、高畑さんや話題になった他の女たちを警戒しはじめていた。

「親しいのは二人。一人は銀行員。もう一人は看護科をでて大学病院勤務の看護師。他に言い寄ってきた人がいたが、最近、結婚したらしい」
 省吾はジーンズとセーターに着換え,着ていた衣類を理恵に渡した。

 高畑さんは独身で省吾よりひとまわり歳上、小柄でスポーツを欠かさず贅肉のない体型で若く見える。面長で目も鼻も口もちょっと大きめだがバランスはとれている。
 彼女は省吾に声をかけようと決めて実行できずにいたが、新垣さんに家庭教師を紹介するよう依頼されて踏ん切りをつけ、ようやく省吾に声をかけた。ずいぶん日数がかかったようだ。
 年齢に似あわぬ、はにかみ屋。顔を合せるたびに、彼女の方から省吾に会釈する。省吾に好意以上の感情を抱いているのを省吾は感じていた。現状で省吾の記憶にある高畑さんはこれだけだ。省吾との間に何があったか、省吾は何も記憶にない。

「そうなの・・・」
 理恵は衣類にハンガーを通してハンガーかけにかけ、洗面所へ行って手を洗ってもどり、
「親しい二人は、たがいに顔見知り?」
 理恵の母から持たされたスーツケースの衣類にハンガーを通しはじめた。

「いや、二人を会わせようとしたが、二人から断られた」
 省吾は台所へ行って手を洗い、
「ビールにするか?それとも、お茶?味噌汁?」
 母たちが夕飯に持たせたお握りと惣菜を大皿にのせて電子レンジに入れた。
「味噌汁。あなたはビール飲むの?」
 理恵はハンガーを通した衣類をクローゼットへ移し、スーツケースの下着類をクローゼットの引出しに入れている。
「両方、飲むよ」
 省吾は温まった夕食の大皿を電子レンジからだして炬燵の上に置いた。

「切干大根の炒め物を食べたい。作れる?」と理惠。
「作れる。味噌汁の具に切干大根とキャベツとネギを入れるよ」
「うん、いいよ・・・」
 下着をかたづけながら理恵は何か気にしている。
 台所へもどって切干大根を水でもどす省吾に、
「省吾・・・、あなたといっしょにいたいなあ・・・」
 理恵のつぶやく声が聞こえる。
「いるじゃないか。結婚したんだ」
 手鍋で湯を沸かして、もどした切干大根を、サラダオイルをひいたフライパンに入れ、中火で炒めながら、キャベツとネギをきざむ。

「今だけじゃなくて、一日中いつもいっしょにいたい・・・。ずっと独りだったんだぞ。こっちに来てあなたに会うまで二十年も・・・。
 でも、仕事をどうしよう?」
 理恵が台所に来た。背後から省吾に抱きついて、身体を省吾の背に密着させている。

 三年もいっしょにいれば、理恵が俺に飽きる、子供が生まれれば、夫なんて邪魔になる、といおうと思ったが、理恵を気づかっていうのをためらった・・・。理恵と何年も暮らした記憶がある。こっちに来てあなたに会うまで二十年って、三歳からのことか・・・。
「それなら、できるだけいっしょにいれるように考えよう」
 鍋の湯が煮たっている。省吾はクッキングヒーターを中火にし、もどした切干大根ときざんだ野菜を入れてひと煮たちさせ、弱火にして調味料を入れ、味噌を溶いてヒーターを消した。フライパンの切干大根に少し水を加え、きざんだ油揚げと調味料と塩少々を加えて弱火で炒めた。

 理恵は省吾の背に抱きついたまま、
「できないよ、仕事をしながら、いっしょにいるなんて」
 省吾にしがみついた。

 省吾は背に子供のような理恵の頬を感じながら言葉と異なる思いを感じた。理恵が俺といっしょにいたいと話すのは仕事を気にしてではなく、俺を監視するためだ。他の女を俺に近づけたくないのだ・・・。
「考えてあるんだ。ここから仕事にでればいいと話した時から、方法を考えてある・・・」
 省吾は昨日、理恵に同居を提案した時、理恵が一人で遅くまで営業をするのは大変だろうと思い、効率的に営業する方法を考えていた。
「できた。食べよう」
 理恵の思いに触れず、省吾は切干大根を小鉢に入れてお椀に味噌汁をよそった。身体の向きを変えて理恵と向きあい、思いきり抱きしめて頬擦りした。立場が逆なら、省吾も同じ思いを抱くかもしれない・・・。
「ほっぺじゃなくて、マーマレード!」
 理恵は頬を膨らませたが目は笑っている。

「食べながら説明する」
 理恵の頬に両手を触れて引き寄せた。身体を離して、
「理恵は料理できるか?」
 切干大根の小鉢を持たせ、省吾は味噌汁を持った。
「うん、得意だよ。母に頼んでひと通り教えてもらったから」
 理恵は省吾の右隣で炬燵に入った。
「いただきま~す」
 箸と味噌汁の椀を持って味噌汁をすすっている。

「最初に教えてもらったのは、いつ?」
 ビールを飲みながら聞く。
「あなたのお嫁さんになると決めた子どもの時。ほんとは、あはっはははっ」
 お椀を置いて、理恵は笑いながらお握りに手を伸ばした。理恵から、料理はあなたのために教えてもらった、と思いが伝わってきた。
「ああ、四年前の夏だろう。俺の実家に来た・・・」
 あの夏休みの朝を思いだした。
「やっぱり、気づいてたんだ」
 理恵の顔がほんのり赤い。

「小さい時、兄のは見たことあったけど、あなたがあんなにはっきり私に見せると思わなかった。びっくりした・・・。でも、小さい時の約束どおりだったから、すっごくうれしかった。恥ずかしくって散歩にでたまま帰れなかった。帰ったら、あなたは出発してた。あなたも恥ずかしかったんだと思った・・・。四年前のあなたは顔を合せないのに、お母さんから私が来たのを聞いて、約束を果たしてくれたんだなって・・・。約束どおりだった・・・」
 理恵はお握りを置いて、省吾の頬に両手を触れて引きよせた。

 理恵が離れた。省吾は四年前には触れずに説明する。
「明日の午前、電話を取りつけたら、予備校や塾や英会話学校や専門学校に、
『二人で土曜か日曜に営業にうかがいたい、平日は業務に支障がでるだろうから』
 と連絡する・・・。
 アポイントが取れたら、理恵と俺が営業に行く。理恵は個人営業事務所の所長。俺は事務所雇いの平社員だ。
 理恵が連絡すれば、先方は理恵が営業に来ると考えて、下心から、平日の夜にしてくれ、というかもしれない。そしたら、夜は二人とも英語の学習指導がある、と説明する。
 それでも、平日の夜にしてくれ、という相手は、丁寧に断ればいい。
 顧客の要望を断る営業なんていない、なんて苦情をいったら、顧客に襲われた女子営業員もいる、と説明する。
 理恵が一人でするのは電話連絡だけだ。実際の交渉は二人でする。理恵の個人事務所だから、俺を所長代理にするとか、電話営業しやすいように、俺の肩書きを変えればいい」

「他には?あなたが帰ってくるまで、ここで営業連絡だけ?」
 食いいるように理恵は省吾を見ている。
「ここで昼飯を作って待っててくれ。必ず昼にもどる。大学が終ったら、まっすぐ帰る。それから二人で家庭教師。理恵は英語担当だ。大槻さんの奥さんはああいったが、まだ正式に話してないから頼んでみる。新垣さんにも相談する」

「授業と実験は?受験勉強は?」
「実験は大学にいる間にすませる。受験勉強は夜する」
 独自の研究テーマを持つ講師や助教授は、講義がない時間帯に独りで実験している。

「わかった!いっしょだねっ・・・。あの・・・、お風呂は?」
 省吾の思いを見透かすように理恵の目がきらきらしている。
「いいよ、新婚なんだから、毎晩、いっしょに入ろう」
「ラジャー!了解しましたっ」
 理恵はおどけてアニメの軍隊式敬礼をした。
 理惠は、この喜びと幸せが変ることなくつづいてほしい、と願っている。
 何かが変だと省吾は思った。
 理恵は、現状がつづかない場合もあり得ることを想定してる。なぜだ・・・。
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