二十六 乗っ取られたグリーゼ艦隊

文字数 3,358文字

 グリーゼ歴 二八一五年、十一月七日。
 オリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系、主惑星グリーゼ、北半球北部。
 グリーゼ国家連邦共和国、ノラッド、カンパニー、地下五階、研究ユニット。


 戦闘は敵対する兵士が対峙するとは限らない。ドローンによる代理戦闘であっても、一方が完全に破壊するまで戦闘するのは、ヒューマ同様、ドローンにとっても、悲劇的なことに変りない。ドローンに心があれば、自分たちが単なる消耗品とみなされるのを兵士と同じように嘆くだろう。

 惑星ダイナスを制圧したと判断したグリーゼ艦隊が、主惑星グリーゼの惑星ラグランジュポイントへ亜空間スキップした。主惑星グリーゼの惑星ラグランジュポイント防衛網は、グリーゼ艦隊が惑星ダイナスを制圧したと判断した時点で厳戒態勢を解除している。亜空間スキップしたグリーゼ艦隊はこの防衛網の中に居る。

「PD。グリーゼ艦隊を捕捉してね!」
 Jの指示にPDが答えた。
「Jの作戦に従い、Lが共和国議会議長として、緊急厳戒態勢をとるよう指示しました。
 現在、グリーゼ艦隊は、宙域機雷と巡航ミサイル・スティングの防衛網の中で、宙域機雷群の防御シールドに牽引ビーム捕捉されています。
 亜空間スキップによる艦隊の逃亡は不可能です」

「了解。PD。
 皆に話しとくね。このシートはC1だよ・・・・」
 Jたちが搭乗している〈SD〉のコクピットに、研究ユニットのフロアにあるコンソールとPePeたちの縮小3D映像が現れた。PePeたちはPDの小さなサブユニットで、PD同様に心がある。ここに居るコントロールポッドも、PDのサブユニットだから心がある。実際、コントロールポッドの本体は、センサーの固まりでシートのC1と同じだ。
 DとKとカール大佐はJの説明に驚かなかった。すでにPDの人格を認めている。PDに関係する機器なら、何であろうと、PDと同じ心を持っている可能性を考えていた。

「C1。気づかれないように〈グリーゼ〉の内部を探ってね」
 Jは3D映像に伝えた。
「了解。まかせてよ。仲間を連れてスキップするわ。安全確認するわね」
 研究ユニットのフロアのコンソールで、C1が背もたれの側面から、コンソールの5D座標にセンサーを向けている。
「〈グリーゼ〉は主惑星グリーゼの惑星ラグランジュポイントにいる。共和国防衛軍の味方にゃ、宙域機雷も巡航ミサイルも反応しねえ。安全ださ」とL。
「C1。スキップしてね!」とJ。
「了解したわ」とC1。
 3D映像のC1が研究ユニットから、他のC1七体を連れて〈グリーゼ〉のブリッジへスキップした。同時に〈グリーゼ〉のブリッジで、八個のコントロールポッドのシートがC1たちと入れ換った。コントロールポッドのシートは、研究ユニットのフロアに現れると同時に、PDによって強力な防御シールドで隔離された。

〈グリーゼ〉に進入したC1たち八体が、状況を4D映像で伝えてきた。
「このルペソ、スキャン結果はCL1だ。クラリックのアーク位だ。ヒューマじゃないわ」
 C1が、ルペソをクラリックスキャン(時空間転移伝播によるクラリック専用思考記憶探査)し、結果を〈SD〉のコクピットに4D映像化した。送られた4D映像の身体放射波は、白紫色から白色に発光し、ヒューマのエネルギーレベルの緑光より、数段階も上のCL1を示している。
「キシロフ大佐とロン艦長と他の参謀は?」とJ。
「全員、CL2だ。クラリックのビショップ位だ・・・。
 あっ!モーザが搭乗してる!」
 他のコントロールポッドのクラリックスキャンは、CL2の、紫色の身体放射波を示し、その近くに、バスケットボールに似た球体が近づいてきた。モーザは精神空間思考できず、C1の時空間転移伝播を探れずにいる。

 クラリックスキャンの結果に、Kとカール大佐は言葉を失った。〈グリーゼ〉のクルー全員が皇帝ホイヘウスとディノス兵士に精神と意識を乗っ取られた可能性がある。
「モーザPePeを進入させるか?」とD。
「進入は、もうちょっと中の様子を見てからだよ」とJ。
 モーザPePeは、いったん〈グリーゼ〉へスキップしたものの、Jの指示で、〈グリーゼ〉の艦体外殻外壁にくっついたままだ。

 Dはクラリックスキャンの結果を考えた。
 やはり、皇帝ホイヘウスに精神共棲していたオイラー・ホイヘンスが、〈グリーゼ〉の混線した4D映像を通じてルペソに意識内進入した・・・。
 もはやルペソは皇帝ではなく、オイラー・ホイヘンスでアーク・ルキエフだ。クラリックスキャンがそれを示している。
 ルペソと同じように、ディノス兵士がグリーゼ艦隊のクルー全員に意識内進入しているなら、グリーゼ艦隊が皇帝のホイヘンス艦隊に代ったのも同じだ。Jも同じ事を考えているはずだ。
 ヘリオス星系惑星ガイアの地球国家連邦共和国統合政府(統合政府)は、オイラー・ホイヘンスに統合政府反逆罪と医療反逆罪と逃亡罪を科した。統合議会を通じて検察警察機構と軍事機構と一般市民に、第一級重罪犯ホイヘンスの抹殺も消滅も問わない、特別逮捕権を与えた。我々も、オイラー・ホイヘンスを消滅すべきだ・・・。

 Dが考えを伝えようとした時、C1が伝えてきた。
「乗組員は全員ディノスだわ!外見はヒューマだけど精神と意識はディノスよ!
 ディノスが乗組員に意識内進入してるわ!」
「たいへんだ!ホイヘンスのネオロイドを消滅するだけですまなくなったよ!
 クルー全員の消滅だよ!」
 そう伝えながら、なぜかJは言葉ほど驚いていない自分を感じていた。

 Dは考えを確認した。精神生命体ニオブのクラリックがヒューマノイドに意識内進入して、ヒューマノイドの精神と意識を消滅し、ヒューマノイドの肉体を我が物(セル)にしてネオロイドにしている場合、クラリックだけを排除しても、ネオロイド化したヒューマノイドは元に戻らない。本来あるべき精神と意識を失うため、クラリックの消滅とともにネオロイドも消滅する。
 惑星ダイナスの、オータホル城の皇帝と兵士がまさにこの状態だ。
 現在のクラリックは太古のクラリックと異なり能力が退化している。精神生命体でありながら、セル無くして時空間に単独で存在できない。したがって意識内進入したクラリックの消滅はネオロイドを消滅すればいい。セルであるネオロイドを失ったクラリックは単独で存在できず、消滅する。

 グリーゼ艦隊の旗艦〈グリーゼ〉は、全長二キロレルグの、翼を拡げた蝙蝠のような形の立体アステロイド型戦艦に武装装甲した、攻撃用球体型宇宙戦艦だ。
〈グリーゼ〉を旗艦とするグリーゼ艦隊は、三艦隊から構成されている。
 一艦隊は、旗艦一隻(全長二キロレルグ)と六隻の副艦(全長一キロレルグ)から構成され、旗艦と副艦ともに、スペースファイター〈⊿2〉(大気圏飛行可能有翼型単葉ステルス戦闘爆撃機)を搭載している。
 AIグリーゼのコントロールにより、旗艦〈グリーゼ〉とその指揮下の三艦隊の指揮系統を担当するヒューマは二百二十一名。
 スペースファイター〈⊿2〉二千六百機のパイロットは、交代要員も含め七千八百名。
 その他乗組員は、戦闘要員と機工兵員など一万一千八百名。
 総勢一万九千八百二十一名。これらがグリーゼ艦隊にいる。

 これまで、皇帝ホイヘウスに精神共棲していたホイヘンスを排除すれば、皇帝は元の皇帝に戻る状態にあったと考えられたため、JはPDに皇帝の消滅を指示しなかったが、もはや、そのような状態にない。
 現在、ホイヘンスの精神と意識はルペソに意識内進入している。グリーゼ艦隊の全クルーの精神と意識は、自分がネオロイドになったとは気づかぬまま、ホイヘンスとアーク・ルキエフなどクラリックが支配しているディノスの精神と意識に支配されたまま、消滅せずに肉体に留まっている。もはや乗組員約二万名のヒューマの生命を保護したまま、ホイヘンスとクラリックとディノスの精神と意識を消滅するのは不可能だ。
 Jは、あのヘリオス艦隊司令官にして大司令戦艦〈ガヴィオン〉艦長ヨーナの娘、マリ
オンの精神と意識を受け継いだニオブのニューロイドのアーマーだ。Jはグリーゼ艦隊の現況をどう決断するだろう・・・。
 もはや、Dは、Jを自分だけの子どもとは思っていなかった。

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