十三 アポロン艦隊の旗艦〈ドレッドJ〉

文字数 6,689文字

 ガイア歴、二八〇九年、九月。
 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団カプラム星系、惑星カプラム、静止軌道上。
 商業宇宙戦艦〈ドレッドJ〉


〈ドレッドJ〉のレールガン連続速射と総攻撃を受けて、テレス帝国軍警察亜空間転移警護艦隊の旗艦は全駆動系を破壊され、スーパーノバの如く、艦隊全艦を爆発の渦中に巻きこむと同時に、ヒッグス場へ消滅した。

「全員、戦闘態勢を維持しろ」
『クラリス。ありがとう。AIユリアのアバターを作るとはさすがだ。名演技だったよ』
 ジョーはクルーに聞えるように、艦内3D映像通信回線でコントロールポッドのクラリスに伝えた。

 クラリスはただちに司令室のフロアへ移動して、等身大のアバターに変化している。
『どういたしまして。スキップリングとテレス帝国軍警察亜空間転移警護艦隊は壊滅しました。
 現在、〈ドレッドJ〉とスペースコロニー・アポロン群に艦隊爆発と消滅による放射線やデブリの影響はありません。
 艦船の亜空間スキップは不可能です。3D映像通信も不可能です。
 惑星カプラムを周回するテレス帝国の情報収集衛星に、先ほどの爆発と消滅による亜空間転移警護艦隊デブリを時空間スキップして破壊しました。
 スキップリング修復のために、テレス帝国は新たにテレス帝国軍第四艦隊を派遣します。スキップリングが使用可能になるのは一ヶ月後です。
 一ヶ月間、テレス帝国は探査不能です。〈ドレッドJ〉は探査されません。
 これで全ての通信が不可能です』

『戦闘態勢を維持したまま、惑星カプラムのシェルターへ時空間スキップしてくれ』
『了解しました』
 ジョーに精神波で伝え、クラリスは艦内と全ポッドの3D映像通信回線を開いた。
「全員に伝える。戦闘態勢を維持しろ。
 これより、カプラムへスキップする。
 スキップ三〇秒前」

 惑星カプラムのカプコム大陸カプール州に首都カプールがある。惑星カプラムのアシュロン商会は首都カプール近郊のカプコム山脈の地下シェルターの中にある。


 ガイア歴、二八〇九年、九月。
 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団カプラム星系、惑星カプラム。
 カプコム大陸、カプール州、カプール、カプコム山脈地下、アシュロン商会


 三十秒後。
 司令室に微細な空中放電が走って、バトルスーツ内に僅かなオゾン臭が漂った瞬間、艦体が柔らかい何かに乗りあげたような衝撃が現れて、消えた。

「スキップ完了。スキップドライブ停止」
 コントロールポッドに空気が充填されて、緑のシグナルが点灯した。
「空気充填完了。戦闘態勢を解除せよ」
 クラリスが3D映像通信回線で伝えた。

 ジョーは司令室の会議テーブルのシートに座って、艦内3D映像通信回線を開いた。
「全員に伝える。
 司令室に集ってくれ。3D映像でかまわない」
 了解の返信とともに、クルーの3D映像が会議テーブルのシートに座った。

 全員を見ながらジョーが説明する。
「今回の交戦で亜空間転移警護艦隊は壊滅した。〈ドレッドJ〉もスペースコロニー・アポロン群も被害はない。
 これで、惑星カプラムが帝国の支配から逃れたと考えるの早い。
 これから帝国軍が攻めてくるだろうが、対策は練ってある。
 クラリス。見せてくれ」

クラリスが説明する。
「これはアポロン2000-1です」
 会議テーブルの上にスペースコロニー・アポロン2000-1の4D映像が現れた。
 その近傍数キロメートルの空間から徐々に星々が消えて、アポロン2000-1と同型のスペースコロニーが現れた。クルー全員がそう思った。
「これは私が建造したアポロン艦隊の戦艦です。惑星カプラムのスペースコロニー・アポロン2000とアポロン1000で、それぞれのコロニーと同規模の、惑星移住計画用球体型宇宙戦艦六隻と、攻撃用球体型宇宙戦艦六隻を建造しました」

 クラリスに続いてジョーが全員を見ながら説明する。
「これらの戦艦は、惑星ユングと惑星ヨルハンのスペースコロニー・アポロン群でも建造された。
 総数は、アポロン2000とアポロン1000がそれぞれ二十隻ずつ、合計で四十隻だ。
 戦艦クルーは、全員が我々のレプリカンだ」

 クルーがざわついている。
「遺伝子情報を使うことは事前に許可を得ていたと思うが」とジョー。
「たしかに、聞いてまっせ。しかし、おったまげたもんでっせ。みんな、そう思ってます。
 なんせ、自分と同じのが四十人もいちゃあ、誰だってたまげるってもんでっせ!
 へい!よーく聞け!みんなの家族が増えたぞ。みんな、喜べ!」
 ナカノ料理長の一言で、クルーの顔が和んでいる。
「こんなもんでっせ。気にすることは、なんもないでっせ」
 ナカノ料理長はジョーに目配せした。

「ありがとう!!中野料理長!
 四十隻の戦艦の旗艦は〈ドレッドJ〉だ。
 ここに居る全員がテレス帝国軍との戦闘に加わってもらう。
 と言っても、皆が直接戦闘するわけではない。各戦艦の情報を、各自が〈ドレッドJ〉のコントロールポッドから処理することになる。皆の判断をクラリスが管理し、全ての戦艦のレプリカンに実行させる。
 皆は四十人の部下の指揮官だ。オリジナルの皆が各艦のレプリカンと会うことは無い。
 クラリス。作戦を説明してくれ」
 ジョーはクラリスに説明を委ねた。


「作戦は、テレス帝国軍の壊滅が目的です。
 私が建造した戦艦は、オリオン渦状腕へリオス星系惑星ガイアからテレス星団に入植したアポロン艦隊の戦艦のレプリカ艦です。
 艦隊を「アポロン艦隊」と呼びます。旗艦はこの〈ドレッドJ〉です。
 惑星カプラムの二つの惑星ラグランジュポイントを、十二隻の戦艦、つまり六隻の攻撃用球体型宇宙戦艦と六隻の惑星移住計画用球体型宇宙戦艦が防衛します・・・」
 クラリスの説明が続いた。

「オラールは、ジョーがクルーの遺伝子情報をわたす際に、
「反体制分子勢力だけでは、テレス連邦共和国を再建できない。帝国軍組織を壊滅するために、軍警察の私の力が必要になるはずだ。
〈ドレッドJ〉は惑星カプラムの亜空間転移警護艦隊を壊滅しろ。艦隊が壊滅すれば、皇帝は亜空間転移警護艦隊は警護能力が無いと判断して、スキップリングの再建に帝国軍を派遣する。軍を掌握しているロドス防衛大臣はこの機に乗じて私を排除し、帝国軍警察を掌握する気だ。
 ロドスは皇帝の指示で動いている。皇帝はテレス星団の分散統治を軍事勢力で強行しようとしている。
 帝国軍艦隊が惑星カプラムに進攻したら、探査巡航戦艦〈ソード〉を壊滅したように、帝国軍艦隊を亜空間内で壊滅しろ。 
 我々は帝国軍を壊滅して、各惑星に民主的な政府を樹立する・・・』
 とテレス帝国軍内の勢力争いについて説明しました。

 帝国軍勢力を排除しない限り、惑星カプラムの自由はありません。
 現在、我々のアポロン艦隊は惑星カプラムの惑星ラグランジュポイントへ向ってステルス状態で移動中です。
 アポロンの戦艦はステルス機能だけでなく、デコイによる時空間変異機能があり、艦隊各艦の存在空間は0次元に変換されています。
 したがって帝国のAIユリアにアポロン艦隊の位置解読は不可能です。
 アポロン艦隊は二つの惑星ラグランジュポイントで待機し、テレス帝国軍第四艦隊が惑星ラグランジュポイントに現れ次第、レールガン連続速射を行い艦隊を壊滅します。
 この説明に、質問がありますか?」
 クラリスは全員を見わたして、惑星ラグランジュポイントを4D映像表示した。

「惑星ラグランジュポイントは二つ。それらへ六隻ずつアポロン艦隊の戦艦を配備します。
 ステルス機能とデコイによる時空間変異機能を持つ攻撃型情報収集スキップドローン・スキッパーも六基ずつです」
 スキッパーはスキップドライブを備えた直径十メートルほどの球体だ。

 4D映像の宇宙空間に、ステルス解除処理したスキッパーと、アポロン艦隊の戦艦が現れた。 戦艦の大きさは小惑星規模だ。
 クラリスがマーク処理した宙域を六隻の戦艦と六基のスキッパーで囲んでいる。戦艦とスキッパーは巣穴から出てくる獲物を狙う獣のようだ。

「ここ惑星カプラムの二つの惑星ラグランジュポイントに艦隊を配備しました。
 こっちの惑星ラグランジュポイントに配備したアポロン第一艦隊の戦艦は、
 アポロン1000型の〈1A11〉、〈1A12〉、〈1A13〉。
 アポロン2000型の〈1A21〉、〈1A22〉、〈1A23〉。
 スキッパーは〈1S1〉から〈1S6〉です。
 皆さんが指示するときは、そのように艦名を呼んでください。
 そしてこちらの惑星ラグランジュポイントにアポロン第二艦隊、
〈2A14〉、〈2A15〉、〈2A16〉。
〈2A24〉、〈2A25〉、〈2A26〉。
〈2S7〉から〈2S12〉です」

 クラリスが、カプラム星系の恒星カプランと惑星カプラムを結ぶ直線上の、恒星カプランから最も遠い恒星外近傍と、恒星カプランに最も近い恒星内近傍にある、二点の惑星ラグランジュポイントを示した。
 どちらも日に一度、カプラムの自転にともなってスペースコロニー・アポロン群が接近する、静止軌道近傍の宙域だ。

 惑星カプラム恒星外近傍の惑星ラグランジュポイントで待機している、アポロン第一艦隊から4D映像通信回線が入った。
「アポロン第一艦隊〈1A11〉指揮官・ジョルジュ・レブンです。
外近傍ラグランジュポイントに、全艦配備完了しました」

「旗艦〈ドレッドJ〉司令官ジョー・ドレッド・ミラーだ。
レブン指揮官。
宙域機雷を外近傍ラグランジュポイントに配備して、ラグランジュポイントから惑星カプラムの公転面に対し、垂直五百キロ移動して待機してくれ」
「了解」

「アポロン第二艦隊〈2A14〉指揮官。
そちらも内近傍ラグランジュポイントに宙域機雷を配備して、ラグランジュポイントから公転面に対して、垂直五百キロ移動して待機してくれ」
「了解。私はジョージ・ミランです」
「了解、ミラン指揮官。レブン指揮官もよく聞け。
 こちらから各部の担当へ、旗艦〈ドレッドJ〉の担当者がシミュレート情報を送る。
 すみやかに実行してくれ」
「了解」
 と両司令官から返信。

「ジョー!帝国軍第四艦隊が亜空間スキップしたわ!
 スキップ完了まで七分五〇秒」
 クラリスが5D座標を表示した。
 惑星テスロンの首都テスログラン郊外、テレス帝国軍軍事基地の5D座標に、六十の赤みを帯びた青白いチェレンコフ光が現れて、黄色の輝点が点滅しながら惑星カプラムの惑星ラグランジュポイントの5D座標へ移動している。

「アポロン第一艦隊。アポロン第二艦隊。
 惑星テスロンから帝国軍第四艦隊がスキップした。おそらく二手に分かれて出現するだろう。
 アポロン第一艦隊。アポロン第二艦隊。
 レールガン連続速射態勢でそのまま待機だ。帝国軍第四艦隊が出現次第、攻撃しろ」
 ジョーが〈1A11〉レブン指揮官と〈2A14〉ミラン指揮官に指示した。
「了解」と指揮官たちの返信。

 さらにジョーは指示する。
「〈ドレッドJ〉クルー。攻撃配置に着け!
 クラリスが各員のコントロールポッドに、帝国軍第四艦隊に関する情報を伝える。
 各員は、持ち場で帝国軍第四艦隊を攻撃しろ。
 クラリスは各員の攻撃パターンを分析してアポロン第一艦隊とアポロン第二艦隊へ伝えろ!」

「〈ドレッドJ〉のレールガンとヘッジホッグ(多弾頭多方向ミサイル)が帝国軍第四艦隊をロックして攻撃したら、ここのシェルターが吹っ飛びますぜ。司令官!」
 スコット・ヤン機関長がビール樽のようなバトルアーマー姿で喚いている。
 ビルバムのチャーリーもバトルスーツとバトルアーマーを着てヤン機関長の肩にいる。

 ジョーはチャーリーを見ながら言う。
「クラリスが〈ドレッドJ〉の兵器発射装置回路を切り換えた。〈ドレッドJ〉からレールガンもミサイルも発射されない。
 クラリスが皆の判断と反応をアポロン艦隊のレプリカンに伝えるだけだ」
「なるほど。了解しました!」
 ヤン機関長が納得している。
「艦隊出現まで六分」
 クリラスが伝えた。

 六分後。
 惑星カプラムの二つの惑星ラグランジュポイントに、茫漠とした漆黒の平面空間が現れた。
 同時に、各惑星ラグランジュポイントから五百キロメートルを隔てた宙域のアポロン第一艦隊とアポロン第二艦隊が、各惑星ラグランジュポイントへ、レールガンを連続速射して、多弾頭多方向ミサイル・ヘッジホッグを放った。

 惑星ラグランジュポイントの漆黒の平面空間中央が波打って、波紋とともに、戦艦の群が現れた瞬間、それらはただちにレールガンの高速運動量ロドニュウム弾連続速射とヘッジホッグを被弾して宙域機雷に触れ、各艦体の駆動中枢と各部兵器のエネルギー供給中枢を破壊されて爆発すると同時に、ヒッグス場へ消滅していった。
 消滅を免れた数隻の戦艦は、宙域機雷のシールドと牽引ビームに捕捉されて、拡散せずにその場に留まった。

「状況を伝えてくれ」
「帝国軍第四艦隊は壊滅しました。クルーはコントロールポッドで緊急亜空間スキップ中です」
 クラリスが5D座標と4D映像を示した。
 5D座標上に小さな黄色い輝点が現れて、亜空間の4D映像に、惑星カプラムから惑星テスロンへ亜空間移動する数多くのコントロールポッドが現われた。

「惑星テスロンの軍事基地から帝国軍艦隊が亜空間スキップしました」
 5D座標に、大量の赤みを帯びた青白いチェレンコフ光が現れた。
 惑星テスロンのテレス帝国軍軍事基地の5D座標から、帝国軍第四艦隊の二倍の艦隊を示す黄色輝点群が点滅して、惑星カプラムの5D座標へ亜空間スキップしている。

「救助に来たか」
〈ドレッドJ〉のクルー全員がそう思った。


 4D映像のコントロールポッドの群に、帝国軍艦隊が近づいた。
「第三艦隊と第五艦隊です」
 クラリスの表情がこわばっている。

 帝国軍第三艦隊と第五艦隊がコントロールポッド群に赤紫色のビームパルスを放った。同時にコントロールポッド群が消滅した。牽引ビームではない。レーザーパルスだ。
「なんてこった・・・」
 クルー全員が言葉を失った。

「クラリス。第三艦隊と第五艦隊はどこへ向ってる?」
「惑星カプラムの点対称ラグランジュポイントです」
 惑星ラグランジュポイントは、あと三つ惑星カプラムの公転面上に存在する。
 二つは恒星カプランを中心に、惑星カプラムと±三分のπラジアンの中心角を成す、惑星カプラム公転軌道上のポイントだ。
 もう一つは恒星カプランを中心に、惑星カプラムの点対称位置の惑星カプラム公転軌道上のポイントだ。
 艦隊は惑星カプラムから最も離れた、惑星カプラムの点対称惑星ラグランジュポイントへ亜空間スキップしつつある。

「クラリス。メテオライト攻撃してくれ」
 ジョーは即断した。
「壊滅ですね?」
 クラリスはジョーの意志を確認した。
「そうだ・・・」
 これでは、帝国軍第四艦隊のコントロールポッドを消滅させた、第三艦隊と第五艦隊と同じだ。そう思うとジョーは表現しようのない焦燥感に襲われた。

 5D座標に、時空間スキップを示す青白いスキップ光が瞬いて、4D映像に、高速度に加速された直径十数メートルのメテオライトの群が艦隊へ向って飛翔した。
 5D座標の点滅移動する黄色の輝点群が一瞬に薄れた。4D映像に、跡形もなく砕け散った艦隊が映しだされた。

「コントロールポッドの残骸と帝国軍艦隊の残骸を、恒星カプランへスキップさせます」
 5D座標の帝国軍艦隊の残骸を示す白色の点滅が、恒星カプランへ移動した。
「ジョー。こう考えてはいかがですか」
 ジョーの思考を読んでクラリスは説明した。

「宇宙の摂理に反する、本来存在すべきで無い物が、本来の状態に戻ったのです。
 他に、納得すべき考えはありません。
 私たちのアポロン艦隊も、時期が来ればそのような運命をたどるはずです」
「どういう意味だ?」
 ジョーはクラリスが何を伝えたいか理解できなかった。

「オリジナルの遺伝子から造られたレプリカンの能力は、オリジナルを越えません」
 クラリスがジョーの肩に手を載せた。ジョーは生身のヒューマのような手を感じた。
 アバターと思っていたクラリスはエネルギーフィールドで構成された身体に変化している。
「遺伝情報はオリジナルを越えないのか?」
 ジョーはシートからクラリスを見あげた。
「寿命もその一つなの・・・」
「理解した。クラリス」
 そう答えるジョーを、クラリスが優しく見つめた。クルーたちは二人の会話を理解して、自分たちのレプリカンに、説明できない感情を抱いた。
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