二 レプリカン計画

文字数 2,743文字

 ガイア歴。二八〇九年。九月。
 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団テレス星系、惑星テスロン。
 首都テスログラン郊外、テレス帝国国防総省、テレス帝国軍総司令部。


「ヒューム大佐がまいりました」
 オラール中将の秘書官ナタリー・メイウッド太尉は、ダグラ・ヒューム大佐がオラール中将の執務室到着を伝えた。
 ヒュームはオラール中将の執務室に入ると、姿勢を正してオラールに敬礼している。

 オラールは執務デスクから立ちあがって答礼し、ドアまで行ってヒュームを迎えた。
「大佐。昇進おめでとう。今後は女陛下に従って、帝国軍警察を指揮してくれ」
 オラールはすぐさま態度を崩してヒュームと握手し、秘書官を目配せしながら、皇帝が指示した内容の一部をヒュームに伝えた。
 帝国軍の総指揮権を得ても、成すべき事を他言するわけにはゆかない。帝国軍警察の総司令官に昇進したヒュームの直属の上官はオラールだが、実質は皇女クリステナだ。

「大佐。皇女陛下の考えは、反体制分子捕獲と商業ギルド、とりわけアシュロン商会保護による惑星ユングの経済発展だ。
 帝国軍警察を指揮し、惑星ユングの経済発展に貢献してくれ」
 執務室の外までヒュームを見送るオラールは笑みを浮かべている。
「了解しました」
 ヒュームはオラールに敬礼して、執務室を出た。

「話していいですか?閣下」
 秘書のナタリー・メイウッド太尉が、執務室へ戻るオラールに発言許可を求めた。
「なんだね?」
「帝国軍警察は政府から独立した閣下の指揮下です。皇女陛下の指揮下ではありません」
 ナタリーは、オラール中将の秘書に着いたことを誇りに思っていたが、帝国軍警察が皇女の指揮下にあると聞いて、ただならぬものを感じた。帝国軍警察はテレス帝国軍の一組織でオラール中将の指揮下にあるのだ。

 オラールは歩みを止めてナタリーを見た。
「帝国軍警察は帝国軍に帰属し、私の指揮下にある。皇女陛下の介入はこれまでと同じだ」
「帝国軍警察の帝国軍帰属は単なる建前ですか?その目的は何ですか?
 秘書としての役目を果たすため、私が閣下の意向を把握しなければなりません。
 さしでがましい発言を許してください」
 途中まで話して、ナタリーはとてつもない失態をやらかしたと気づいた。オラールとナタリーの間には、埋めきれない階級差がある。

「そう慌てなくていい。メイウッド太尉。
 時期が来ればカプラムの君は現状を理解する。ヒューム大佐は置かれた立場を充分に理解している」
 オラールはナタリーに微笑んだ。

「そうでしょうか?レプリカン培養装置やレプリカン培養カプセルの使用許可を、ヒューム大佐は知らないはずです。
 すみません。立場をわきまえずに、出すぎた発言でした」
 ようやくナタリーは、単なる事務処理的立場にある自分に気づいた。
 はじめて中将秘書官となった自分に興奮して、立場を越えて張り切りすぎている自分を実感し、ごまかすようにメガネをかけ直した。

 遺伝子改変技術の進歩によって、近視遺伝子は淘汰されたと言えたが、ナタリー・メイウッド太尉のように、身体に人為的処置を施すのを極度に嫌う者もいる。ナタリー・メイウッド太尉にとって、レプリカン技術は侵してはならぬ聖域なのかも知れない。

「レプリカン培養技術は帝国軍の技術だ。とりたてて問題視することではないよ」。
 現状に首まで浸かった者たちは、自分が置かれている現実を理解しない・・・。この者たちに本音を語ることはない・・・。
 そう思いながらオラールはにこやかにナタリーを見つめ、
「アトラス・オラール中佐を呼んでくれ」
 とおちついた声で命じた。

「わかりました」
 ナタリーは秘書デスクから、国防省内ブロックの3D映像通信回線を開いた。
「アトラス・オラール中佐。ウィスカー・オラール中将がお呼びです」
「わかりました。ただちに伺います」
 アトラス・オラール大佐の3D映像通信回線が閉じた。
 テレス帝国軍警察亜空間転移警護艦隊の旗艦〈タイタン〉の作戦参謀長だったアトラス・オラール少佐は、昇進して中佐となり、今はオラール中将の作戦参謀長である。


 まもなく執務室のドアが開いて、アトラス・オラール中佐が執務室に現れた。
「オラール中佐。こっちらに来てくれ」
 オラールはアトラスを執務室の隣室に招いた。
 アトラスはオラールが何を話そうとしているか理解した。
 アトラスが会議テーブルのシートに座ると。オラールは会議室内を多重位相反転シールドして話しはじめた。

「皇帝陛下と皇女陛下に提案した件が承認された。
 地域統治を一組織に代行させて、地域統治官をその組織の下部に据える。
 ソウチとカンオケの使用許可が出た。
 実質計画を立てて、シミュレートしてくれ」
「すでに作戦計画は完成しています。
 現在シミュレーションにより、計画不備点を修正中です」

「ユリアを使ってか?」
「独自のAIを使いました。亜空間転移警護艦隊は〈ドレッドJ〉の攻撃で壊滅しました。AIユリアを信用していません」
「よろしい。正しい判断だ」
「AIユリアを操作してファイルを改ざんし、亜空間転移警護艦隊を壊滅に導いたのは皇女でしょうか?」
「ロドスだろう。ヤツは我々カプラムを排斥しようとしていた。我々を反体制分子にでっち上げて、帝国軍艦隊で壊滅する気でいたのだろう。
 皇女は皇帝の指示で、我々に惑星カプラム派遣を命じたに過ぎない」
 オラールは、亜空間転移警護艦隊の壊滅については触れずにいた。

「皇帝はロドス派ですか?」
「かつてはそうだろう。現在は不明だ。
 派閥は皇帝と皇女の間に存在しているのだろう」
「なぜです?」
「惑星ユングのロドニュウムに勝る金属はない。ロドニュウムを支配する者がテレス星団を支配する」

「なぜ親子で対立するのです?」
「皇帝テレスは皇女クリステナの実母ではない。
 前皇帝ホイヘウスには初代皇后ユリアがいた。
 皇后ユリアと皇帝ホイヘウスの間にコージーが産まれて、皇女クリステナになった。
 二人目の皇后コーリーは初代皇后ユリアのレプリカンで、皇后テレスを名乗り、第二皇女ユリアを生んで、皇帝になった。
 皇女クリステナは、自分自身が皇帝ホイヘウスの意志を継ぐ者と信じている」

「皇女は皇帝と対立してるのですね」
「この対立をうまく使うのだ。
 現在〈ドレッドJ〉は惑星ユングのアシュロン商会を拠点に活動している。
 アシュロン商会のカプラムが惑星カプラムへ移動するよう計画して実行してくれ」
「商会のカプラムをレプリカンと入れ換えて移動させます」
「頼むぞ」
 オラールは会議テーブルのシートから立ちあがった。同時に立ちあがったアトラスと握手して、秘書室の方向を目配せした。
「了解しました」
 アトラスは秘書のナタリーに気をつけろとの意を理解した。
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