十 カプラムのニュカム

文字数 2,534文字

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月十六日、夜。
 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団テレス星系、惑星テスロン。
 首都テスログラン上空、静止軌道上、戦艦〈オリオン〉。


 マリーは開戦する気も、テクノロジーを消滅する気もなかったはずだ・・・。
 カールはマリーの行動を不可解に思ってマリーの思考を読もうとした。

「思考を読まなくても、マリーが説明します。
 ヒッグス粒子弾の使用は被害を最小にするためでした。
 歴史はくりかえされました。
 八百年ほど前、アポロン艦隊がテレス星団に入植した際に、ヒューマは、ヒューマを食糧にしようとした収斂進化した獣脚類のヒューマノイドのキトラ帝国を壊滅しました。
 今回のテレス帝国壊滅は、状況が酷似しています」

「どう言う事か説明する・・・」
 マリーは〈オリオン〉のホールの作戦テーブルのシートに座っている全員に説明した。

 多重位相反転シールドを張ったステルス状態の〈オリオン〉はテレス帝国軍の情報収集衛星に捕捉されていた。
 帝国には、ステルス状態の〈オリオン〉を捕捉できる4D映像探査技術があった。テレス帝国の艦隊は地上から静止軌道付近に時空間スキップして、ビーム兵器とミサイルで〈オリオン〉を攻撃した。テレス帝国の戦艦は時空間スキップできるが、他物資をスキップさせる機能は持っていないかった。
 これらから判断すれば、テレス帝国に無いのは、物質を自由に時空間スキップさせる機能とヒッグス粒子弾だけだ。その他のテクノロジーは戦艦〈オリオン〉に匹敵する。
 ヒッグス粒子弾を使わなければ、戦闘は膠着する。
 PDが説明したように、戦闘による被害を最小限にして極力ヒューマの死傷者を出さないため、ヒッグス粒子弾を使うのが最良だった。


 もっと早い段階でヒッグス粒子弾を使えば、惑星ユングのヒューマを一人も消滅させずにすんだはずだが、自分がマリーの立場なら、マリーと同じように出来ただろうか・・・。
 カールはそう考えながらPDに訊いた。
「皇帝テレスと前皇帝ホイヘウスの係累は、精神と意識のバックアップを含めて、全て消滅したか?」
「はい。Jの決断により、全て消滅しました」

 PDがそう答えると、マリーは、これまでのジョーの説明を思いだしてジョーに新たな脅威を感じ、緊急指示した。
「PD。急いでジョーをスキャンして!」
「その必要はないようです」
 PDが答えるまもなく、ドレッド商会のソファーに座るジョーの映像が、〈オリオン〉のホールに現れた。映像は3D映像ではない。4D映像だ。
 いったい、この4D映像技術をどこから手に入れた?
 マリーは不思議だった。

「ヨオ!だいぶ作戦を変えたな。オレをスキャンする必要はない。オレはクラリックじゃない。クラリック・スキャンにかけたって何もないさ。やってみな」とジョー。
「クラリック・スキャンを何処で知った?」
 マリーはジョーの反応を見た。実体も4D映像もクラリック・スキャンできるのをジョーは知っている。なぜだ?

「〈ドレッドJ〉のクラリスから教えられた。
 クラリスはPDと同じ存在だ。PDに訊いてみな。事実を教えてくれるだろう」
「テレス帝国の壊滅はオラールが画策したと言ったな?
 いつ考えた?」
「数年以上前に・・・」
 ジョーはこれまでの経緯を説明した。

 数年以上前。
 脱出ポッドをかねた数個のモーザが、惑星テスロンのスキップリングから現れた。
 オラールはこれらのモーザを捕捉して、搭載してあったオイラー・ホイヘンスの精神と意識のバックアップを解析した。
 その結果、これらのモーザが平行宇宙の他の星系から逃れた事実と、精神生命体ニオブのクラリック階級の存在と、当時の惑星テスロンにいる皇后テレスたちが何者かを知った。そして、計画の妨げになるホイヘンスが他の宙域へを移動するのを待って計画を進めた。


「テレス連邦共和国再建のためか?」とマリー。
「オラールはホイヘンスの精神と意識のバックアップを解析して、アンタたち〈オリオン〉がアッシル星系で行った事実を知った。
 オレの役目は、アンタたちが惑星テスロンのテクノロジーとホイヘンスの関係者を壊滅した後、オラールを惑星ユングに迎えて、惑星ユングのテレス帝国軍を掌握し、テレス連邦共和国を再建することだ。
 民主的な国家ができる。オレがいる限り軍事国家にはしない。
 マリーたちは、コンバットとして惑星ユングに留まるんだろう?」
 ジョーはそう説明した。

「さあな」
 マリーは曖昧に答えた。
 クラリックのアーク位は、オイラー・ホイヘンスに意識内進入していたアーク・ヨヒムと、次席アーク・ルキエフが消滅しただけだ。
 しかし、今まで、AI・PDのサブユニットのPeJがジョーを思考記憶探査できなかったのはなぜだろう?
 マリーはジョーを疑問に思った。

 ジョーはマリーの思考を読んで笑みが浮かべた。
「トルクンが俺を思考記憶探査できなかったのは、オレがカプラムのニュカムのためだ。
 オレとニオブの違いを解明してくれ。
 マリーに精神共棲した、アンタならわかるだろう?」
 4D映像のジョーはソファーに座ったまま態度を崩さない。

「ニオブのトムソや私のようなニューロイドに代る、新しい種か?」とマリー。
「そうらしい・・・。
 だが、オレはニオブと対立しない。わかるか?」
「ああ、わかってるさ・・・。
 このあと、オラールをどうする気だ?」

「オラールは、オリオン渦状腕を管理するオリオン国家連邦共和国と平和協定を結ぶ気だ。
 オリオン国家連邦共和国の代表、総統Jは、マリー、アタンだろう?」
 俺は俺独自の精神思考域からマリーの精神思考を探っている。このことをニオブは理解できないだろう・・・。
 俺の精神思考能力はニオブの精神思考より進化している。俺の存在はかつてのニオブの関係、クラリック階級とアーマー階級階級の関係に相当する。俺がニオブと対立すれば、ニオブは不利な立場に立たざるを得なくなる・・・。
 そう思いながらジョーは笑みを浮かべてマリーを見た。
「マリー。ビルバム。平和協定の調印の場で会おう」
『クラリス。4D映像を消してくれ』
『わかったわ』
 クラリスがジョーにそう伝えると、〈オリオン〉のホールからジョーの4D映像が消えた。
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