十二 ボーマン艦長を探せ

文字数 4,332文字

 バスコたちが乗った飛行艇は、小惑星型宇宙船の太陽に面した表面にある一キロレルグほどの小天体の陰にいる。
 飛行艇のディスプレイにイオス宇宙軍の情報収集衛星が現れた。軍はこの小惑星型宇宙船に気づいてない。
「役立たずの衛星だな・・・」
 粗い鼻息をしてるバスコにクピが言う。
「イオス共和国の軍は探査できないよ。素粒子(ヒッグス粒子)レベルの技術がないんだよ」
 惑星イオスに宇宙軍が誕生してまだ日は浅い。通信技術は電磁波亜空間転移伝播で、素粒子(ヒッグス粒子)信号時空間転移伝播に至っていない。

「バスコ。艦長は司令室にいるよ・・・」 
 飛行艇の記録からケルタ・ボーマン艦長の居所を知って、クピは4D探査で小惑星型宇宙船の監視3D映像にハッキングした。小惑星型宇宙船は衛星軌道上で太陽・恒星リオネルを背にしている。司令室は小惑星型宇宙船の表面近くの惑星イオス側だ。
 しばらくするとバスコとマリーのスカウターに、小惑星型宇宙船の内部を貫くように伸びている通路の監視3D映像像が現れた。移動中のアイネクが巨大なゴキブリさながら通路を走りまわっている。クピはブリッジへ行こうとするアイネクを監視3D映像で追った。

 スカウターの監視3D映像が大きな部屋に変った。
 アイネクたちが中央にある円の中に集っている。クピの4D探査で「司令室」とアイネクが思考するのがわかった。アイネクたちが集った円の上が半球状にシールドされて降下した。エレベーターだ。
 一瞬にして、アイネクたちは大きな部屋に着いた。半球状のシールドが解除し、アイネクは部屋を出て通路を移動し、ブリッジの司令室に入った。
 アイネクの身体はヒューマの背丈より大きい。移動は六本の脚を使う。作業は二脚で歩行し四本の脚を使う。二つの複眼とその上に二本の触覚があり、巨大ゴキブリそのものだ。

 司令室中央のカンオケを斜めに立てたようなシートに、ひときわ大きな身体のケルタ・ボーマン艦長がいた。艦長は多数のモニターが並ぶ円形のコンソールに囲まれている。その周囲に配置された十二のコンソールのシートで十二匹のアイネクが艦長に背をむけてコンソールを操作し、指令と制御をおこなっている。司令室に入ってきたアイネクはこのコンソールを操作するアイネクの交代要員だ。
 交代要員のアイネクたちが艦長に勤務交代を告げてコンソールに着いた。入れ代りにそれまで作業していたアイネクたちが艦長に司令室退居を告げて出ていった。

 クピは司令室の監視3D映像を拡大した。
 艦長は触覚を使い、コンソールを操作するアイネクたちの思念波を感じとって作業を監視している。アイネクたちはコンソールのモニターに現れた映像に指示を与え、送られてくる情報を記録している。

 バスコとマリーとクピは、艦長が見ている円形コンソールの多数のモニターを見て驚いた。バスコの岩窟住居の3D映像が現れている。しかも位相反転シールドがくっきり映像化されている。隣のモニターに監視監督省の中央総監視監督本部の3D映像があり、その隣はレッドバルシティ監視監督本部の3D映像だ。他にも監視監督省の各本部の3D映像がある。そして通信機器メーカー・Aliceをはじめとする通信機関の3D映像もある。さらに、政府機関の重要人物の3D映像もある。この者たちは、各地に潜入しているヒューマ型バイオロイドの管理官だ。
 クピは、艦長のモニターに現れた全ての映像を記憶して、バスコとマリーのバトルアーマーの電脳空間にファイルした。

 艦長のモニターにレッドバルシティ監視監督本部の会議室が現れた。ロコ・ミロビフ監視隊員が、メサイア・ゴメスから拷問され、腕の皮膚を剥がされている。

「バスコ!アイネクの攻撃がはじまるぞ!
 アイネクはレッドバルシティ監視監督本部の異変に気づいてる!」
 マリーは処理官に襲われた時を思いだしてあわてた。あの時、駆けつけたPVの監視隊員は家に放火して処理官に関する証拠を隠滅した。監視隊員もアイネクの管理官だった。
 だけど、火災でヒューマは完全焼失しない。おそらく処理官は完全焼失するのだろう・・・。
「あたしとアッキがアイネクの処理官に襲われたあと、PVで監視隊員が来て、家が燃えた。あの監視隊員はバイオロイドの管理官だ。死亡した四人の処理官を消すため、処理官を焼失させた・・・。ヒューマ型バイオロイドは燃えやすいんだ!」
「バイオロイドが火に弱いなら攻撃方法がある。
 バルデス監視隊長に知らせたほうがいい・・・」とバスコ。
「急いで艦長を思考記憶憶探査するよ。バイオロイドが燃えやすいか探るね」
「了解!」
 クピは4D探査の触手を伸ばし、ボーマン艦長を思考記憶探査した。

 ケルタ・ボーマン艦長の思考記憶探査映像がスカウターに現れた。
 通信機・ネックの電脳空間にファイルされたアッキ・ダビドの意識と精神のバックアップファイルの管理者は、アッキ・ダビド自身とケルタ・ボーマン艦長、そして、カンナ、つまりマリーがファイルを開きたいと強く心に思えばファイルは開くようになっていた。
 だが、通信機・ネックのファイルを開かなくても、アイネクを壊滅する要因はケルタ・ボーマン艦長の意識と記憶にあった。
 ヒューマ型バイオロイドは火に弱く燃えやすい。アイネク自身も火に弱く強い光で視覚機能を損失する。触覚を焼失すれば行動不能だ。そのためアイネクは精神共棲型のヒューマ型バイオロイドの処理管を多用してきた。
「この飛行艇も小惑星型宇宙船も、中が薄暗く温度が低いのはそのためか」
 小惑星型宇宙船内部に強烈な熱と光が充満すればそれで片がつく・・・。
「ねえ、これがアイネクの母星の自然環境だよ・・・」
 クピが艦長の記憶を再現した。

 獰猛なアイネクは清潔な環境を好み、直射日光と過度の熱を極度に嫌う。燃えやすく光で視覚機能を無くすためだ。
 植物が多く繁茂し、地表まで光がとどかない惑星の洞窟に居住し、宇宙をさまよい、他の異星体を捕食する。夜行性で動きが凄まじくすばやい獰猛な種族だ。脚は六本、脚としても手としても機能する。二つの複眼があり、視覚範囲はほぼ全方位だ。二本の長い触覚は匂いと距離と思考を感知する。 
 アイネクのメスは、ヒューマが温暖と感ずる環境下で産卵し、卵が孵化するまでオスが守り育てる。そのためアイネクは産卵前から孵化までの期間、獲物を大量に捕食する。非常時、アイネクのメスはオスがいなくても単独で産卵する。
 アイネクは特殊装備で身を隠しヒューマに近づく。あるいは、ステルス状態か環境に擬態した飛行艇で獲物に近づく。
 そして瞬時にマニピュレーターで獲物を麻酔し、外皮を残して身体だけを抜きとり捕獲する。あるいはシールドを使って獲物を捕獲し、中身だけをスキップ捕獲する。


 監視3D映像で、ボーマン艦長がモニターに現れている飛行艇の映像に釘付けになった。飛行艇のコクピットにいる処理管が、指示を与えている司令室のアイネクに反応しない。コクピットの映像はクピが合成した映像だ。
「大変だ!見つかったよ!」
 大衝撃とともに飛行艇がなんども大きくゆれた。飛行艇は被弾していないが、周囲の小天体が粒子ビームパルス連続被弾している。
「粒子ビームパルスをスキップ攻撃されてるよー」
 バスコたちの飛行艇はクピが多重位相反転シールドを張って周囲の小天体に偽装している。飛行艇が惑星イオスにいるように偽情報を流しているのに、実態が小惑星型宇宙船に筒抜けらしい。小惑星型宇宙船に貼りつけた小天体の数が合わないから、偽装したこの飛行艇を攻撃しているのだろう。
「クピ!イオスにもどれ!」
「了解!」

 飛行艇が多重位相反転シールドを張ったままスキップして、コンラッドシティのバスコの岩窟住居があるテーブルマウンテンの頂上に着陸した。多重位相反転シールドで偽装した飛行艇はテーブルマウンテンの岩と同化して見わけがつかない。
「熱核弾頭搭載のミサイルを撃ちこもう!」
 興奮したバスコがあわてている。
「宇宙船の低温核融合ドライブは攻撃できないってクピが説明したでしょ!
 逆スキップ(時空間転移)されたらどうすんの?それくらいは考えてるはずよ!
 攻撃方法がないから、クピが艦長を探査したんでしょう!」
 マリーがバスコのあわてぶりにあきれている。

「光と熱でアイネクの宇宙船を攻撃する方法があるよ」
「なんだ!それ!」
 バスコとマリーが同時にそう言ってクピを見た。
「パラボーラで焼くんだよ。
 アイネクの宇宙船はヒューマに気づかれないよう、小惑星に偽装したまま、いつも惑星イオスの昼の側の衛星軌道にいて太陽(恒星リオネル)を背にしてるから、四基のパラボーラで焼いちゃうんだよ」
 パラボーラは、惑星イオスが受けとる恒星リオネルのエネルギーに過不足が無いよう、みずから衛星軌道を管理し、集光した恒星リオネルの光をマイクロ波に転換して地上に搬送する、巨大パラボラ反射鏡を有する太陽光集光エネルギー転換装置だ。集光した恒星リオネルのエネルギーを兵器として各種ビームに転換する設備を有し、自動攻撃と自動防衛が可能なビーム兵器でもある。
 パラボーラは常時一二〇〇時に相当する惑星イオスの南北中緯度上空の衛星軌道と、〇九〇〇時と一五〇〇時の時間帯に相当する赤道上空の衛星軌道にいる。

「パラボーラはエネルギー省の管理下だ。イオス軍や監視監督省の管理下にないぞ」
 イオス軍や監視監督省もアイネクの小惑星型宇宙船に気づいていない。アイネクの侵略を監視隊のバルデス監視隊長に知らせる方法はないか・・・・。
「バスコ。なんでバルデス監視隊長に知らせようと思うの?
 あたしは電脳意識だよ。あたしがハッキングしてアイネクの宇宙船を焼いちゃうよ。待っててね・・・・」
 クピは飛行艇のコクピットにクピのコンソールがあるかのごとく空間に手を伸ばして指を動かした。
「準備できたよ。ボーマン艦長には気づかれていないよ。
 あとは十二時を待つだけだよ。三十分後くらいだよ。
 ねえ、バスコ。アイネクの宇宙船は太陽を背にしてるから、太陽を観察しようね。
 太陽爆発みたいに、アイネクの宇宙船が爆発するよ」
 クピは、以前、バスコが持っている天体望遠鏡で太陽観測したみたいに、アイネクの宇宙船の爆発を観測したくなった。
 あの頃、クピは観測機器の管理電脳意識で、バスコとともにヒューマのような気分で太陽を観測した。
「クピが4D映像を見せてくれるんだろう?」
「アッ、そっか!あたし、バスコの天体望遠鏡で太陽フレアを見た時みたいに、観察しようと思ってた。自分で探査できるのを忘れてたよ!」
 クピは自身が電脳意識なのを実感した。
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