八 惑星タクール ラプトのコロニー

文字数 5,296文字

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月十二日。
 オリオン渦状腕深淵部、アッシル星系、惑星タクール。
 静止軌道上、巨大球体型宇宙船〈オリオン〉。


 アッシル星系の第五惑星タクールは、へリオス星系のガイア型惑星だ。恒星アシルの公転面に対して地軸が六分の一ラジアン傾いているため四季がある。

 かつての惑星タクールは地表の八割以上が海で、固有の生命が棲息する水の惑星だったがへリオス星系惑星ガイアから旧戦艦〈ホイヘンス〉が現れて以来、この惑星タクールから大気と水が消えた。
 その後、惑星ナブールから惑星タクールにラプトの移住者が現れて、現在のような惑星タクールにテラフォーミングしている。惑星ナブールから惑星タクールへラプトを移住させるために、旧戦艦〈ホイヘンス〉が惑星タクールの大気と水を減少させたことが波動残滓の調査で判明している。
 Jが時空間スキップした年代との大きなずれは、ホイヘンスが亜空間スキップ時の時空間の歪みによる『時空間のずれ現象』だろう。

 現在、惑星タクールは長年のテラフォーミングで植物が繁茂し、多数の草食動物が生息する陸地の多い惑星に変貌している。食物連鎖の頂点に君臨するのは、古生代の獣脚類の子孫であるラプトロイド(通称ラプト)だ。ラプトはアッシル星系全体に棲息しているヒューマノイドだ。
 今もラプトはテラフォーミング当時のまま、直径数キロメートルの球体型スペースコロニーで生活している。スペースコロニーの形状は新たな戦艦〈ホイヘンス〉の大きさと同じだ。〈ホイヘンス〉が惑星タクールに紛れてスペースコロニーに擬態したら、3D映像探査や〈V2〉やスペースファイターによる偵察飛行でも識別不能だろう。


「最初は多重位相反転シールドした戦闘機を投入するよ」
 Jはスペースコロニーの映像を見て決断した。
「イヤッホー!ぼくは〈⊿3〉に乗れるんだあ!」
 PeJたちPePeが小躍りするように空中でプルプル震えている。
 まるでトルクンだな・・・。
 カムトは、惑星ガイアの地球防衛軍ティカル基地にいた、リスに似た小型の有袋類を思いだした。

 惑星タクールは、湿地帯の多い三大陸が地表の五割以上を占めている。高緯度付近に大陸はなく、低緯度帯から中緯度帯に大陸がある。〈オリオン〉の5D座標探査と4D映像探査によれば、〈ホイヘンス〉は、最も大きなゴド大陸のテーブルマウンテンがある密林に着陸して、スペースコロニー群に紛れている。〈ホイヘンス〉の背後は切り立つテーブルマウンテンの岩壁だ。

「ガイアのホイヘンスと同じだ・・・」
 何度、意識内進入をくりかえしても本質は変らない。あいかわらずテプイ(テーブルマウンテンの呼称)の密林が好みなんだ・・・。
 4D映像を見てカムトは惑星ガイアを思いだした。テプイは惑星ガイアの南コロンビア連邦ベネズエラ、ギアナ高地のテーブルマウンテンの呼称だ。周囲は密林に囲まれている。かつてホイヘンスは、テプイの一つ、サリサリニャーマの内部に、飛行可能な構造体までの旧戦艦〈ホイヘンス〉を建造した。


〈V1〉の指揮官アリーが言う。
「〈ホイヘンス〉を攻撃したら、スペースコロニーが破壊するぞ!」
〈V1〉と〈V2〉はともに円盤型特殊ステルス戦闘爆撃ヴィークルだ。戦闘ヴィークルと呼ぶが、本来、宇宙空間専用の偵察機種である。全長は五十メートルだ。
「テプイにそって〈ホイヘンス〉との間を急降下し、攻撃反転上昇する場合・・・」
 と〈V1〉のパイロットのバレルが言いかけて口を閉じた。

〈V2〉のパイロットのガルが、〈V2〉の指揮官ミラに説明する。
「上昇進路を塞がれたら帰還できない。真上から降下して、テプイの岩壁にそって密林へ飛行する・・・」
「〈S1〉の出動はないな・・・」
〈スゥープナ〉級回収攻撃艦〈S1〉の指揮官ジョリーは、〈S1〉の全長一キロメートルを気にしている。

「みんな、聞いてね!
〈ホイヘンス〉がスペースコロニーに紛れて着陸できたのは、ゴド大陸のラプトがホイヘンスに協力したためだよ・・・」
 Jは4D映像探査した戦艦〈ホイヘンス〉とスペースコロニーを示した。〈ホイヘンス〉は艦体の外壁をスペースコロニーと同様の色彩迷彩している

〈ホイヘンス〉の艦体は形も大きさもスペースコロニーの球体に似て区別がつかない。〈ホイヘンス〉を攻撃すれば、周囲のコロニーに被害が及ぶ。
 ホイヘンスがスペースコロニー群を盾に立て籠っているように見えるが、実態は違う。スペースコロニーには惑星外からの攻撃に対処できる兵器が装備されている。スペースコロニーが〈ホイヘンス〉と敵対していれば、それ相応の攻防があったはずだが、4D映像で見る限り、スペースコロニーと〈ホイヘンス〉には戦闘があった痕跡はない。スペースコロニー群が穏便に〈ホイヘンス〉の着陸を認めたと考えられる。

「スペースコロニーも、〈ホイヘンス〉と同じ、スペースコロニー用の攻撃用球体型宇宙戦艦の可能性があるから、スペースコロニーを調べてね」
「わかりました・・・・」
 PDが探査ビームを走査して報告する。
「Jが言うように、スペースコロニー用の攻撃用球体型宇宙戦艦です」

「スペースコロニーのラプトはホイヘンスの賛同者か?」とカムト。
「そうです」とPD。
「スキップで時空間のずれが生まれたの?」とJ。
「そのようです。こうした現象は亜空間スキップでは頻繁です。
 時空間スキップでは希です」
 そう言ってPDは考えこんでいる。

「他の平行時空間でも、同じ現象が起きてるの?」とJ。
「ええ、そう言えます。平行時空間の現象はシンクロします」
 PDは説明する。

 他の平行時空間で、ホイヘンスは、スペースコロニー用の攻撃用球体型宇宙戦艦の情報を入手した。そして、入植者目的で惑星タクールから大気を奪い、ラプトに合うようにテラフォーミングした。大気を奪ったホイヘンスと、惑星ナブールのラプトに、スペースコロニー用の攻撃用球体型宇宙戦艦の情報を与えたホイヘンスは、それぞれ別時空間のホイヘンスだろう。


「そしたら、スペースコロニーが攻撃用球体型宇宙戦艦として機能するか確認するよ。
 PD。〈オリオン〉を多重位相反転シールドして、ホイヘンスとスペースコロニーに宣戦布告してね。
 レーザー砲で攻撃して、結果次第で、戦闘爆撃機を投入するよ。
 それで、いいね?」
 Jは全員に確認した。
「いいだろう」
 トムソを代表してカムトが承諾した。
「我々も賛成だ」とDとK。
「〈V1〉と〈V2〉は搭乗員に変更はないね。
〈S1〉部隊は、スペースファイター〈⊿3〉に搭乗してね」とJ。
〈スゥープナ〉級回収攻撃艦〈S1〉は全長が一キロメートルだ。今回の出撃には大きすぎる。

「了解した」
〈S1〉部隊の指揮官ジョリーが答える。パイロットはレグ。他に兵士三名だ。
「スペースファイター〈⊿2〉はDとKだよ」
「イヤッホー!」
 PePeたちが空中で小躍りしている。
「PePeは自分たちで飛行も攻撃もできるんだぞ」
 DとKが笑っている。

 スペースファイターには、
 円盤型ステルス戦闘ヴィークル〈V0〉
 円盤型ステルス戦闘爆撃ヴィークル〈V1〉〈V2〉
 有翼型単葉ステルス戦闘機スペースファイター〈⊿1〉
 有翼型単葉ステルス戦闘爆撃機スペースファイター〈⊿2〉〈⊿3〉
 薄形立体カージオイ型戦闘機の〈ガジェッド〉
 立体アステロイド型戦闘機の〈アスロン〉
 などの機種があり、宇宙空間と大気圏の飛行が可能だ。

 宇宙空間の飛行も可能だが、大気圏内専用戦闘機は大きく分けて、
 ロータージェットステルス戦闘ヴィークル〈ファルコン〉、
 ロータージェットステルス戦闘爆撃ヴィークル〈イーグル〉、
 ⊿型ステルス戦闘ヴィークル、〈ホーク〉
 ⊿型ステルス戦闘爆撃ヴィークル〈コンドル〉
 に大別される。
 ロータージェットステルス戦闘ヴィークルの基本型は、ローターを備えた可変デルタ翼を有し、推力変更可能な強力ジェットとロケットの推進装置を有している。垂直離着陸から、滞空飛行、低速飛行、超音速飛行が可能だ。
 ⊿型ステルス戦闘ヴィークルは固定単葉翼だ。推力変更可能な強力ジェットとロケットの推進装置を有し、超高速飛行が可能だ。
 全機種に時空間スキップドライブが装備されている。

「PD。〈オリオン〉のシールドは完璧だね?」
「多重位相反転シールドしています」
「そしたら、4D映像に巨大なヒューマを登場させて、
『ホイヘンスをこちらに渡せ。従わなければ攻撃する』
 とコロニーへ伝えてね」

「了解しました。ただちにメッセージを送ります」
 PDは、バトルスーツとバトルバトルアーマーで重武装した巨大な金髪碧眼の厳ついヒューマの女戦士がナブル語で、
『ホイヘンスをこちらに渡せ。従わなければ攻撃する』
 と語る4D映像を惑星タクールの全スペースコロニーへ送って、Jたちに、
「五秒後に、全スペースコロニーが〈オリオン〉のビーム兵器射程内に入ります」
 と伝えた。


 五秒後。
 惑星タクールの全スペースコロニーから〈オリオン〉に、大量のレーザーパルスが走った。〈オリオン〉の多重位相反転シールドは全てのレーザパルスを撥ね除けている。

 輝く多重位相反転シールドに包まれた〈オリオン〉の4D映像を見て、PeD(DのPePe)がバトロイドBR8のPe15をまねて言う。
「ヘビーだぜ!」

「PeJ。バトロイドはどうしてる?」とD。
「デ・ラプトス親子の広報官が知らせてるから、惑星ナブール全土がバトロイドたちに従ってるよ。でも、小賢しいのがバトロイドたちを攻撃したけど、バトロイドが壊滅したよ」
「心配ないんだな」とD。
「だいじょうぶです。私たちとシンクロしています」
 とPD。PDはPDアクチノンとPDガヴィオンが一体化した執事姿のアバターだ。


 ゴド大陸のスペースコロニー群の5D座標が〈ホイヘンス〉と同じ赤色光彩を発した。戦艦として機能したことを示している。

「J。どうやら、全てのスペースコロニーがホイヘンスの支援者です。
 スペースコロニーの装備はビーム兵器と電磁パルス兵器。自走兵器はミサイルと宙域機雷です。〈ホイヘンス〉もビーム兵器に加えて自走兵器を装備しました」
 PDが、スペースコロニーと〈ホイヘンス〉の4D映像探査結果を示した。自走兵器は、巡航ミサイル・スティング、多弾頭多方向ミサイル・ヘッジホッグ、電磁パルス魚雷、宙域機雷だ。

「多重位相反転シールドした〈⊿3〉で攻撃したらどうなるの」とJ。
「互角の戦闘です。戦闘爆撃機は破壊されませんが、戦闘員のダメージが激しいでしょう。
 トムソは体質上、精神ダメージをケラチンシェルに固化解消できますが、精神思考できるヒューマでも鬱憤は溜りますよ」とPD。

「スペースコロニーにダメージを与える方法はないの?」
「戦闘機にヒッグス粒子弾を搭載しましょう。
 シールド発生装置を破壊して、コロニーの電磁パルスを使えなくしましょう。
 ここから、ヒッグス粒子弾を発射してもいいのですが、多重位相反転シールドした戦闘爆撃機で破壊する方が、コロニーのラプトが受ける精神ダメージは甚大です」
 スペースコロニーと〈ホイヘンス〉のシールドは対電磁パルス位相反転シールドだけだ。

「それなら、戦闘爆撃機にヒッグス粒子弾を搭載してね」
「全コロニーの対電磁パルス位相反転シールド発生装置と電磁パルス砲を破壊するよう、ヒッグス粒子弾をプログラムしましょう・・・。
 準備できしだい発射です。
 皆さんは戦闘爆撃機に搭乗してください」
 PDが戦闘爆撃機に搭乗を指示した。

「了解、みんな、搭乗して!」とJ。
「了解!」
「イエッ!発進だ!みんな!準備だよ!
 ボクたちPePe三人は、JとDとKといっしょだね?
〈⊿2〉に搭乗だね?」
 PeJが視覚センサーをJに向けている。
 今や、PePeたちの気持はヒューマノイドだ。

「うん、いっしょだよ」とJ。
「やったあっ!」
 PeJが興奮して、空中でプルプル震えている。

「なんだよ?プルプルが変だぞ?」とPeD。
「惑星ガイア流に言えば、ムシャブルイだぞ~」とPeJ。
「チビルなよ!」とPeK。
「チビッたら、何がでるんだ?」とPeD。
「決まってるだろう。H2Oだべ」とPeK。
「なあんだ。水素の過剰な酸化現象なの?ボクはてっきり・・・」とPeJ。
「イッヒヒッ」とPeK。
「なんなの?おしえてね!」とPeJ。
 PePeたちは興奮している。

 カムトが説明して、移動を促す。
「炭化水素の酸化によって生じた水を排泄するんだ。
 ヒューマは緊張すると排泄機能が異常反応して、意志に反する排泄をることがあるんだ。
 さあ、格納庫へ移動だぞ」

「トムソも、チビル?」とPeJ。
「トムソはチビらない。詳しい事はPDに説明してもらえ。すぐ教えてくれる」
〈V2〉のパイロットのガルが、めんどうくさそうにそう告げた。
「今、教えてくれればいいのにな・・・」とPeJ。
 トムソがPePeたちに説明する間に、トムソとDとK、PePeたちとJは球状シールドに包まれて格納庫へ移動した。
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