四 再生

文字数 3,335文字

 二〇八〇年、九月九日、月曜。
 南コロンビア連邦、ベネズエラ、ギアナ高地、テーブルマウンテン、テプイ。

 十三のコントロールポッドが中央制御室の中央を中心に円形に配置されている。コントロールポッドのバイオロイドはシートの専用ケーブルを腰と後頭部の首筋に接続してコンソールを操作した。

 階下の再生培養室で再生システムが稼動して、中央制御室の円形に配置されたコントロールポッド群の中心と、各コントロールポッドのバーチャルディスプレイに、水平再生装置の3D映像が現れた。培養液が満たされた水平再生装置内に、培養液で満たされたカプセルが入っている。
 中央制御室の空間をモーザが浮遊して、十三のコントロールポッドの一つであるメインコントロールポッドにオイラー・ホイヘンスの3D映像が現れた。ホイヘンスは、コントロールポッド群の中心に投映された水平再生装置の3D映像に見ている。

 水平再生装置内のアームがカプセルを開いて、破壊されたレグの胴体と脚と腕を引き出した。ひしゃげたテクタイトの装甲と装備を外して、ケラチンシェルに包まれた胴と二本の脚と二本の腕にした。空になったカプセルと装甲と装備は水平再生装置に回収された。

 コントロールポッドのバーチャルディスプレイに投影される3D映像を見ながら、トーマス・バトンが指示する。
「ジム、レグを固定してくれ」
「了解しました」
 コントロールポッドにいるバイオロイドがケーブルを通して思考を制御装置プロミドンシの思考記憶管理システムに伝えた。
 水平再生装置内のアームがレグの胴を固定した。他の何本ものアームが脚と腕を胴体に密着させて固定し、各部にセンサーと薬剤投与用の細いチューブを装着した。

「アリス。生体反応と生命反応は?」
 トーマスは再生システムを管理するもう一人のバイオロイドに言った。
「生体反応六。生命反応ゼロ」
「中枢神経と脳組織は?」
「断裂多数で分離状態にあり、活動停止です。低温保護されて細胞損傷はありません」
「テロメアを確認しろ。テロメラーゼが減少していたら一単位投与だ」
「テロメアは完全です」
「破損部は?」
「破損部もです」
「こんなに破損してもか?」
 トーマスは信じられなかった。神経組織や筋肉組織、臓器、骨格など、破損部は酷い挽肉状態になっている。
「はい」
「驚きだね・・・。では、βエンドルフィンを二単位投与。セロトニンは一.二単位投与。メラトニンの量を見ながら調節してくれ。アドレナリンとノルアドレナリンの増分は排除して正常値に戻せ。レグと培養液のアミノ酸値は?」
 再生装置からチューブが伸びてトムソの胴と脚と腕に薬剤が投与されている。
「レグ八十。培養液百二十。正常値です」
「還元域か?」
「培養液は還元域です」
「合成元素濃度は?」
「レグと培養液ともに全て正常値です」

「ジム。細胞組織へ酸素送入してくれ。他のトムソも同様にするんだ」
 再生装置から酸素供給と二酸化炭素除去のチューブが無数に伸びて、トムソの千切れた体組織の損傷部と、腹部の左右に十二個ある気孔に装着されている。
「わかりました。酸素送入・・・。次のトムソをセットします」

「リンレイ。レグの記憶を管理してくれ」
「了解しました。
 キム。マリ。レグの記憶を管理してください。他のトムソがセットされたら、ただちに記憶管理してください」
 チャン・リンレイが、坑道のトムソを管理をするバイオロイドたちに指示した。
「わかりました」
 バイオロイドたちはそれまで行っていた思考記憶管理対象を、坑道のトムソから再生装置内のトムソに切り換えた。


 水平再生装置内で、破壊した頭蓋や千切れたレグの腕と肩の骨細胞が増殖した。細胞同士が手を伸ばして骨格の歪みを調整し、分離した骨組織を連結して細胞融合して再生が始った。
 なんて速さなの!今までこんな事なかった!
 モーリン・アネルセンは3D映像を見ながらそう思った。

 制御室中央の空中に浮遊しているモーザが、コントロールポッドにいるモーリンの肩越しへ移動した。
 モーリンは、モーザがレグの記憶思考波を探査しようとしているのを感じた。ついでに私の思考と意識を探査する気だ。何度試みても結果は同じだ。私の中に記憶ない・・・。
 一瞬、モーリンはモーリン自身が浮遊霊のようにモーザの近くを浮遊するのを感じた。

 水平再生装置内の骨格から、砕けた古い骨部が剝がれて、単独で組織外へ移動した。
 血管と筋肉をはじめとする各組織が増殖し、千切れた互いを求めて新たに成長して融合し結合した。
 破損した古い組織は、新たな組織を離れて組織外へ移動している。それらと同時に、脳をはじめ、神経細胞が増殖して新細胞が融合し、破損していた古い細胞を排泄して神経組織を再生した。

「トーマス、見て。いつもより再生が早い・・・」
 モーリンはコントロールポッドのシステムを通じてトーマスにそう伝えた。
 水平再生装置内の破損組織がシェルの破損部位へ移動した。シェルに融合して破損部を塞いでいる。
 レグのシェルは自己意識を持ってる・・・。
 そうモーリンは直感したが、モーザに気づかれぬように、その感覚を意識に留めずに、ふと浮かんだ閃きの如く受け流した。その感覚は蘇った記憶がそのまま意識を通り過ぎてゆくような感じだった・・・。

「完璧な処置だ・・・。アネルセン君。バトン君。トムソの健康管理も頼んだよ・・・。
 リンレイ。シンディー。計画を再検討するんだ。今後もシャフトが現れたら破壊してくれ」
 モーザを残して、ホイヘンスの3D映像がメインコントロールポッドから消えた。


 モーリンは、相向いのコントロールポッドにいるリンレイを見た。
「リンレイ、計画って何?」
 モーザがリンレイの頭上へ移動した。
「私にはわかりません」
 トーマスは、リンレイの隣のコントロールポッドにいるシンディー・ミラーに訊いた。
「シンディー、採掘計画の事か?」
「最近、事故が多いので、事故が無いようにせよとの指示です・・・」
「シンディー!あなたは坑道のトムソたちから事故の記憶を消去しなさい。採掘のみを行うよう指示しなさい。その後は坑道を修復しなさい」
 リンレイがシンディーに威圧的に指示した。
「わかりました」
 シンディーは指示に従って、コントロールポッドのバーチャルコンソールを操作した。

「私たちは坑道のトムソを休ませねばなりません。あなたたちはトムソの再生管理をしてください・・・」
 リンレイは余計な事を訊くなとの態度でモーリンに指示し、コントロールポッドが投影する3D映像を見ている。


 コントロールポッド群の中央に、3D映像に色分けされた何本もの記憶波が現れた。色彩が最も鮮明な赤の波形が映像化されて、3D映像が事故現場に変った。事故に関する採掘総指揮者ダーマンの記憶と、事故から誘発された彼の数々の恐怖に関する記憶だった。

「消去します」
 シンディーは、ダーマンの記憶波とは逆位相になる記憶波を、光変換してモーザからダーマンに照射するよう、システムを操作した。

 睡眠カプセル内のダーマンの脳内で、モーザの記憶波がダーマンの記憶波と合成されて、事故の記憶波と事故から誘発された記憶波をフラットにした。採掘に関する記憶波を増幅して、正当な使命だと記憶させている。これでダーマンに事故の記憶は残っていない。

「他のトムソも管理しなさい」
 リンレイはシンディーに指示した。
「わかりました」


 モーザがイエローに点滅した。探査システムが働いて、リンレイとシンディーのコントロールポッドが投影する3D映像が緊急映像に変った。第十三坑道の入口にガルとバレリが居る。

「シンディー、異変は?」
「二体に異変があります。モーザは完璧です・・・」
 緊急映像で、トムソが居住区へ向う移動車に乗りこんだ。
「二体が戻ります・・・」
「記憶を調べなさいっ」
「わかりました」
 シンディーが答えながら、思考記憶管理システムを操作した。
 3D映像に二体の記憶波が無数に現れた。
「過去の波形が現れています」
「なぜです?」
「わかりません」
「この二体の記憶消去を優先しなさい!」
「わかりました」
 シンディーはガルとバレリの記憶を消去するよう、思考記憶管理システムを操作した。
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