試練と成長

文字数 3,413文字

「この暑さ……少しでも進んだら干からびそう」
 ダームは目を細め、ザウバーは無言で頷いた。
「魔法で涼しく出来ない? 冷たい水を、ばしゃーってやってみたりとか」
 少年がそう話した時、彼の胸元が青く光る。そして、その光が収まった時、ダームの体はびしょ濡れになっていた。少年は、突然の出来事に目を丸くし、近くに居る青年の顔を見上げる。
 
「言った直ぐ後に使ってくれるとは思わなかった」
 ダームは、そう言うと目に入りそうな水滴を手の甲で拭った。一方、彼の話を聞いたザウバーは、訝しそうな表情を浮かべて口を開く。
「俺じゃねえ。大体、やるなら自分にもかける」
 ダームは首を傾げ、納得いかない様子で口を開く。
 
「ザウバー以外に、誰が出来るって言うの?」
 ダームは、そう話すと濡れた前髪を指先でいじった。この時、既に彼の髪は乾き始めており、それが尋常ではない暑さを物語っている。
「俺は魔法を使っていない。だったら、お前の仕業としか考えられねえだろ」
 ザウバーは、そこまで話すと片目を瞑り、少年の胸元を指し示す。
 
「青い光が見えたしな」
 少年は首を傾げ、それを見たザウバーは軽く笑った。
「俺は、青い珠がお前に吸い込まれるのを見た。その珠が発していたのと同じ光をさっきも見た」
 ザウバーは口元に手を当て、そのまま小さな咳払いをする。

「だから、さっきのあれは、青いオーブの力が何かしら働いたんだろ。ま、あくまで予想だが」
 そこまで伝えると、ザウバーは少年の目を見つめて微笑する。対するダームは、不思議そうに胸を押さえ、無言のまま目を瞑った。
 
「気になるなら、試してみるか?」
 仲間の話にダームは目を開き、それを見たザウバーは歯を見せて笑う。
「例えば、頭の上に冷たい水が浮かんでいる様子を思い浮かべる。で、さっきみたいに、ばっしゃーんだの言ってみる」
 ダームは、目を瞑って仲間の言う通りのことをした。

 すると、少年の胸元は光り、ダームの頭上に球状の水が生じる。その水は、数秒間球状を保った後で形を崩し、ダームの体に降り注いだ。少年は、その刺激に高い声を漏らし、目を見開く。
 
「え……今、何が起こったの?」
 それだけ言うと、ダームは目を細めて青年の顔を見上げた。ザウバーと言えば、少年の胸元を一瞥して口を開く。

「起こったことは分かるだろ。原理はとにかく」
 そう話すと、ザウバーは目を瞑って溜め息を吐く。
「一時的に、魔法が使える様になったんだろ。多分、オーブの力だ」
 青年の話を聞いたダームは呆けた表情を浮かべ、大きな瞬きを繰り返す。
 
「冷えている内に行ってこい!」
 そう言い放つと、ザウバーは少年の背中を強く叩いた。
「あんまり説明になって無いし……って言うか、行ってこいってことは、僕だけで行くってこと?」
 その問いにザウバーは頷き、腕を伸ばして細い道を指し示した。
 
「あの道を二人で進むのは難しい。特に、行き止まりに当たったらな。なにより、これはお前の試練なんだろ。つまり、一人で行くのは誰の役目だ?」
 ザウバーはわざとらしい溜め息を吐く。一方、彼の台詞を聞いたダームは低い声を漏らし、目を瞑った。

「分かった。行って来るから、逃げないでよ?」
 対するザウバーは肯定の返事をなし、ダームは広間の方へ向かっていく。その後、ダームは無言で足元を見下ろした。
 
「大丈夫。落ちなきゃ平気」
 ダームは、自分へ言い聞かせる様に呟くと、細い通路へ足を進めた。この時、ダームが歩く通路の下では、相変わらず赤みを帯びた流動体が熱を放出している。少年は、思わず暑さの元を一瞥するが、直ぐに目線を自らの足元へ戻した。

 足元には、肩幅とさして変わらない広さの道しかなく、ダームは慎重に歩かねばならなかった。しかし、彼を取り巻く暑さは集中力を奪い、次第に少年の足元はふらつき始める。落下の危険を感じたダームは、目線を左右に動かし、少しでも休めそうな場所を探そうとする。この際、彼の瞳には、左右に分かれた細道と、ゆっくり流動する発熱体だけが映し出された。

 その後、ダームは胸に手を当て、そのまま何かを呟いた。すると、彼の頭上に球体をした水が生じ、それはダームの体に降り注いだ。水が降り注いだ後、ダームは頬を強く叩いて目を開く。
 
「諦めたくない」
 ダームは、何度か同じ言葉を繰り返した後、左の道を選んで歩き出す。その道は相変わらず細かったが、少年はふらつくこと無く進み続けた。

 少年が細い道を進んで行くと、前方に壁しか無い場所があった。幸い、壁の前は今まで通った道より広い場所があり、少年は慎重に体の向きを変える。そして、気持ちを落ち着ける為に呼吸を整えると、彼は新たな道を探して進み始めた。ダームが、それを何度か繰り返した時、行き止まりとなる場所の手前に赤色のオーブを見つける。その珠は、ダームの腰の高さ程の台座に乗せられ、炎のような赤光を纏っていた。
 
 少年は、疲れきった様子でそれに手を伸ばし、赤色の珠はダームの胸元に吸い込まれた。すると、少年の胸元は赤く光り、ダームは思わず胸を押さえる。その後、ダームは胸を押さえたまま踵を返し、その状況を確認した。ダームが見る限り、依然として足場は狭く、その下で溶岩らしきものが蠢き熱を放出している。その環境に少年は思わず溜め息を吐き、気怠そうに口を開いた

 
「さっきみたいに、何か起こるかと思ったんだけど……流石に、あれが冷えるとかは無いか」
 ダームは、そう言うと胸から手を離して歩き始める。しかし、彼が足を前に出した瞬間、足場は崩れ、ダームは強く目を瞑って体を強ばらせた。

 少年は、恐怖の為かそのまま動かず、その瞳から涙が零れた。ところが、何時まで経っても体に痛みは走らず、ダームは恐る恐る目を開いた。ダームの前には、白い石を敷き詰めた床が広がり、その段差は殆ど無かった。また、彼の眼前には、人の頭よりは小さい、透明の物体が浮かんでいる。それは三角柱で、その平らな面をダームに向けていた。少年は、その物体を良く見ようと近付き、次第に見る方向も変えていく。
 
 ダームが、不思議な物体を見ながら体を動かしていくと、先程まで背を向けていた壁が白く光っていることに気付いた。その光は、掌程の大きさで円形をしており、ダームがそちらに顔を向けた瞬間、その空間は白い霧に包まれる。

 すると、その霧の粒子に反射したのか、光の進む道を見て取れる様になった。その光芒は、透明の物体へと真っ直ぐ進み、そこで途切れている様に見えた。ダームは、光が発せられている場所を眺めた後、その光を遮らぬ様、宙に浮かぶ物体を観察した。その物体は、支えも無いのに宙に浮かび、動く様子も無い。また、光は平らな面から入って止まり、それを見たダームは首を傾げた。
 
「仕掛けがあると思うんだけど」
 そう呟くと、ダームはゆっくり息を吐き出した。その後、彼は腕を組んで目を瞑り、低い声を漏らしながら次にすべきことを模索する。しかし、彼の集中は仲間の呼び掛けによって途切れ、ダームは聞き慣れた声のする方へ顔を向けた。
 
「ダーム! いきなり真っ白になっているけど大丈夫か?」
「大丈夫だよ!」
 しかし、ダームにはこれからやるべきことが思い付かず、苦笑しながら再び口を開く。
「でも、そっちに戻るまで時間が掛かるかも。何をやったら良いか、分かんない」
 ダームは、そう言うと目を細め、宙に浮かぶ物体を見つめた。
 
「それ、あんまり大丈夫じゃねえだろ。つーか、そっちに行ってやるから、それまで待ってろ」
 ダームは声のした方に向き直り、仲間の到着を待った。すると、白い霧の中から見慣れた青年が現れ、それを見たダームは恥ずかしそうに頬を紅くする。

「で? 何に躓いてるんだお前は。ここを出るだけなら簡単だろ」
 対するダームは、浮かんでいる透明の物体を指差し苦笑した。
 
「あれに、何か仕掛けがあるのかなって。最初の所も、二番目の所も、二つずつだったし」
 ダームは、そこまで話すと手を下ろし、首を傾げながらザウバーの目を見つめる。話を聞いたザウバーと言えば、ダームが指し示した物体をじっと見つめた。

 そして、それに光が当たっていることに気付くと、ザウバーは光の発せられている場所まで目線を動かした。その後、ザウバーは軽く周囲を見回し、顎に手を当てて目を細めた。彼は数分間そうした後、何か思い付いた様子で目を見開く。
 
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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

絶賛成長期。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
ブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。



OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

魔物が増えて管理職が故の悩みが増えた。

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