更なる試練

文字数 3,273文字

「何か聞こえない?」
 ダームは立ち止まり、青年の顔を見上げる。
「一応な。何の音かは分からねえが」
「そっか」
 ダームは、それだけ言うと歩き始めた。ザウバーは、少年の背中を眺めながら頭を掻き、後を追う。

 数分歩いた後、彼らは開けた空間を発見する。その空間の中心には、金色の毛皮を纏った獣が居り、その首に黄色いオーブが付けられていた。その獣の口から鋭い牙が覗き、吊り上がった瞳で二人を見つめている。しかし、それに動く様子は無く、二人は不思議そうに獣を見つめた。
 
「度胸試しか? 首のオーブに触る」
 ダームは、話に出た宝玉を凝視する。そして、少年は気持ちを落ち着ける為に深呼吸し、青年の目を見た。

「そうだと思う。まだ、あれが何の役に立つかは分からないけど、やらなきゃ」
 ダームは、そう話すと笑顔を作り、獣の姿を一瞥する。そして、彼が獣へ近付こうと広間へ進んだ瞬間、その体は右方へ飛ばされた。ザウバーは直ぐに歩み出るが、広間から強い風が吹いた為に押し戻されてしまう。その後も、ザウバーは広間に入ろうと試み、その度に押し戻された。
 
「大丈夫か?」
 少年はその問いに肯定の返事をし、ザウバーは再び口を開く。
「悪いが、俺は入れそうにねえ。一人でも行けそうか?」
「一人でも行け、って、うわ」
 ダームは、言い終わる前に吹き飛ばされてしまった。ザウバーは頭を抱え、目を瞑りながら溜め息を吐く。
 
「不安過ぎるな」
 ザウバーは、少年の居る方へ向かおうとする。しかし、彼は強風に押し戻されてしまった。
「さっきと難易度が違い過ぎだろ」
 ザウバーは、そう言うと獣の目を真っ直ぐに見つめる。その獣は、ダームの叫び声を聞いても動く様子は無く、鋭い目線を前方へ向けていた。
 
 ダームは壁に当たる直前で踏みとどまり、獣の居る方へ目線を向けた。この時、彼はザウバーの居る位置から大きく離れており、今や獣の方が近い場所に居た。ダームは、注意深く獣に近付こうとするが、そうしようとする度に風に吹き飛ばされた。それでも、ダームは諦めること無く挑戦し、何時しか空中に浮かぶ宝玉を見つける。
 
 その宝玉は黄緑色の光を発しており、空中に浮かびながら漂っていた。その様子を見たダームは宝玉を目で追い、黄緑色の珠を追い掛け始める。しかし、その珠は追っ手から逃げる様に空中を移動し、手が触れそうになったところでダームが吹き飛ばされることもあった。

 ダームが風に吹き飛ばされた際、獣の直ぐ傍を横切ることもあった。しかし、余裕の無い少年にとって、宝玉へ手を伸ばすことは容易でない。その上、ダームは足を滑らせて転倒し、床に体を打ち付けてしまった。
 
 ダームは痛みを堪えながら立ち上がり、服に付いた汚れを叩いて払う。その後、彼は浮遊する宝玉の位置を確かめると、目線だけを動かして動きを追った。その宝玉は、不安定ながらも円を描く様に移動しており、その中心は獣の辺りにある様に見える。ダームは、風に邪魔されながら宝玉が通るだろう位置に立ち、その到着を待った。ところが、宝玉が近づく度に吹き飛ばされ、少年の体に小さな傷や打撲の痕が増えていく。
 
 ダームは、傷の痛みに顔をしかめることもあったが、それでも諦めようとはしない。そして、彼は胸に手を当てて呼吸を整えると、浮遊する珠の位置を確認しながら獣の居る方に向かっていった。

 少年の体は、突風により獣から離された。しかし、その先にゆっくりと移動する宝玉が在り、ダームは風の勢いを利用してそれに手を伸ばす。すると、少年の作戦は功を奏し、手に触れた宝玉は胸元へ吸い込まれた。また、それを合図とする様に獣が動きだし、牙を剥き出しながら咆哮する。少年は、突如聞こえた声に息を飲み、獣の様子を窺った。
 
 ダームが、警戒しながら珠を見つめていると、獣は前に進み始めた。その後、獣は進む速度を上げ、ダームに迫って来る。それに気付いたダームは後退し、獣に目線を向けたまま目を見開く。そして、少年は慎重に獣の位置を捉えると、それが飛びかかってくる瞬間を窺った。

 獣は口を開きながら飛び上がり、少年の首に食らいつこうとする。ダームは膝を曲げてそれを避け、獣の下側から宝玉に手を伸ばした。すると、ダームの予想は的中し、その手は宝玉を捉える。手が宝玉に触れた刹那、獣の姿は消え、ダームは顔を上に向ける。彼が自分の手を見ると、宝玉も姿を消し、ダームは胸元に目線を落とした。
 
「大丈夫か?」
 ダームが、仲間の声に気付いて顔を上げると、心配そうに彼を見下ろすザウバーの姿が在った。
「すまねえ。今頃になって来るとか、格好悪いよな」
 ザウバーは、そう言うと右手を差し出す。ダームは青年の手をしっかり掴み、それを支えにして立ち上がった。
 
「謝ること無いよ。格好は、悪いかもだけど」
 少年は、そう話すと笑みを浮かべ、青年の顔を見る。ザウバーは苦笑し、腰に手を当てると目を瞑った。
「ま、とにかく無事で何よりだ」
 ザウバーは、そこまで話すと片目を開き、左目だけで少年の顔を見る。
 
「結構ダメージ食らったみてえだけど、どうする?」
「進むに決まってる。あの位の傷、何とも無い」
 返答を聞いたザウバーは口角を上げ、右目を開く。

「じゃ、行くぞ」
 ザウバーは、少年を先導する様に歩き始めた。ダームは直ぐに彼の後を追い、広間を抜ける前に青年を追い越してみせる。追い越された際、ザウバーは少年の背中を見つめた。少年の背中は、まだ彼より小さかった。しかし、それでも以前に比べれば逞しい。その後、二人は左右に別れた道に出る。ダームは二つの道を交互に確認し、それから青年の顔を見上げた。
 
「また、道が変わってる」
 ザウバーは頷き、ダームは息を吐き出した。
「どっちに進んだ方が正解かな?」
 その問いに、ザウバーは目線を左に向けた。

「左だろ。同じ方向に進めば道順を覚えやすい。そう言ったのはお前だろうが」
 ダームは照れくさそうに笑い、左の道へ目線を動かす。
「一応、聞いておこうと思って。勝手に進んだら、ザウバーは怒りそうだし」
 ダームは、そう言うと体の向きを変え、青年に背中を向けた。

「じゃ、進もう」
 少年は、そう言うや否や走り始めた。ザウバーと言えば、呆れた様子で溜め息を吐き、その後を追い掛け始める。二人が道を進んで行くと、その気温は段々と上昇していった。ダームは、その暑さに進む速度を緩め、気怠そうに口を開く。
 
「暑いけど、走ったからなのかな?」
 ダームは、そう言うと立ち止まり、後方を振り返った。問われたザウバーは首を振り、額の汗を袖で拭う。
「それも有るだろうが、気温自体も、変わってきてるんじゃねえか?」
 そう話すザウバーの頬は赤く、髪は濡れていた。これはダームも同じで、頬の色は少年の方が赤い。
 
「そっか。このまま進んだら、もっと暑くなるかな?」
 ダームは、それだけ言うと目を細め、疲れた様子で仲間の顔を見上げる。質問を受けたザウバーと言えば、数拍の間考えた後で口を開いた。

「だろうな。段々寒くなった挙げ句、行き着いた先が凍てついていた床。ここは、そんなことがあった場所だぜ?」
 そう返すと、ザウバーは両掌を上に向け、溜め息を吐く。ダームは肩を落とし、低い声を漏らした。
 
「こんなことなら、色々と持ってくれば良かった」
 ダームは苦笑し、自らの前髪を後方へ撫で付ける。
「でも、立ち止まっても疲れるだけだし」
 ダームは、それだけ言うと頬を叩き、進むべき道を見た。

 その後、彼らは暑さに耐えながら進んでいき、その道は段々と広くなっていった。そして、数人は余裕で並べる程の幅になった時、二人は信じ難い光景を目の当たりにする。そこには、一人が辛うじて進める程度の道が、蜘蛛の巣の様に広がっていた。また、その下に溶岩らしき流動体が、熱気を吐き出しながら存在している。

 その流動体は、小道から大人の身長以上は離れていた。だが、それでも息が出来ない程に暑い。その為、二人は何歩か下がった後で顔を見合わせ、ダームは仲間の顔を見上げて口を開いた。
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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

絶賛成長期。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
ブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。



OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

魔物が増えて管理職が故の悩みが増えた。

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