過去の苦しみ新たな希望
文字数 5,128文字
「これで最後かな」
ダームは、意見を求める様に青年の顔を見上げる。
「やってみるまで分かんねえぞ?」
返答を聞いたダームは目線を反らし、そのまま左の道へ目線を動かす。
「左、左っと」
そう呟くと、ダームは左の道に進み始めた。彼の行為を見たザウバーは苦笑し、無言で少年の後を追っていく。二人が道を進んで行くと、その先に木々の立ち並ぶ空間が在った。その空間には、美味しそうな果物が生っている木も在り、それらを見たダームは呆けた表情を浮かべる。
「ここってなんなんだろう? 喉が渇いたし、果物を自由に食べて良い場所……だったら嬉しいんだけど」
そう問うと、ダームは目の前にある木を見た。その木に拳程の大きさをした果物が生り、それは明るい紅色をしている。また、木によって紫や黄色をした果実もあり、そのどれもが甘い香りを放っていた。
「だな。ま、場所が場所だけに、食えるかどうかも怪しいが」
ザウバーは、そう返すと掌を上に向けて苦笑する。
「試しに食ってみて、毒が含まれていたらたまったもんじゃねえ」
そこまで話すと、ザウバーは目を瞑って首を振った。そんな彼の台詞を聞いたダームと言えば、肩を落として溜め息を吐く。
「そっか、何かあってからじゃ遅いもんね」
ダームは、そう言うと目を細め、口惜しそうに紅色の果物を見つめる。
「ま、どうしても食いたいってんなら、俺は止めねえけどな」
ザウバーは、そう返すと悪戯な笑みを浮かべた。その台詞を聞いたダームと言えば、訝しげな表情を浮かべて青年の目を見る。
「毒が有るかもって聞いた後で、食べようとは思わないよ」
ダームは、そう返すと大きな溜め息を吐き、木々が立ち並ぶ空間へ足を進めた。それを見たザウバーは少年の後を追い、二人は木々の間を探索し始める。
木々に囲まれた空間は清らかな空気で満たされ、ダームはその空気を取り込む様に深呼吸をした。すると、不思議と彼の体力は回復し、細かな傷は治っていく。そのせいかダームの顔は綻んでいき、徐々に足取りも軽くなっていった。
「ねえ、ザウバー。ここって、他と何か違う気がしない?」
明るい声で言うと、少年はザウバーの顔を見上げる。
「言われてみりゃそうだな。他の場所は、寒いか暑いか吹き飛ばされるかだってのに、ここはむしろ快適な位だ。本性を隠してるだけかも知れねえが」
そこまで話すと、ザウバーは楽しそうな笑みを浮かべる。
「本性? それって、どういうこと?」
ダームは、そう言うと不思議そうに青年の顔を見上げた。
「二番目の場所は、途中から獣が動き出した。さっきの場所は、途中から色んなことが変わった」
仲間の話にダームは頷き、それを見たザウバーは話を続けていく。
「だったら、この場所も状況が一変して不思議じゃねえ。ま、何が引き金になるか迄は、分からないがな」
そこまで話すと、ザウバーは苦笑して息を吐き出す。説明を聞いたダームは軽く周囲を見回し、青年の顔を見上げた。
「ここ結構快適だし、変わって欲しく無いんだけどなあ」
呟くように言うと、ダームは物悲しそうに溜め息を吐く。
「でも、僕はここでやるべきことを見つけて、それをやらなきゃだし」
その言葉を聞いたザウバーは笑みを浮かべ、少年の背中を強く叩く。
「そうそう。どんなに嫌なことだろうと、終わらせ様としなきゃ終わらねえ。探索ペース、早めるぞ」
それだけ伝えると、ザウバーは多少歩く速度を上げた。ダームは、彼に負けじと進む速度を上げ、何かしらの手掛かりが無いか辺りを見回す。しかし、直ぐに手掛かりが見つかることは無く、二人の歩く速度は次第に落ちていった。
「結構歩いたけど、何も見つからないね。僕が、あんなこと言ったからかな?」
ダームは苦笑し、青年の居る方に向き直る。少年の台詞を聞いたザウバーは首を振り、真剣な表情を浮かべて口を開いた。
「何も無いと感じるのは、単に気付いていないだけだ」
その台詞にダームは首を傾げ、ザウバーは目を細めて少年の目を見つめる。
「一つ聞く。お前は、あの事件が起きる前に戻れたら……と、思ったことは有るか?」
問い掛けられたダームは大きな瞬きをし、青年の目を見つめ返した。
「あの事件って何のこと? 僕がザウバーと出会ってから、色んなことがあったけど」
少年は、そう返すと微苦笑し、そのまま青年の言葉を待つ。
「俺達が出会った時の話だよ。あのことが無きゃ、お前は俺の旅に付いて来ることは無かった。魔物と戦い続けることもなく、仲の良い友達と楽しんでいられた筈だ」
ダームは目を見開き、無言のまま俯いた。その後、少年は指先を微かに動かしながら目を瞑り、返すべき言葉を模索する。一方、そんな様子を見たザウバーと言えば、心配そうに少年を見守っていた。
ザウバーの話から暫く経った後、ダームは俯いたまま口を開いた。
「最初の頃は、そう思ってた。目が覚めたら、あれは悪い夢だった……とも考えた」
ダームは、そこまで話したところで顔を上げ、無理矢理といった様子で笑顔を作る。
「でも、過去に戻るなんて出来ない。戻ったところで、あれを止められるか分からない」
それだけ伝えると、ダームは苦笑し、胸元に手を当てる。
「確かに、もう会えない人が居るのは辛い。でも、旅に出て出会った人達も思い出も、僕にとって大切なんだ」
ダームは、そう話すとザウバーの目を真っ直ぐに見つめた。彼の台詞を聞いたザウバーは軽く笑い、少年の頭を乱暴に撫でる。頭を撫でられたダームと言えば、乱れた髪を両手で押さえた。
「強くなったな。出会った時なんか、今にも泣き出しそうなガキだったのに」
その言葉を聞いたダームは、頭から手を離し不満げに口を尖らせる。そんな少年の様子に気付いていないのか、ザウバーは楽しそうに笑いながら言葉を続けた。
「そう言や、お前に会う前にも同じ様なもんを見掛けたな」
そこまで話すと、ザウバーは目線を左に動かした。この時、彼の目線の先には大木が在り、その一番太い枝の上に簡素な小屋が乗せられている。また、その小屋から緑色をした蔓が下ろされ、それは地面に触れそうな位置まで伸びていた。
「なんか不恰好なもんがあると思ったら、人が落ちてきてよ。何やってんだコイツ……って思ったもんだ」
そこまで話すと、ザウバーはダームの顔を一瞥する。
「正直言って、あの時は面倒なガキに出くわしたとしか思わなかった。慌てたお前が何を言ってるか、分からなかったしな」
話を聞いたダームは不機嫌そうな表情を浮かべ、青年を見据えた。
「今だから話すが、少しでも泣き言を漏らしたら、ヘイデルに置いていくつもりだった」
ザウバーはそう伝えると苦笑し、軽く目を瞑る。一方、そんな彼の台詞を聞いたダームは目を伏せ、無言のまま話の続きを待った。
「しかし、だ。俺の予想より図太かったんだな、誰かさんは。そんで、なんだかんだ言って今に至る訳だ」
ザウバーは、そこまで話したところで目を開き、少年の顔を静かに見下ろす。対するダームは首を傾げ、彼が次に何を言うのか考え始めた。ところが、それから数分経ってもザウバーは何も話さず、少年は訝しそうに仲間の目を見つめる。
「言いたいことが有るなら言ってよ。そこで止められると、何か歯痒い」
ダームは、そう言うとゆっくり息を吐き出した。一方、少年の話を聞いたザウバーは、小屋の有る方へ目線を動かす。
「懐かしいと思ってよ。まるで、昔に戻った様な気もしてくる」
そう返すと、ザウバーは目を細めて息を吐き出す。
「試しに登ってみたらどうだ? 何か有るかも知れねえぞ」
提案を聞いたダームは、小屋を見上げた。彼は、自らの考えを整理すると、小屋が乗せられた大木へ向かって歩き始める。ダームは、大木の手前に来たところで後方を振り返り、青年に対して微笑んでみせた。
「久しぶりだから、上手く登れるか分からないけど……行ってくるね」
そう言い残すと、ダームは大木に沿う様にして伸びる蔓を掴んだ。少年は、それを掴みながら小屋を目指し、ザウバーは後方からその姿を見守っている。
程なくして小屋に到着したダームは、やや疲れた様子で呼吸を整えた。ダームは、何度か深呼吸を行った後、小屋の中を軽く見回す。この時、ダームの居る小屋は、窓が無いせいか薄暗かった。そして、少年が目線を上に動かすと、そこには緑色の光を放つ宝玉が在った。
その宝玉は、天井に埋まる形で存在し、ダームが手を伸ばせば辛うじて届く位置にあった。この為、少年は直ぐに緑色の珠へ手を伸ばし、それに触れようと試みる。
「え?」
手が宝玉に触れた瞬間、ダームの居た小屋は跡形もなく消え去った。この為、少年の体は落下を始める。慌てながらも、ダームは必死に木の枝へしがみつき、地面に落ちることだけは免れた。しかし、その状況は芳しくなく、ダームは手足に力を込めながら、怪我をせずに降りる方法を模索する。そんな少年の様子を見たザウバーは顔を上げ、心配そうに口を開いた。
「大丈夫か? ま、駄目でも俺が何とかしてやる」
ザウバーは、そう伝えると少年の下で両腕を広げる。一方、彼の話を聞いたダームは、木の枝に絡めていた腕を離して笑顔を浮かべた。
「多分、平気」
そう返すと、ダームは器用に体を捻り、上体の向きを変えていく。そして、その勢いのまま両手で枝を掴むと、今度は両脚を枝から離した。この時、彼は大木の幹と向かい合う形で枝にぶら下がっており、それを確認したダームは体を前後に揺らし始める。少年の足が幹に届く様になった時、ダームは樹皮の皮目で足を支えながら、体を幹の方へ近付けていった。
その後、彼は掴まれそうな枝に手を伸ばし、慎重に木を下りていく。ダームは、その途中で何度か足を滑らせ、ザウバーは少年の背中を心配そうに見守った。木を下り始めてから十数分後、ダームは大きな怪我を負うことなく着地する。とは言え、その過程でかなりの体力を消耗してしまったのか、ダームは手足を投げ出して地面に寝転がった。
「暫く動けないかも」
そう声を漏らすと、ダームはゆっくり目を瞑った。その様子を見たザウバーは目を細め、ダームの横に腰を下ろす。
「ふらふらのまま進んでも危険だしな。暫く休め」
ザウバーは、そう言うと少年の肩口を軽く叩いた。体を叩かれたダームは微苦笑し、無言で青年の顔を見上げる。
それから数分後、早くも体力が回復したのか、ダームは元気良く立ち上がった。立ち上がった少年は気持ち良さそうに腕を伸ばし、それを見たザウバーも立ち上がる。その後、ダームは仲間の目を見つめ、微笑みながら口を開いた。
「お待たせ。なんだか体が軽いし、どんどん行けるかも」
少年の話を聞いたザウバーは頷き、二人は探索を再開する。すると、彼らは数分しないうちに土ばかりの場所へ到達し、振り返れば先程まで在った木々は消えていた。環境の変化を感じ取った二人は顔を見合わせ、それから周囲の状況を目視する。
彼らの足元は褐色の土で覆われ、土埃が立たない程度に湿っている。また、その土から草花は生えておらず、苔や石も見当たらなかった。ダームは、何度か辺りを見回した後で首を傾げた。そして、彼は隣に居る仲間を肘でつつくと、難しそうな表情を浮かべる。
「何も無いと、逆に怖いよね」
ダームは、そう言うと苦笑し、青年の顔を見上げる。
「だな。見通しは良いが、何時どこで変化が起こるか分かんねえし。歩き回っている内に、何か起こるかも知れねえ」
ザウバーは、そう話すと少年の目を見つめた。彼の話を聞いたダームは小さく息を吐き出し、再度辺りを見回していく。
「うん。どっちに行ったら良いか分からないけど、進まなきゃだよね」
少年は、そう言うと拳を握り、胸の高さまで上げた。それを見たザウバーは安心した様子で目を細め、口を開く。
「じゃ、進むか。ここに来てから結構時間が経っただろうし、行けるなら行かないとな」
ザウバーは、そう話すと少年の背中を強く叩いた。背中を叩かれたダームは小さな咳をし、涙目になりながら仲間の眼を見つめる。
「叩かなくても進むし……って言うか、ここに来てから叩き過ぎじゃない?」
少年の問いを聞いたザウバーは口角を上げ、顎に手を当てた。彼は、片目を瞑ってダームを見下ろすと、何も言わないまま少年に背を向ける。
「ここから出られたら教えてやる。今話しても、つまんねえしな」
青年は、それだけ言うと前に進み始めた。彼の返答を聞いたダームは怪訝そうな表情を浮かべ、後を追い掛ける。その後、少年は何度か同じ問いを口にしたが、ザウバーがそれに答えることは無かった。
ダームは、意見を求める様に青年の顔を見上げる。
「やってみるまで分かんねえぞ?」
返答を聞いたダームは目線を反らし、そのまま左の道へ目線を動かす。
「左、左っと」
そう呟くと、ダームは左の道に進み始めた。彼の行為を見たザウバーは苦笑し、無言で少年の後を追っていく。二人が道を進んで行くと、その先に木々の立ち並ぶ空間が在った。その空間には、美味しそうな果物が生っている木も在り、それらを見たダームは呆けた表情を浮かべる。
「ここってなんなんだろう? 喉が渇いたし、果物を自由に食べて良い場所……だったら嬉しいんだけど」
そう問うと、ダームは目の前にある木を見た。その木に拳程の大きさをした果物が生り、それは明るい紅色をしている。また、木によって紫や黄色をした果実もあり、そのどれもが甘い香りを放っていた。
「だな。ま、場所が場所だけに、食えるかどうかも怪しいが」
ザウバーは、そう返すと掌を上に向けて苦笑する。
「試しに食ってみて、毒が含まれていたらたまったもんじゃねえ」
そこまで話すと、ザウバーは目を瞑って首を振った。そんな彼の台詞を聞いたダームと言えば、肩を落として溜め息を吐く。
「そっか、何かあってからじゃ遅いもんね」
ダームは、そう言うと目を細め、口惜しそうに紅色の果物を見つめる。
「ま、どうしても食いたいってんなら、俺は止めねえけどな」
ザウバーは、そう返すと悪戯な笑みを浮かべた。その台詞を聞いたダームと言えば、訝しげな表情を浮かべて青年の目を見る。
「毒が有るかもって聞いた後で、食べようとは思わないよ」
ダームは、そう返すと大きな溜め息を吐き、木々が立ち並ぶ空間へ足を進めた。それを見たザウバーは少年の後を追い、二人は木々の間を探索し始める。
木々に囲まれた空間は清らかな空気で満たされ、ダームはその空気を取り込む様に深呼吸をした。すると、不思議と彼の体力は回復し、細かな傷は治っていく。そのせいかダームの顔は綻んでいき、徐々に足取りも軽くなっていった。
「ねえ、ザウバー。ここって、他と何か違う気がしない?」
明るい声で言うと、少年はザウバーの顔を見上げる。
「言われてみりゃそうだな。他の場所は、寒いか暑いか吹き飛ばされるかだってのに、ここはむしろ快適な位だ。本性を隠してるだけかも知れねえが」
そこまで話すと、ザウバーは楽しそうな笑みを浮かべる。
「本性? それって、どういうこと?」
ダームは、そう言うと不思議そうに青年の顔を見上げた。
「二番目の場所は、途中から獣が動き出した。さっきの場所は、途中から色んなことが変わった」
仲間の話にダームは頷き、それを見たザウバーは話を続けていく。
「だったら、この場所も状況が一変して不思議じゃねえ。ま、何が引き金になるか迄は、分からないがな」
そこまで話すと、ザウバーは苦笑して息を吐き出す。説明を聞いたダームは軽く周囲を見回し、青年の顔を見上げた。
「ここ結構快適だし、変わって欲しく無いんだけどなあ」
呟くように言うと、ダームは物悲しそうに溜め息を吐く。
「でも、僕はここでやるべきことを見つけて、それをやらなきゃだし」
その言葉を聞いたザウバーは笑みを浮かべ、少年の背中を強く叩く。
「そうそう。どんなに嫌なことだろうと、終わらせ様としなきゃ終わらねえ。探索ペース、早めるぞ」
それだけ伝えると、ザウバーは多少歩く速度を上げた。ダームは、彼に負けじと進む速度を上げ、何かしらの手掛かりが無いか辺りを見回す。しかし、直ぐに手掛かりが見つかることは無く、二人の歩く速度は次第に落ちていった。
「結構歩いたけど、何も見つからないね。僕が、あんなこと言ったからかな?」
ダームは苦笑し、青年の居る方に向き直る。少年の台詞を聞いたザウバーは首を振り、真剣な表情を浮かべて口を開いた。
「何も無いと感じるのは、単に気付いていないだけだ」
その台詞にダームは首を傾げ、ザウバーは目を細めて少年の目を見つめる。
「一つ聞く。お前は、あの事件が起きる前に戻れたら……と、思ったことは有るか?」
問い掛けられたダームは大きな瞬きをし、青年の目を見つめ返した。
「あの事件って何のこと? 僕がザウバーと出会ってから、色んなことがあったけど」
少年は、そう返すと微苦笑し、そのまま青年の言葉を待つ。
「俺達が出会った時の話だよ。あのことが無きゃ、お前は俺の旅に付いて来ることは無かった。魔物と戦い続けることもなく、仲の良い友達と楽しんでいられた筈だ」
ダームは目を見開き、無言のまま俯いた。その後、少年は指先を微かに動かしながら目を瞑り、返すべき言葉を模索する。一方、そんな様子を見たザウバーと言えば、心配そうに少年を見守っていた。
ザウバーの話から暫く経った後、ダームは俯いたまま口を開いた。
「最初の頃は、そう思ってた。目が覚めたら、あれは悪い夢だった……とも考えた」
ダームは、そこまで話したところで顔を上げ、無理矢理といった様子で笑顔を作る。
「でも、過去に戻るなんて出来ない。戻ったところで、あれを止められるか分からない」
それだけ伝えると、ダームは苦笑し、胸元に手を当てる。
「確かに、もう会えない人が居るのは辛い。でも、旅に出て出会った人達も思い出も、僕にとって大切なんだ」
ダームは、そう話すとザウバーの目を真っ直ぐに見つめた。彼の台詞を聞いたザウバーは軽く笑い、少年の頭を乱暴に撫でる。頭を撫でられたダームと言えば、乱れた髪を両手で押さえた。
「強くなったな。出会った時なんか、今にも泣き出しそうなガキだったのに」
その言葉を聞いたダームは、頭から手を離し不満げに口を尖らせる。そんな少年の様子に気付いていないのか、ザウバーは楽しそうに笑いながら言葉を続けた。
「そう言や、お前に会う前にも同じ様なもんを見掛けたな」
そこまで話すと、ザウバーは目線を左に動かした。この時、彼の目線の先には大木が在り、その一番太い枝の上に簡素な小屋が乗せられている。また、その小屋から緑色をした蔓が下ろされ、それは地面に触れそうな位置まで伸びていた。
「なんか不恰好なもんがあると思ったら、人が落ちてきてよ。何やってんだコイツ……って思ったもんだ」
そこまで話すと、ザウバーはダームの顔を一瞥する。
「正直言って、あの時は面倒なガキに出くわしたとしか思わなかった。慌てたお前が何を言ってるか、分からなかったしな」
話を聞いたダームは不機嫌そうな表情を浮かべ、青年を見据えた。
「今だから話すが、少しでも泣き言を漏らしたら、ヘイデルに置いていくつもりだった」
ザウバーはそう伝えると苦笑し、軽く目を瞑る。一方、そんな彼の台詞を聞いたダームは目を伏せ、無言のまま話の続きを待った。
「しかし、だ。俺の予想より図太かったんだな、誰かさんは。そんで、なんだかんだ言って今に至る訳だ」
ザウバーは、そこまで話したところで目を開き、少年の顔を静かに見下ろす。対するダームは首を傾げ、彼が次に何を言うのか考え始めた。ところが、それから数分経ってもザウバーは何も話さず、少年は訝しそうに仲間の目を見つめる。
「言いたいことが有るなら言ってよ。そこで止められると、何か歯痒い」
ダームは、そう言うとゆっくり息を吐き出した。一方、少年の話を聞いたザウバーは、小屋の有る方へ目線を動かす。
「懐かしいと思ってよ。まるで、昔に戻った様な気もしてくる」
そう返すと、ザウバーは目を細めて息を吐き出す。
「試しに登ってみたらどうだ? 何か有るかも知れねえぞ」
提案を聞いたダームは、小屋を見上げた。彼は、自らの考えを整理すると、小屋が乗せられた大木へ向かって歩き始める。ダームは、大木の手前に来たところで後方を振り返り、青年に対して微笑んでみせた。
「久しぶりだから、上手く登れるか分からないけど……行ってくるね」
そう言い残すと、ダームは大木に沿う様にして伸びる蔓を掴んだ。少年は、それを掴みながら小屋を目指し、ザウバーは後方からその姿を見守っている。
程なくして小屋に到着したダームは、やや疲れた様子で呼吸を整えた。ダームは、何度か深呼吸を行った後、小屋の中を軽く見回す。この時、ダームの居る小屋は、窓が無いせいか薄暗かった。そして、少年が目線を上に動かすと、そこには緑色の光を放つ宝玉が在った。
その宝玉は、天井に埋まる形で存在し、ダームが手を伸ばせば辛うじて届く位置にあった。この為、少年は直ぐに緑色の珠へ手を伸ばし、それに触れようと試みる。
「え?」
手が宝玉に触れた瞬間、ダームの居た小屋は跡形もなく消え去った。この為、少年の体は落下を始める。慌てながらも、ダームは必死に木の枝へしがみつき、地面に落ちることだけは免れた。しかし、その状況は芳しくなく、ダームは手足に力を込めながら、怪我をせずに降りる方法を模索する。そんな少年の様子を見たザウバーは顔を上げ、心配そうに口を開いた。
「大丈夫か? ま、駄目でも俺が何とかしてやる」
ザウバーは、そう伝えると少年の下で両腕を広げる。一方、彼の話を聞いたダームは、木の枝に絡めていた腕を離して笑顔を浮かべた。
「多分、平気」
そう返すと、ダームは器用に体を捻り、上体の向きを変えていく。そして、その勢いのまま両手で枝を掴むと、今度は両脚を枝から離した。この時、彼は大木の幹と向かい合う形で枝にぶら下がっており、それを確認したダームは体を前後に揺らし始める。少年の足が幹に届く様になった時、ダームは樹皮の皮目で足を支えながら、体を幹の方へ近付けていった。
その後、彼は掴まれそうな枝に手を伸ばし、慎重に木を下りていく。ダームは、その途中で何度か足を滑らせ、ザウバーは少年の背中を心配そうに見守った。木を下り始めてから十数分後、ダームは大きな怪我を負うことなく着地する。とは言え、その過程でかなりの体力を消耗してしまったのか、ダームは手足を投げ出して地面に寝転がった。
「暫く動けないかも」
そう声を漏らすと、ダームはゆっくり目を瞑った。その様子を見たザウバーは目を細め、ダームの横に腰を下ろす。
「ふらふらのまま進んでも危険だしな。暫く休め」
ザウバーは、そう言うと少年の肩口を軽く叩いた。体を叩かれたダームは微苦笑し、無言で青年の顔を見上げる。
それから数分後、早くも体力が回復したのか、ダームは元気良く立ち上がった。立ち上がった少年は気持ち良さそうに腕を伸ばし、それを見たザウバーも立ち上がる。その後、ダームは仲間の目を見つめ、微笑みながら口を開いた。
「お待たせ。なんだか体が軽いし、どんどん行けるかも」
少年の話を聞いたザウバーは頷き、二人は探索を再開する。すると、彼らは数分しないうちに土ばかりの場所へ到達し、振り返れば先程まで在った木々は消えていた。環境の変化を感じ取った二人は顔を見合わせ、それから周囲の状況を目視する。
彼らの足元は褐色の土で覆われ、土埃が立たない程度に湿っている。また、その土から草花は生えておらず、苔や石も見当たらなかった。ダームは、何度か辺りを見回した後で首を傾げた。そして、彼は隣に居る仲間を肘でつつくと、難しそうな表情を浮かべる。
「何も無いと、逆に怖いよね」
ダームは、そう言うと苦笑し、青年の顔を見上げる。
「だな。見通しは良いが、何時どこで変化が起こるか分かんねえし。歩き回っている内に、何か起こるかも知れねえ」
ザウバーは、そう話すと少年の目を見つめた。彼の話を聞いたダームは小さく息を吐き出し、再度辺りを見回していく。
「うん。どっちに行ったら良いか分からないけど、進まなきゃだよね」
少年は、そう言うと拳を握り、胸の高さまで上げた。それを見たザウバーは安心した様子で目を細め、口を開く。
「じゃ、進むか。ここに来てから結構時間が経っただろうし、行けるなら行かないとな」
ザウバーは、そう話すと少年の背中を強く叩いた。背中を叩かれたダームは小さな咳をし、涙目になりながら仲間の眼を見つめる。
「叩かなくても進むし……って言うか、ここに来てから叩き過ぎじゃない?」
少年の問いを聞いたザウバーは口角を上げ、顎に手を当てた。彼は、片目を瞑ってダームを見下ろすと、何も言わないまま少年に背を向ける。
「ここから出られたら教えてやる。今話しても、つまんねえしな」
青年は、それだけ言うと前に進み始めた。彼の返答を聞いたダームは怪訝そうな表情を浮かべ、後を追い掛ける。その後、少年は何度か同じ問いを口にしたが、ザウバーがそれに答えることは無かった。