不可思議な魔物討伐はブラックの香り

文字数 3,697文字

 ザウバーは、マルンからヘイデルに向かって歩いていた。その道で歩いて移動する者は居らず、馬車が彼の側を通り過ぎるばかりだった。途中、ダームらの使った馬車も通過するが、ザウバーがそれに気付くことは無い。

 その後、青年は魔物と出会うこと無く、ヘイデルが見える場所まで着いてしまった。この為、青年はヘイデルに背を向け、マルンの在る方へ進んでいく。しかし、日が暮れても魔物に出会わず、ザウバーは疲れた様子で地面に座り込んだ。
 
「仕方ねえ」
 ザウバーはマルンで受け取った袋を開け、その中身を確認する。すると、硬めに焼かれたパンや缶詰が入っており、底の方に金属で出来た水筒が入れられていた。ザウバーは、水筒に注がれた水を一口飲むと、パンを掴んで引き千切る。彼は、千切ったパンを口に入れると、咀嚼しながら缶切りを手に取った。缶を開けると、中には肉や野菜の使われたスープが入っており、ザウバーはスープにパンを浸けながら食していった。その後、ザウバーは缶を手に持ち、残っていたスープを一気に飲み干す。
 
 軽めの食事を終えた後、青年は袋をしっかりと閉め、空を見上げる。すると、幾つかの輝く星が見え、彼は暫く空を眺めた。ザウバーは、数十分休んだ後で歩き出し、日付の変わる少し前に横になる。そして、彼は袋をしっかり抱きかかえ、目を瞑って眠りに落ちた。
 
 彼が目を覚ました時、空はうっすら明るくなっていた。彼は、大きく息を吸い込むと立ち上がり、両腕を目一杯空に向けて伸ばす。そして、乾いた喉を潤そうと、袋に入れた水筒を取り出した。彼は温い水を飲むと、水筒を持ったまま歩き始める。彼は、起きて暫くしてから朝食を摂り、尚も魔物を探し続けた。しかし、青年は魔物に出会わず、太陽は高い位置に移動していた。その後も、彼はヘイデルとマルンを繋ぐ道を歩き続け、日が傾き始めたところで警戒しながら周囲を見回す。
 
「とうとう、来やがった……か?」
 そう呟くが、ザウバーの周りに何も無かった。しかし、背後の空間は歪み、そこから大きく鋭い爪が現れる。この為、ザウバーは咄嗟に道の外へ避け、その爪は空を掻いて地面に刺さった。四本の爪は切っ先を持ち上げ、ザウバーの体に向かって来る。青年は、それを避けながら呪文を唱え、人の腕程の太さのそれは、多くの蔓草に絡め取られた。
 
 ザウバーは新たな呪文を唱え、爪の根元は数本の氷柱によって貫かれる。貫かれたそれは、痛みのせいか小さく震えた。そして、拘束する物を振り払おうと、力任せに暴れ始める。ところが、幾ら暴れても蔓は外れず、溶けだした氷に魔物の血が付着していく。すると、空間の歪みから黒い被毛に覆われた指が現れ、より強い力で動き始めた。その所為か、魔物を捕らえていた蔓は緩み始め、溶け始めた氷柱は段々と細くなっていく。
 
「出るなら、全部出てこいよ!」
 そう言い放つと、青年は呪文を唱えた。すると、より多くの蔓が魔物を捕らえ、それにより魔物の動きは止まる。しかし、魔物の一部は直ぐに動き始め、ザウバーは新たな呪文を唱えた。すると、空間の歪みは大きくなり、増えた歪みに向かって蔓が伸び始める。その後、伸びた蔓は歪みへ到達し、蔓に絡められた魔物の腕が引っ張り出された。そうして、魔物は歪みから引き出され、ついにその全身が現れる。
 
 魔物の様子は蔓によって隠されていたが、その低い唸り声は地を震わせる。それでも、青年は脅えること無く、魔物を捕らえている蔓に魔力を送り続けた。すると、蔓は魔物の体に食い込んで行き、魔物の口元から赤黒い血液が流れ始める。その後も、蔓は魔物の体を締めつけていき、鈍い音を立てながら魔物は潰されていった。魔物の骨が砕け、唸り声も聞こえなくなった時、ザウバーは蔓に魔力を送るのを止める。
 
 すると、魔物を締めつけていた力は無くなり、蔓自体も消えていった。蔓が消えた後、そこに残ったのは全身を黒い被毛に覆われた魔物の死骸だった。その前肢に大きな四本の爪が生え、後肢には人を簡単に踏み潰せる程の蹄がある。また、額に短い二本の角が生え、だらしなく開かれた口元に鋭い歯が覗いていた。
 
 ザウバーは魔物の胸元をじっと見つめ、動いていない事を確認する。そして、彼は深呼吸を何度か行うと、風の刃を生み出す呪文を唱え始めた。呪文を唱え終えると、魔物の体は細切れになる。この為、魔物の体から血液が零れ出し、それは地面に浸み込んで行った。ザウバーは、その様子を暫く眺めた後でしゃがみ込み、息を吐き出す。彼は、そうした後で荷物から水筒を取り出し、乾いた喉を潤した。その後、彼は死骸の中から一本の爪と一束の体毛を掴み、仲間が待つ町へ向かった。
 
 ザウバーがマルンに到着した時、心配そうな表情を浮かべて待つダームの姿が在った。ダームは、仲間の到着に気付くなり笑顔を浮かべ、嬉しそうな声をあげる。
「お帰りなさい! なかなか戻って来ないから心配したよ。少しだけ」
 ダームは楽しそうに笑い、彼の台詞を聞いたザウバーは苦笑する。
 
「少しだけかよ」
 そう返すと、青年は魔物の爪や体毛をダームに手渡した。この際、少年は驚いた様子を見せるが、直ぐに興味を持って魔物の爪をまじまじと眺めた。一方、ダームの様子を見た青年は小さく笑い、開いた右手で少年の頭を乱暴に撫でる。
 
「とりあえず、ベネットのところに案内しろ。アークへ報告するにしろ、ベネットから話を通して貰うしかねえ」
 話を聞いたダームは頷き、魔物の爪や体毛を持ったまま歩き始めた。ザウバーは無言で後を追い、二人は初めてベネットと会った場所に到着する。
 
「ザウバーが戻って来たから、ドアを開けて!」
 そう言って、ダームは中に居る者の反応を待った。すると、ドアは内側からゆっくり開き、ダームは屋内へ入る。その後、ザウバーも小屋の中に入り、彼らはテーブルを囲む形で椅子に座った。椅子に座ったダームは受け取った物をテーブルに置き、青年は食糧の入った袋を足元に置いた。
 
「目当ての魔物か分かんねえけど、傷口の大きさが合えば証拠になるだろ」
 そう言うと、ザウバーは机上の爪に手を伸ばした。そして、その根元を左手で掴み、右手の指先で魔物の爪をなぞる。
「面倒だったぜ? 中々出て来ない上に、やっと出て来たのは爪だけだ。そりゃ、図体がでかいくせに見付からない訳だよ」
 青年は溜め息を吐き、持っていた爪をベネットに渡す。
 
「なる程な。爪だけでこれ程の大きさなら、全身は相当なものだろう」
 そう返すと、ベネットは魔物の爪を様々な方向から見た。彼女は、暫くそうした後で爪を置き、ザウバーの目を見る。

「そりゃそうだ。その大きさの爪を何本も振り回すんだから、小さい訳がねえ。だからこそ、全身を持ち帰るのは諦めた」
 ザウバーはそう説明すると苦笑し、ダームは首を傾げる。
 
「ザウバーなら魔法で一発じゃん。やろうと思えば」
「いきなりでかい魔物の死体が現れたら、嫌悪感を抱く奴の方が多いっつの」
 ザウバーは片目を瞑り、溜め息を吐く。

「それに、慣れない戦いで魔力も減ったしな」
 ザウバーは疲れを強調する様に長い息を吐く。
 
「大丈夫か? 疲れたなら休め。魔力を回復させる薬も有る」
 ザウバーは微笑し、首を横に振る。「いや、そこまで疲れちゃいねえよ。町に居るなら、魔物もそうそう出ねえだろうし」
 そう返すと、青年は軽く笑ってみせる。返答を聞いたベネットは小さく頷き、机上の爪を見下ろした。
 
「分かった。では、報告する為の用紙を渡そう。ヘイデルの紋章が入った用紙に記入しておけば、アークの元へ届く」
 ベネットは、そこまで話したところで目を瞑り、ゆっくり息を吸い込んだ。

「記入の終わった用紙は、ヘイデルへ物資を運ぶ仕事の者に託す。内容は重要でも、質量は軽いものだ。少し金を握らせれば渡してくれるだろう」
 そう続けてから、ベネットは机に手を突いて立ち上がろうとした。しかし、そうする前にザウバーが声を上げ、ベネットは中腰で名を呼んだ者の目を見つめる。
 
「確かに紙は軽いけどよ、魔物の爪はどうするんだ? 紙面に魔物を倒したって書いても、そうそう信用されねえだろ」
 彼の話を聞いたベネットは頷き、暫く考えた後で話し始める。

「紙の箱か何かに入れて頼むとしよう。その方が魔物の毛を纏めておけるし、大きな爪を見て驚かれることもなくなる筈だ」
 ベネットは立ち上がり、木製の棚から紙や筆記具を取り出した。そして、それらをザウバーの前に置き、ダームの方を向いて微笑んだ。
 
「私は箱を買いに行く。ダームも来るか?」
 彼女の問いを聞いた少年は大きく頷き、元気良く椅子から立ち上がった。

「僕も行く。ここで待っていても退屈だし」
 少年は笑顔を浮かべ、ベネットの顔を見つめる。
 
「では、一緒に行こう。町長に話は付けてあるから、ザウバーだけで残っていても問題無い」
 ベネットは、そう言うと玄関へ向かった。一方、ザウバーは苦笑いを浮かべ、ダームはベネットの後を追って玄関に向かう。その後、ダームとベネットは外出し、一人残された者は書類の記入を始めた。
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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

絶賛成長期。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
ブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。



OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

魔物が増えて管理職が故の悩みが増えた。

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