試練の始まり
文字数 4,821文字
全身が歪みに取り込まれた時、二人の意識は失われた。それから幾らかの時間が経って、二人は目を覚ます。その時、彼らを取り巻く景色は激変し、森でないことだけがはっきりしていた。
ダーム達の居る場所は、樹木どころか雑草すら生えておらず、不可思議な物質で囲まれている。その壁や天井は暗褐色をしており、妙な光沢がある上、不規則に波打っていた。また、床は妙に柔らかく、二人の重さで変形する程だった。
「おいこら、ダーム」
ザウバーは、ダームの肩を強く掴んだ。
「ここは、一体どこなんだ?」
青年の質問にダームは首を振り、握っていた短剣を鞘に収めた。
「分からないよ。って言うか、ザウバーまで来ること無かったのに」
それを聞いたザウバーは、突き放す様にダームの肩から手を離す。
「一人で走り出しておいて、言うことはそれだけか」
そう言い放つと、サイバーは少年の胸座を掴んで引き上げる。
「久しぶりに会った友達に心配かけて……その上、自分でも分かってねえことをするって言うなら、無理矢理にでも」
「ごめん。でも、やらなきゃならないことなんだ」
青年の話を遮る様に言い、ダームは強く拳を握り締めた。
「上手く説明出来ないけど……これは、ザウバーと出会う前から、何時かはやらなきゃならないことで」
ダームは、そこまで話すと目を伏せ、ザウバーは掴んでいた服を離す。
「だから、僕は、試練を終えるまで帰れないって言うか」
そう話すと、ダームは気まずそうに頭を掻く。そして、少年は握っていた短剣を元の場所に仕舞うと、微苦笑しながら顔を上げた。
「分かったよ。やる気があるならそれでいい」
ザウバーは、そう返すと少年の頭を軽く叩いた。
「俺が付き合ってやる。フレンに、お前を連れ帰るって約束したからな。お前が、やることやるまで帰らないってんなら、早く帰れる様に手伝いをするまでだ」
その話にダームは微笑し、不思議な物質で出来た道を見やる。
「進もう。進まなかったら、何時まで経っても終わらないから」
ダームは歩き始め、ザウバーは彼の後を追う形で進んだ。しかし、柔らかな床は歩きにくく、二人は四苦八苦しながら進んでいく。柔らか過ぎる床は二人の体力を奪っていき、ザウバーは何十歩か進んだところで背後を振り返った。すると、暗褐色の壁は彼を追い立てる様に動き、それは段々迫ってきている。
「おい、ダーム。もっと早く行け」
ザウバーは、少年の背中を軽く押した。一方、背中を押されたダームは振り返り、不機嫌そうに溜め息を吐く。
「押さないでよ。第一、これ以上……って、あれ?」
ダームは、距離を縮めている壁を見つめた。
「え? 大分歩いた筈なのに」
「状況が分かったなら急げ! 追い付かれたら何が起こるか分かんねえ!」
ザウバーは、力ずくで少年の体の向きを変えさせる。その後、ザウバーは少年の背中を強く叩き、二人は懸命に道を進んでいった。
壁に追われながら進んで行くと、前後以外を岩に囲まれた場所に出た。その場所は、それまでの道よりは広く、ダームは思わず後方を振り返る。すると、迫っていた壁の動きは止まり、ダームは掠れた声を漏らした。一方、少年の声を聞いたザウバーは訝しそうに振り返り、今の状況を確認する。後方を確認すると、暗褐色の壁は岩壁に姿を変えていた。
「一休み出来るのかな?」
ダームは、落ち着かない様子で周囲を見回した。彼の左右は岩壁で固められ、暫く一本道が続いている。
「休めると思うか? 追いかけっこ終わったが、退路はねえ」
「うん。戻れないんじゃ進むしか無いか。フレンも待っているし」
ザウバーは表情を緩め、少年の背中越しに前方を見る。
「進もう」
ダームは、それだけ言うと歩き始めた。ザウバーは少年の後を追い、二人分の足音が響き始める。二人が道を進んで行くと、道が二つに別れている場所に出た。二人は顔を見合わせ、どちらの道を選ぶか相談し始める。道は、どちらも二人が並んで通れる幅で、左の道からひんやりとした空気が流れて来ている。
一方、右の道は左より明るく、どんよりとした空気も立ち込めていた。二人は、数分話し合った後に左の道を選び、慎重に通路を進んでいく。その道は相変わらず岩で囲まれており、空気は段々と冷えていった。その寒さに青年は両腕をさすり、ダームは不安そうに口を開いた。
「こっちで良かったのかな?」
「行き着く所まで行かなきゃ分かんねえよ」
この時、ザウバーの目線の先には真っ直ぐな道が続いていた。また、通路の見通しは悪く、それもダームの不安を掻き立てていた。
「確かに、そうかも知れないけど」
呟く様に言うと、ダームは不安そうに道の先を見つめた。その様子を見たザウバーは、少年の頭を強く叩く。
「いきなり、何」
「うっせえ! 不安だから止める……とか言うなら、今度は本気で殴る!」
ダームは身を強ばらせ、目線だけを左右に動かす。その後、少年は軽く目を瞑り、無言のまま両手を握り締めた。
「ごめんなさい。言い出したのは僕なのに、やらなきゃならないのも僕なのに、こんな弱気じゃ」
ダームは目を開き、青年の顔を見上げた。対するザウバーは軽く笑い、少年の肩に手を乗せる。
「不安になるのは仕方ねえ。だけど、諦めんのは別の話だ」
ダームは頷き、岩で囲まれた道を進む。二人が道を進んで行くと、ついに開けた場所へ出た。そこは、天井がドーム状になっており、床一面が氷で覆われている。床が氷で覆われてた空間はとても寒く、二人は身を縮めた。
「凍ってないとこ無いね」
ダームは、そう言うと冷えた頬を両手で擦った。この時、既に少年の頬や耳は赤くなっていた。
「だな。でも、壁に沿って行けばなんとかなるだろ」
ザウバーは目線を左右に動かした。幸い、壁は凍っておらず、凹凸の有る壁面は利用出来そうだった。ザウバーは左側の壁に手を添え、慎重に凍った床へ足を下ろした。その後、彼は歩幅を小さくしながら氷上を歩き、壁に沿いながら進み始める。
ダームは、青年が何歩か進んだところで氷へ足を乗せた。この間、ザウバーは更に前進し、ダームは間合いを取りながら彼の後を追い掛ける。壁伝いに進んで行くと、ザウバーは細い通路を発見した。幸いにも、その通路の床は凍っていない。ザウバーは、その通路に進むと壁から手を離した。彼は、数歩進んでから体の向きを反転させ、無言のまま仲間の到着を待つ。
程なくしてダームが到着し、ザウバーは体の向きを変えて歩き始めた。彼が進む道は細く、一人がやっと通れる程度である。また、床が凍っていないとは言え寒く、二人は白い息を吐きながら歩いていた。
二人が百歩程進んだところで行き止まりとなった。その手前に細長い台座が在り、水色の宝玉が乗せられている。宝玉は微かに青い光を放ち、ザウバーは不思議そうにそれを見つめた。また、水色の宝玉はザウバーの背中に隠れ、ダームから確認することが出来なかった。
「進めないなら引き返そうよ」
ダームは、青年の服を軽く引いた。一方、服を引かれたザウバーは、無言で宝玉に手を伸ばす。彼はその宝玉を手に取ると、体の向きを変えて少年の顔を見下ろした。
「行き止まりに不思議アイテム。お前なら、どうする?」
「持っていっちゃいけない気もするし、持っていかなきゃならない気もする」
そこまで話すと、ダームは青年の持つ宝玉をじっと見た。
「元の場所から離しても何も起こらなかったみたいだし……持っていっちゃいけないってことは無いか」
ザウバーは、少年の曖昧な解答に苦笑し、手に持った珠を軽く転がす。彼は、目を細めて宝玉を見下ろし、ゆっくり息を吐き出した。
「結局、何が言いたいんだよ? 曖昧にしねえで、これを持っていくかいかないか、
ダームは難しい表情を浮かべ、水色の珠に手を触れる。すると、珠は光を強めていった。宝玉の変化を目の当たりにしたダームは手を引くが、発せられる光は更に強くなっていく。その後、水色の宝玉はザウバーの手を離れて浮き上がり、ダームの胸元へ飛んでいった。
「えっ?」
少年が困惑している内に、宝玉はその胸元へ吸い込まれた。ダームは自らの胸を押さえ、ザウバーは宝玉の置かれていた台座を見る。
「戻った訳でもねえし、持って行けってことか?」
ザウバーは、そう言うと少年の胸元を見つめ首を傾げた。
「どこかに消えちゃったの? 何が起こったか分からない」
「それを理解するのも、お前が言う試練の内じゃねえの?」
「そうかも。直ぐには理解出来なかったけど、進むうちに分かるかも知れない」
ダームは踵を返し、青年に背中を向ける。
「だから、僕は進もうと思う」
それだけ言うとダームは歩き始め、ザウバーは後を追った。その後、二人は氷上を壁に沿って進んでいき、再び細い通路に到着する。その通路は、やはり一人が通れる程の幅しか無く、先程の道より暗かった。また、道は行き止まりで、その手前に黒い珠の乗せられた台座がある。
珠の存在に気付いたダームは後方を振り返り、青年の目を見つめた。すると、ザウバーは笑みを浮かべて頷き、ダームは黒い宝玉へ手を伸ばす。手が触れた瞬間、宝玉は少年の胸元へ吸い込まれた。その現象を見たダームは胸を押さえ、目を瞑って呼吸を整える。
「僕が触ると……さっき、ザウバーが持ち上げた時は何も無かった」
少年は、そう呟くと目を開き、仲間の居る方に体の向きを変える。
「ここでやることは、終わったみたい」
ザウバーは頷き、来た道を戻っていった。ダームは静かに後を追い、二人は慣れた様子で氷上を歩いていく。二人が壁沿いに進むと、今度はやや広めの通路に到着する。ダーム達は今まで居た空間を振り返り、大きく息を吐き出した。
「一周して戻ってきたみてえだな。お前はどう思う?」
ザウバーは、そう問い掛けると少年の目を見た。ダームは氷の床を見、胸元を押さえた。
「別れ道まで戻って、さっき選ばなかった道を進みたい。多分だけど、ここでやらなきゃならないことは終わった」
そう返すと、ダームは胸から手を離した。
「だな。ここは行き止まりばっかりだ。あの道に向かおうぜ」
彼の言葉を聞いたダームは大きく頷き、三叉路を目指して歩き始める。ザウバーは少年の後を追い、二人は黙々と通路を進んで行った。
彼らが道なりに進んで行くと、眼前に二人の行く手を阻む様な岩壁が現れる。とは言え、ダームが目線を左右に動かすと、そのどちらにも進めそうな道が続いていた。ダームが見る限り、左右の道に大差は無く、暫くは障害物も無い様だった。しかし、少年は顎に手を当てて目を瞑ると、口を閉じたまま低い声を漏らす。ダームは、何度か唸った後で目を開くと、顎から手を離して後方を振り返った。
「変な壁に追われた後、左の道を進んだよね?」
ザウバーは頷き、少年は再び口を開く。
「その時も、道は右と左に別れていた」
そう話すと、ダームは右腕を上にし、両腕でTの形を作ってみせる。
「だったら、道を引き返して来たら、在るのは真っ直ぐの道か右の道の筈」
ザウバーは片目を瞑り、少年の顔を見下ろした。
「それは、俺の考えの否定か?」
ダームは慌てた様子で首を振る。
「違うよ! 僕だって、氷に乗る前に他の道が在るか確認したし」
ダームは腕を下ろし、別れ道の方へ目線を向ける。
「戻ってきた道だって思ったからこそ、おかしいって思ったんだ」
ザウバーは軽く笑い、少年の頭を軽く撫でた。
「で、行こうと思っていた道が無い訳だが」
ザウバーは二つの道を一瞥する。
「どっちに進むんだ?」
ダームは左右の道を確かめ、それから左の道を指し示した。
「左に行こう。さっきも左を選んだし、同じ方向を選んで行けば、道を覚えるのが楽だから」
ザウバーは少年の意見を受け入れ、左の道を進み始める。彼らが道を進むにつれ、二人の耳に唸るような声が届く様になった。
ダーム達の居る場所は、樹木どころか雑草すら生えておらず、不可思議な物質で囲まれている。その壁や天井は暗褐色をしており、妙な光沢がある上、不規則に波打っていた。また、床は妙に柔らかく、二人の重さで変形する程だった。
「おいこら、ダーム」
ザウバーは、ダームの肩を強く掴んだ。
「ここは、一体どこなんだ?」
青年の質問にダームは首を振り、握っていた短剣を鞘に収めた。
「分からないよ。って言うか、ザウバーまで来ること無かったのに」
それを聞いたザウバーは、突き放す様にダームの肩から手を離す。
「一人で走り出しておいて、言うことはそれだけか」
そう言い放つと、サイバーは少年の胸座を掴んで引き上げる。
「久しぶりに会った友達に心配かけて……その上、自分でも分かってねえことをするって言うなら、無理矢理にでも」
「ごめん。でも、やらなきゃならないことなんだ」
青年の話を遮る様に言い、ダームは強く拳を握り締めた。
「上手く説明出来ないけど……これは、ザウバーと出会う前から、何時かはやらなきゃならないことで」
ダームは、そこまで話すと目を伏せ、ザウバーは掴んでいた服を離す。
「だから、僕は、試練を終えるまで帰れないって言うか」
そう話すと、ダームは気まずそうに頭を掻く。そして、少年は握っていた短剣を元の場所に仕舞うと、微苦笑しながら顔を上げた。
「分かったよ。やる気があるならそれでいい」
ザウバーは、そう返すと少年の頭を軽く叩いた。
「俺が付き合ってやる。フレンに、お前を連れ帰るって約束したからな。お前が、やることやるまで帰らないってんなら、早く帰れる様に手伝いをするまでだ」
その話にダームは微笑し、不思議な物質で出来た道を見やる。
「進もう。進まなかったら、何時まで経っても終わらないから」
ダームは歩き始め、ザウバーは彼の後を追う形で進んだ。しかし、柔らかな床は歩きにくく、二人は四苦八苦しながら進んでいく。柔らか過ぎる床は二人の体力を奪っていき、ザウバーは何十歩か進んだところで背後を振り返った。すると、暗褐色の壁は彼を追い立てる様に動き、それは段々迫ってきている。
「おい、ダーム。もっと早く行け」
ザウバーは、少年の背中を軽く押した。一方、背中を押されたダームは振り返り、不機嫌そうに溜め息を吐く。
「押さないでよ。第一、これ以上……って、あれ?」
ダームは、距離を縮めている壁を見つめた。
「え? 大分歩いた筈なのに」
「状況が分かったなら急げ! 追い付かれたら何が起こるか分かんねえ!」
ザウバーは、力ずくで少年の体の向きを変えさせる。その後、ザウバーは少年の背中を強く叩き、二人は懸命に道を進んでいった。
壁に追われながら進んで行くと、前後以外を岩に囲まれた場所に出た。その場所は、それまでの道よりは広く、ダームは思わず後方を振り返る。すると、迫っていた壁の動きは止まり、ダームは掠れた声を漏らした。一方、少年の声を聞いたザウバーは訝しそうに振り返り、今の状況を確認する。後方を確認すると、暗褐色の壁は岩壁に姿を変えていた。
「一休み出来るのかな?」
ダームは、落ち着かない様子で周囲を見回した。彼の左右は岩壁で固められ、暫く一本道が続いている。
「休めると思うか? 追いかけっこ終わったが、退路はねえ」
「うん。戻れないんじゃ進むしか無いか。フレンも待っているし」
ザウバーは表情を緩め、少年の背中越しに前方を見る。
「進もう」
ダームは、それだけ言うと歩き始めた。ザウバーは少年の後を追い、二人分の足音が響き始める。二人が道を進んで行くと、道が二つに別れている場所に出た。二人は顔を見合わせ、どちらの道を選ぶか相談し始める。道は、どちらも二人が並んで通れる幅で、左の道からひんやりとした空気が流れて来ている。
一方、右の道は左より明るく、どんよりとした空気も立ち込めていた。二人は、数分話し合った後に左の道を選び、慎重に通路を進んでいく。その道は相変わらず岩で囲まれており、空気は段々と冷えていった。その寒さに青年は両腕をさすり、ダームは不安そうに口を開いた。
「こっちで良かったのかな?」
「行き着く所まで行かなきゃ分かんねえよ」
この時、ザウバーの目線の先には真っ直ぐな道が続いていた。また、通路の見通しは悪く、それもダームの不安を掻き立てていた。
「確かに、そうかも知れないけど」
呟く様に言うと、ダームは不安そうに道の先を見つめた。その様子を見たザウバーは、少年の頭を強く叩く。
「いきなり、何」
「うっせえ! 不安だから止める……とか言うなら、今度は本気で殴る!」
ダームは身を強ばらせ、目線だけを左右に動かす。その後、少年は軽く目を瞑り、無言のまま両手を握り締めた。
「ごめんなさい。言い出したのは僕なのに、やらなきゃならないのも僕なのに、こんな弱気じゃ」
ダームは目を開き、青年の顔を見上げた。対するザウバーは軽く笑い、少年の肩に手を乗せる。
「不安になるのは仕方ねえ。だけど、諦めんのは別の話だ」
ダームは頷き、岩で囲まれた道を進む。二人が道を進んで行くと、ついに開けた場所へ出た。そこは、天井がドーム状になっており、床一面が氷で覆われている。床が氷で覆われてた空間はとても寒く、二人は身を縮めた。
「凍ってないとこ無いね」
ダームは、そう言うと冷えた頬を両手で擦った。この時、既に少年の頬や耳は赤くなっていた。
「だな。でも、壁に沿って行けばなんとかなるだろ」
ザウバーは目線を左右に動かした。幸い、壁は凍っておらず、凹凸の有る壁面は利用出来そうだった。ザウバーは左側の壁に手を添え、慎重に凍った床へ足を下ろした。その後、彼は歩幅を小さくしながら氷上を歩き、壁に沿いながら進み始める。
ダームは、青年が何歩か進んだところで氷へ足を乗せた。この間、ザウバーは更に前進し、ダームは間合いを取りながら彼の後を追い掛ける。壁伝いに進んで行くと、ザウバーは細い通路を発見した。幸いにも、その通路の床は凍っていない。ザウバーは、その通路に進むと壁から手を離した。彼は、数歩進んでから体の向きを反転させ、無言のまま仲間の到着を待つ。
程なくしてダームが到着し、ザウバーは体の向きを変えて歩き始めた。彼が進む道は細く、一人がやっと通れる程度である。また、床が凍っていないとは言え寒く、二人は白い息を吐きながら歩いていた。
二人が百歩程進んだところで行き止まりとなった。その手前に細長い台座が在り、水色の宝玉が乗せられている。宝玉は微かに青い光を放ち、ザウバーは不思議そうにそれを見つめた。また、水色の宝玉はザウバーの背中に隠れ、ダームから確認することが出来なかった。
「進めないなら引き返そうよ」
ダームは、青年の服を軽く引いた。一方、服を引かれたザウバーは、無言で宝玉に手を伸ばす。彼はその宝玉を手に取ると、体の向きを変えて少年の顔を見下ろした。
「行き止まりに不思議アイテム。お前なら、どうする?」
「持っていっちゃいけない気もするし、持っていかなきゃならない気もする」
そこまで話すと、ダームは青年の持つ宝玉をじっと見た。
「元の場所から離しても何も起こらなかったみたいだし……持っていっちゃいけないってことは無いか」
ザウバーは、少年の曖昧な解答に苦笑し、手に持った珠を軽く転がす。彼は、目を細めて宝玉を見下ろし、ゆっくり息を吐き出した。
「結局、何が言いたいんだよ? 曖昧にしねえで、これを持っていくかいかないか、
お前が
決めろ」ダームは難しい表情を浮かべ、水色の珠に手を触れる。すると、珠は光を強めていった。宝玉の変化を目の当たりにしたダームは手を引くが、発せられる光は更に強くなっていく。その後、水色の宝玉はザウバーの手を離れて浮き上がり、ダームの胸元へ飛んでいった。
「えっ?」
少年が困惑している内に、宝玉はその胸元へ吸い込まれた。ダームは自らの胸を押さえ、ザウバーは宝玉の置かれていた台座を見る。
「戻った訳でもねえし、持って行けってことか?」
ザウバーは、そう言うと少年の胸元を見つめ首を傾げた。
「どこかに消えちゃったの? 何が起こったか分からない」
「それを理解するのも、お前が言う試練の内じゃねえの?」
「そうかも。直ぐには理解出来なかったけど、進むうちに分かるかも知れない」
ダームは踵を返し、青年に背中を向ける。
「だから、僕は進もうと思う」
それだけ言うとダームは歩き始め、ザウバーは後を追った。その後、二人は氷上を壁に沿って進んでいき、再び細い通路に到着する。その通路は、やはり一人が通れる程の幅しか無く、先程の道より暗かった。また、道は行き止まりで、その手前に黒い珠の乗せられた台座がある。
珠の存在に気付いたダームは後方を振り返り、青年の目を見つめた。すると、ザウバーは笑みを浮かべて頷き、ダームは黒い宝玉へ手を伸ばす。手が触れた瞬間、宝玉は少年の胸元へ吸い込まれた。その現象を見たダームは胸を押さえ、目を瞑って呼吸を整える。
「僕が触ると……さっき、ザウバーが持ち上げた時は何も無かった」
少年は、そう呟くと目を開き、仲間の居る方に体の向きを変える。
「ここでやることは、終わったみたい」
ザウバーは頷き、来た道を戻っていった。ダームは静かに後を追い、二人は慣れた様子で氷上を歩いていく。二人が壁沿いに進むと、今度はやや広めの通路に到着する。ダーム達は今まで居た空間を振り返り、大きく息を吐き出した。
「一周して戻ってきたみてえだな。お前はどう思う?」
ザウバーは、そう問い掛けると少年の目を見た。ダームは氷の床を見、胸元を押さえた。
「別れ道まで戻って、さっき選ばなかった道を進みたい。多分だけど、ここでやらなきゃならないことは終わった」
そう返すと、ダームは胸から手を離した。
「だな。ここは行き止まりばっかりだ。あの道に向かおうぜ」
彼の言葉を聞いたダームは大きく頷き、三叉路を目指して歩き始める。ザウバーは少年の後を追い、二人は黙々と通路を進んで行った。
彼らが道なりに進んで行くと、眼前に二人の行く手を阻む様な岩壁が現れる。とは言え、ダームが目線を左右に動かすと、そのどちらにも進めそうな道が続いていた。ダームが見る限り、左右の道に大差は無く、暫くは障害物も無い様だった。しかし、少年は顎に手を当てて目を瞑ると、口を閉じたまま低い声を漏らす。ダームは、何度か唸った後で目を開くと、顎から手を離して後方を振り返った。
「変な壁に追われた後、左の道を進んだよね?」
ザウバーは頷き、少年は再び口を開く。
「その時も、道は右と左に別れていた」
そう話すと、ダームは右腕を上にし、両腕でTの形を作ってみせる。
「だったら、道を引き返して来たら、在るのは真っ直ぐの道か右の道の筈」
ザウバーは片目を瞑り、少年の顔を見下ろした。
「それは、俺の考えの否定か?」
ダームは慌てた様子で首を振る。
「違うよ! 僕だって、氷に乗る前に他の道が在るか確認したし」
ダームは腕を下ろし、別れ道の方へ目線を向ける。
「戻ってきた道だって思ったからこそ、おかしいって思ったんだ」
ザウバーは軽く笑い、少年の頭を軽く撫でた。
「で、行こうと思っていた道が無い訳だが」
ザウバーは二つの道を一瞥する。
「どっちに進むんだ?」
ダームは左右の道を確かめ、それから左の道を指し示した。
「左に行こう。さっきも左を選んだし、同じ方向を選んで行けば、道を覚えるのが楽だから」
ザウバーは少年の意見を受け入れ、左の道を進み始める。彼らが道を進むにつれ、二人の耳に唸るような声が届く様になった。