我が道を生き続ける系ウィザード

文字数 4,869文字

 ダームはベネットへ短剣を渡し、ベネットは鞘に手を触れ、目を瞑る。
 
「力を必要とし望むなら、邪を払いし力解放せん。しかし、まだその時では無い」
 ベネットは目を開き、短剣の柄を握った。この時、ベネットの瞳は微かに光っており、瞳孔は散大していた。ダームは、その変化に戸惑った様子を見せるが、ベネットはそれに構うことなく言葉を続ける。
 
「我は、強大な力を封印せし者にして見届ける者。永久の時を生き、世界が存在する限り生き続ける」
 ベネットは、そこまで話したところで目を瞑り、ゆっくり息を吸い込んだ。
 
「我が力は穢れ無き者無くして行使出来ず、聖霊の加護無しには真の力を発揮出来ない。穢れし者の手に渡れば姿を消し、力を使うに値する者の手に渡る迄それを続ける」
 ベネットは短剣から手を離し、支えを失った剣はベッドの上に落ちた。ダームは慌てて短剣を拾い上げ、心配そうにベネットの顔を見上げる。その後、少年は強く短剣を握りしめ、ベネットの目を見つめて口を開いた。
 
「ベネットさん、大丈夫?」
 問われたベネットは目を開き、少年の顔を優しく見つめる。
「大事ない」
 ベネットは前髪を掻き上げ、細く息を吐き出す。
 
「ヘイデルに住んでいた頃は良くやっていた。時には、他の街に赴いて」
 ダームは首を傾げ、不思議そうに問い掛ける。
「こう言うことを良くやっていたってどう言うこと?」
 ダームは心配そうにベネットの目を見る。対するベネットは笑顔を浮かべ、優しい声で話し始めた。
 
「声無きものの言葉を伝えること。誰にでも出来ることでは無いし、出来たとしても容易ではない。だから、それを出来る者は重宝されるし、能力がある以上、然るべき時に使わねばならない」
 ベネットは、そう言ったところで呼吸を整え、ダームの短剣を一瞥する。

「大変だと言う理由で止めることは出来ないし、止めるつもりもない。これは私の使命でもある」
「えっと」
 少年がたどたどしく話し始めた時、部屋のドアを叩く音が響く。この為、ダームは話すことを止め、ドアの方へ目線を向けた。

「ヘイデル警備兵総司令、アーク・シタルカーです。失礼しても宜しいでしょうか?」
 ベネットは肯定の返事をなし、問い掛けた者は部屋へ入る。また、アークの後ろに帽子を被った青年の姿が在り、それに気付いたダームは不思議そうに訪問者へ近付いた。その後、少年は帽子を被った訪問者の顔を覗き込み、どこかつまらなそうに話し始める。
 
「誰かと思ったらザウバーじゃん」
 それだけ言うと、ダームは元居た場所へ戻る。ザウバーは帽子の鍔を摘みながら苦笑し、呆れた様子で口を開いた。

「一体、俺のことを何だと思ってんだ?」
 ザウバーは少年に近付き、その頭を軽く叩いた。対するダームは叩かれた場所を擦り、細めた目で青年の顔を見つめる。
 
「いつもタイミングの悪い人?」
 そう返すと、少年は楽しそうに笑った。彼の返答を聞いたザウバーは苦笑いを浮かべ、アークは口元を押さえて笑いを堪える。
「何時もって何だよ、何時もって。第一、今回のタイミングはアークのせいだぞ?」
 青年は、そう言い放つとアークの方に向き直る。しかし、アークは彼の目線を受け流し、ベネットの元へ歩みを進めた。
 
「突然の訪問になってしまった様で、申し訳ありません。体調は如何ですか?」
 アークは、そう問うと首を傾げ、問われたベネットは笑顔を浮かべる。
「気にするな。それに、体調は悪くない」
 そう返すと、ベネットはアークの目を見つめ、それから青年の姿を一瞥する。
 
「それにしても、二人で買い物か? ザウバーは帽子を被っていなかったと思うが」
 そう問うと、ベネットは首を傾げた。一方、彼女の質問を受けた者は苦笑し、話し辛そうに小さな溜め息を吐く。

「私が持っていたものを、お貸ししたんですよ。この間の一件も御座いますし、あまり顔を見せてはいけないと思いまして」
 そう返すと、アークは青年の姿を一瞥する。
 
「無罪と言うことになってはいますが、良い感情を持っている方の方が少ないでしょう」
 アークは、そう伝えたところで苦笑いを浮かべる。一方、ベネットは小さく頷き、納得した様子で話し始めた。

「だろうな。無理矢理そう言った流れにしたが、一歩間違えばどうなっていたか分からん」
 そう話すと、ベネットは疲れた様子で溜め息を吐く。アークは青年の方へ顔を向け、小さく首を傾げた。
 
「そう言う訳ですので、くどい様ですが、次からは気をつけて下さいね」
 アークの忠告を受けた者は苦笑し、気まずそうに頷いた。そして、帽子を深く被り直すと、小さな声で話し始める。
「いざこざを起こしたくはねえし、気をつけるよ。緊急事態が起きたら、別だけどな」
 そう返すと、ザウバーはアークの目を真っ直ぐに見つめた。一方、彼に見つめられた者は溜息を吐き、呆れた様子で話し始める。
 
「緊急事態を起こさないで下さい。私が手助け出来ない時も御座いますし、庇いきれない場合もあるでしょうから」
「助けて貰おうとも、庇って貰おうとも思ってねえよ。結果的にそうなったことは、あったかも知れねえが」
 彼の台詞を聞いたアークと言えば、呆れた様子で目を細める。
 
「開き直りですか。あなたらしいと言えば、あなたらしいですが」
 そう返すと、アークは少年に向き直った。
「ところで、良かったら食事に行きませんか? 少々伺いたいこともあるので、長くなりますが」
 アークの提案を受けた者は首を傾げ、どこか不安そうに話し始める。
 
「それって、僕だけ? あと、ここでは話せない様なことなの?」
 アークはベネットの姿を一瞥し、少年と目線を合わせる為に腰を曲げた。
「いいえ、ザウバーも一緒です。それに、フェアラで起きたことを話して頂くだけです」
 アークは、そこまで話したところで優しく微笑み、少年の耳に口を近付ける。そして、自らの口元を右手で覆うと、小さな声で話を続けた。
 
「場所を変えるのは、ベネット様に負担を掛けない為です。ここで話したら休めないでしょうし、診察が入れば邪魔になります」
 そう加えると、アークは姿勢を直した。
「移動も、楽で無かったでしょう? 私がお代を出しますから、行きませんか?」
 少年は頷き、笑顔を浮かべながら腹部をさすった。
 
「うん。お腹も空いたし、喜んで」
 そう伝えると、ダームは青年の左腕を両手で掴む。そして、腕を掴んだままベネットに顔を向けると、別れの挨拶をして部屋を出た。この時、ザウバーは少年に引かれながら部屋を後にし、二人を追う様にしてアークも退室する。一方、部屋に残されたベネットは横になり、ゆっくりとした呼吸を繰り返して目を瞑った。
 
 三人は、アークを先頭に歩いていた。アークは、時折ダーム達の姿を見ながら進んでおり、少年は仲間を掴んでいた手を離している。そして、アークは綺麗な建物の前で立ち止まり、二人の方を振り返る。
「どうです? 新しく出来た店なのですが、個室を選べます」
 アークは、微笑みながら少年の目を見つめる。ダームは大きく頷き、店の入り口を見て口を開いた。
 
「うん。お店が綺麗だと、なんだか美味しそうな気がする」
 少年は、そう言うと口元を緩ませ、青年の顔を見上げる。
「それに、個室があるなら人目を気にしなくていいし」
 それを聞いたザウバーは目線を泳がせ、口元を押さえて咳払いをした。
 
「とにかく入ろうぜ。ここに突っ立っていても邪魔なだけだ」
 ザウバーは少年の背中に手を触れ、店の方へ押しやった。この際、少年は不機嫌そうに青年の顔を見上げるが、アークが店のドアを開けに行った為、素直に店の方へ進んで行く。その後、ダーム達は促されるまま店に入った。

 その店は白い光で溢れており、所々に観葉植物が飾られている。また、入り口近くに在るレジに水槽が置かれ、その中で色とりどりの魚が泳いでいた。ダームは、興味深そうに水槽を覗き込む。しかし、直ぐに従業員が来た為、彼は渋々水槽から目を離した。
 
「いらっしゃいませ、三名様のご利用で宜しいですか?」
 アークは頷き、微笑みながら口を開く。
「はい。それと、席は個室でお願いします」
 そう伝えると、アークは小さく首を傾げてみせる。店員は直ぐに頭を下げ、座席への案内を始めた。アーク達は、無言で店員の後を追い、店の奥へ進んで行く。

 店員は、一番奥に在る個室へ客を案内し、椅子を引いて座るよう促した。この為、アークは少年の背中を押して先に座らせ、青年に目配せをする。アークは、最後に二人と向かい合う形で椅子に座り、店員が去った後で口を開いた。
 
「先ずは注文を決めてしまいましょうか。話は、その後でも出来ます」
 そう言って、アークは少年の目を見つめる。すると、ダームは嬉しそうにメニュー表を見下ろし、目を輝かせながら選び始めた。

「この店は、メニューが豊富らしいです。ゆっくり選んで下さって構いませんよ」
 アークはメニュー表を見下ろし、料理を選び始める。数分後、彼らは注文する料理を決め、アークが代表して店員に伝えた。
 
「料理が届く迄、フェアラで見聞きしたことを話して頂けますか?」
 アークの問いにダームは頷き、自分が体験したことを話し始めた。少年の話は料理の届く前に区切りが付き、アークは頷きながら口を開く。
 
「そうでしたか……すみません、辛いことを思い出させてしまって」
 アークは、椅子に座ったまま頭を下げる。一方、ダームは首を横に振り、慌てた様子で言葉を返した。
「そんなこと無いよ。僕が、油断してただけだし」
 ダームは笑顔を浮かべて冷静を装う。しかし、それでもアークは心配そうな表情を浮かべていた。
 
「お待たせしました」
 その時、店員の声が響き、ダーム達は声のした方を振り返る。店員は、大きなトレイに三人分の料理を乗せて微笑んでおり、その内一つを手に取るとテーブルに置いた。店員は、料理名を伝えながら料理を置き、全ての料理を置いたところで立ち去った。ダームは並べられた料理を眺めるなり、微笑みながら話し始める。
 
「そんなことより、早く食べちゃおう。料理は冷めないうちに食べたほうが美味しいもん」
 そう言うと、ダームは机上に置かれたフォークを掴む。そして、手に取ったフォークを指先で回すと、アークとザウバーの顔を順に見た。すると、少年の問いを聞いた二人は肯定の返事をなし、彼らはそれぞれに食事を始める。

 三人は、十数分を掛けて食事を終え、アークは何を飲みたいかダーム達に尋ねた。その後、二人の希望を聞いたアークが注文し、三人分の飲料が届けられる。アーク達は、それぞれに陶器製のカップや硝子製のコップを手元に引き寄せ、口を付ける前に顔を見合わせた。
 
「注文が届きましたし、今後の事を話しながら飲みましょうか」
 そう言ってアークは笑顔を浮かべ、対面に居る少年の目を見つめた。
「前回は、予め宿泊場所を決めておきましたから良いのですが、今回は急なことでしたからね。ダームの宿泊は、どうとでもなりますが」
 アークは、青年の顔を一瞥する。
 
「ザウバーはそうもいかないでしょう? この前は、私が事前に手を回しておきましたが、今回は突然のことですし」
 アークは、そう言うと溜息を吐き、わざとらしく頭を抱えてみせる。
 
「そこで提案なのですが、一先ず近くの町に移動して頂いて、後でダーム達と合流するのは? 貴方なら、瞬時の移動も可能でしょうし」
 アークは、そう提案すると笑顔を浮かべ、小さく首を傾げてみせる。一方、ザウバーは少しの間考えた後で口を開いた。

「分かったよ。この街を出てやる」
 青年は、そう言うとカップに注がれた飲料を一気に飲み干す。そして、空のカップを机上に置くと、微笑みながら立ち上がった。その後、彼は目線をダームの方へ向ける。
 
「戻るのも何だし、マルンに行ってるわ。詳しい場所は、お前なら分かるよな」
 この時、ダームは驚いた様子で目を丸くした。しかし、青年は少年の様子を気にすることなく帽子を脱ぎ、転移する為の呪文を唱え始める。
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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

絶賛成長期。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
ブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。



OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

魔物が増えて管理職が故の悩みが増えた。

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