火照った体に美味しい飲み物

文字数 5,888文字

 ダームが掃除用具を片付けて談話室へ向かうと、椅子に座るブラウンの姿が在った。談話室には、ブラウン以外にも警備兵の姿が在り、それぞれ談笑している。また、その空気は穏やかで、新たに訪れた者への警戒心は無かった。

 談話室には、数十の座席が用意されており、ブラウンは部屋の中程に在る椅子に腰を下ろしていた。彼の足元に大きな麻袋が置かれており、その中に水色をしたタオルなどが入っていた。ブラウンは、少年の到着に気付くなり立ち上がり、笑顔を浮かべて口を開く。
 
「来たか。着替えは総司令に言われて用意したから、そのまま向かうぞ」
 ブラウンは、そう言って麻袋を持ち上げ、ダームに投げ渡す。一方、少年はそれを受け取って抱え、中身を覗き込んだ。

「珍しいものは入ってねえよ。中身を広げるなら脱衣所でやれ」
 その言葉にダームは頷き、ブラウンは浴場に向かって歩き始める。ダームは麻袋を抱えて後を追い、二人は浴場に到着した。ブラウンが浴場のドアを開けると、木製の棚が並んでいた。その棚は、ブラウンの身長程の高さで、脱衣所の壁沿いや中心に整然と並べられている。また、その床は水捌けの良い石材で作られており、浴室へ続くドアの前に大判のマットが敷かれていた。

 ブラウンは、ダームの様子を見ながら脱衣所の奥に向かい、端まで来たところで立ち止まる。そして、ダームの持っていた袋を手に取ると、そこから中身を出して棚に置いた。彼は、その中身を半分ほど出したところで少年に向き直り、軽くなった袋をダームに手渡す。
 
「ほら、お前の分。今は空いてるし、置きやすい所に置いちまえ」
 そう伝えると、ブラウンは上着を脱ぎ始めた。一方、ダームは袋を胸の高さの棚板に置き、中身を確認する。袋の中には、タオルや体型に合わせた着替えが入っており、ダームはそれを身に付けやすい様に重ねていった。その後、ダームは服を脱ぎ、それを纏めて棚に置く。彼はそうした後でブラウンに向き直り、そのまま反応を待った。
 
「じゃあ行くか」
 ブラウンは、そう言うなり浴室へ向かっていった。ダームは彼の後を追い、シャワーが整然と並ぶ浴室に入る。浴室には、既に数人の警備兵が居り、それぞれに髪や体を洗っていた。また、浴室の奥には浴槽も在り、そこから温かな湯気が立ち上っている。ダームは、浴室をざっと見回した後でブラウンの顔を見、彼が何処に向かうかを窺った。すると、ブラウンは右側の開いている場所へ向かっていく。

 ダームはそれを追い、使い古されたシャワーの前で立ち止まった。その近くに小さくなった石鹸が置かれており、ブラウンはそれを掴むとシャワーのバルブを軽く捻った。そして、シャワーから出る水を浴びながら石鹸を泡立て、乱暴に自らの髪を洗い始める。この時、少年は彼の真似をする様に髪を洗い、二人は体を洗い終えたところで湯に浸かった。
 
「どうだ? 湯加減は」
 ブラウンは、そう問うと少年の背中を軽く叩く。すると、ダームは自らの頬を軽き叩き、小さな声で話し始めた。
「ちょっと熱いかも」
 そう返すと、少年はゆっくり息を吐き出した。対するブラウンは軽く笑い、湯船に浸かったまま両腕を伸ばす。
 
「まだまだ子供だな」
 そう言ってブラウンはダームの両肩に手を乗せ、力任せに湯船へ押し込んだ。
「今は熱くても直ぐ慣れる。先ずは、肩まで使って百数えてみろ」
 ブラウンの言葉を聞いたダームは頷き、言われた通りに数を数え始める。しかし、その声には段々と力が無くなっていき、数え終えた頃には声が掠れていた。
 
「数え終わった……けど」
「そうか! どうだ、もう熱く無いだろ?」
 ブラウンは、少年が話し終える前に言葉を発し、自信ありげに笑ってみせる。しかし、ダームは虚ろな眼差しでブラウンを見つめるばかりで、言葉を返すことは無かった。

「ん? どうした?」
 ブラウンが問い掛けた時、少年の体は湯船に沈み始めた。少年は、顔の半分を沈ませながら息を吐いており、その付近に気泡が浮かんでいる。その後、少年は息を吐き出しきっても湯船から顔を上げず、ブラウンは慌てた様子でダームの肩を掴もうとした。

 その瞬間、ダームの体は後方に傾き、仰向けの姿勢で湯船に浮かび始める。それを見たブラウンは反射的に立ち上がり、急いで少年の体を抱き上げた。それから、ブラウンはダームを抱えたまま最寄りのシャワーに移動し、直ぐに冷水を浴びせかけた。すると、少年はうっすらと目を開き、咳き込みながらブラウンの顔を見上げる。
 
「大丈夫か? 悪いな、まさかのぼせるとは思わなかったよ」
 ブラウンはシャワーの水を止め、少年の顔に着いた水滴を右手で拭う。
「お詫びに、後で冷たい飲み物奢ってやるから許せ」
 そう言うと、ブラウンは笑いながら少年の目を見つめた。対するダームは苦笑しながら頷き、ふらつきながら立ち上がる。
 
「うん。よく冷えたオレンジ」
「いや、そこは牛乳だろ。風呂上がりだし」
 そう言って、ブラウンは少年の背中を叩いた。彼は、そうした後で湯船に背を向け、ダームの返答を待つこと無く脱衣所へ向かう。

「いいけど」
 そう呟くと、ダームはブラウンの後を追って脱衣所へ向かった。すると、既にブラウンは下着を身に付けており、ダームが自分用のタオルに手を伸ばした時には着替えを終えた。
 
「さっき俺が座っていた辺りで待ってろ。凄く冷えたやつを買ってきてやるから」
 ブラウンは、そう言うなり脱衣所を出た。この際、ダームは呆気にとられながらも、体についた水滴を拭っていく。そして、彼は棚に残されたブラウンの服を見るなり苦笑した。ゆっくりながらも着替えを終えたダームは、ブラウンのものも含め脱いだ服を麻袋に詰める。

 その後、彼は麻袋を持って談話室へ向かい、その中程に在る席へ腰を下ろした。すると、数分も経たないうちにブラウンが現れ、白い液体の入った瓶をダームの左頬に押しつける。その瓶の高さは少年の顔の長さ程あり、冷えた瓶を押しつけられた当人は思わず体を振るわせた。
 
 少年は、怪訝そうな表情でブラウンを見上げ、押しつけられた瓶を奪い取る。一方、ブラウンは他にも二本の瓶を手にしており、笑みを浮かべながらそれらをダームの両頬に押しつけた。
「これで、頭に上っていた血も冷えただろ」
 それだけ言うと、ブラウンは瓶をダームの前に差し出した。差し出された瓶の中には、それぞれに白み掛かった桃色と茶色の液体が入っており、どちらもダームが手にしているものと同じ大きさをしている。
 
「苺風味に珈琲風味。ベースは牛乳だから、どちらも体に良し!」
 そう言い放つと、ブラウンは近くに在る椅子に腰を下ろした。そして、少年の目を真っ直ぐに見つめると、ダームの持つ瓶を見つめて言葉を続ける。
「だけど、先ずは牛乳本来の味を楽しめ。それを飲みきったら好きな味を選ばせてやる」
 彼の話を聞いた少年は無言で頷き、木で出来た蓋を取り去った。少年は、そうしてから手にしていた飲料に口を付ける。相当に喉が渇いていたのか、ダームは渡された飲み物を一気に飲み干した。その様子を見ていたブラウンは感嘆の声を上げ、ダームは瓶を下ろして息を吐き出す。
 
「美味しい! これ美味しいよ、ブラウンさん!」
 少年は、そう言うと目を輝かせてブラウンを見つめた。対するブラウンは、手に持っていた瓶を差し出し、ダームにどちらを飲むか選ばせる。すると、ダームは薄い桃色の方に手を伸ばし、ブラウンは空になった瓶を少年から受け取った。
 
「いただきます」
 そう言うなり瓶の蓋を開け、ダームは嬉しそうに薄い桃色の飲料を飲み始める。彼は、時折休みながらそれを飲み干し、息を吐きながら口元を拭った。その仕草を見たブラウンは微苦笑し、薄茶色の液体が入れられた瓶をそっと差し出す。
「もう一本買って来た方が良いか?」
 ブラウンは、そう言うと談話室の出入り口を見やった。一方、ダームは首を横に振り、微笑しながら口を開く。
 
「もう十分だよ、ブラウンさん。お腹一杯だし、頭も十分冷えたみたいだし」
 ダームは、そう言うと自らの腹を擦ってみせた。少年の台詞を聞いたブラウンは笑顔を浮かべ、手に持っていた空瓶を床に置く。
「そうか。じゃ、残りは俺が頂く」
 そう言うと、ブラウンは残った瓶の蓋を開ける。彼は、開けたばかりの瓶に口を付けると、音を立てながら中の液体を飲んでいった。そして、それを飲み干したところで瓶を下ろし、満足そうな表情を浮かべて口を開く。
 
「やっぱ、これだよな」
 彼の言葉を聞いたダームと言えば、物欲しそうにブラウンの持つ瓶を見つめた。
「選択、間違えたかな?」
 そう言うと、少年は自ら飲み干した瓶を見下ろした。一方、ブラウンは明るい笑顔を浮かべ、ダームの左肩を何度か叩く。
 
「明日にでも試せ。明日は奢らねえけどな」
 ブラウンは、そう伝えると空になった瓶を全て掴んで立ち上がった。
「んじゃ、俺はこれを返して来る。お前は、部屋に戻るなりなんなり好きにしとけ」
 それだけ言い残すと、ブラウンは談話室を後にした。この際、ダームはブラウンの去った方向を見つめ、自らの部屋へ帰る為に立ち上がる。少年が談話室を出た時、慌てて引き返してきたブラウンの姿が在った。少年は思い掛け無い出来事に目を丸くし、ブラウンはダームの姿を見るなり口を開く。
 
「言い忘れてた。明日の朝、風呂場を掃除するから手伝え。あと、部屋に戻るなら、干した布団も持って行けよ?」
 そう伝えると、ブラウンはそそくさとダームの前から姿を消した。一方、彼の話を聞いたダームは、屋上に干された布団を取りに向かう。ダームが屋上に上がった時、そこに何枚もの白いシーツが干されていた。また、そこに住む者達の衣服も干されており、少年は何か思い出した様子で口を開く。
 
「あ……ブラウンさんの服」
 そう言うと、ダームは談話室に戻ろうとした。しかし、干されている布団を見るなりそれを抱え、小走りで部屋へ戻っていく。その後、布団を部屋に置いた少年は談話室へ向かい、忘れてしまった麻袋を回収した。
「また、会えるよね」
 ダームは、そう呟くと麻袋を持って部屋に戻った。そして、麻袋をクローゼットに入れると、ベッドの上で横になる。彼は、横になったまま目を瞑り、ゆっくり両腕を頭上に伸ばした。
 
「お、居た居た。あそこに残って無かったから、お前に聞こうと思ってよ」
 少年が一息ついた時、彼の部屋にブラウンが入り込む。ブラウンはダームの部屋を見回し、訪問者に気付いた少年はベッドから起き上がった。
「あ、ブラウンさん。お風呂場に服を置いて」
「そうそう、そうれだそれ。忘れたのに気付いて戻ったら、何も無くてよ」
 話を遮られたダームと言えば、困った表情を浮かべながらもブラウンの話を聞き続けた。
 
「盗まれる様な物は無いし、誰のか知らないで片付ける奴は居ねえからな」
 ブラウンは、そう言うと軽く笑った。対するダームはクローゼットから袋を取り出し、そこから自分の服を抜いてブラウンに渡す。すると、ブラウンはそれを受け取り、先程までダームが居たベッドを一瞥した。
 
「ありがとな。そういやお前、布団は取り込んだけど、シーツを忘れたろ」
 ブラウンの話を聞いた者は後方を振り返り、それから恥ずかしそうに苦笑する。
「そうみたい」
「じゃ、服の礼に取ってきてやる。専用でもないベッドに直接寝るのは、マナー違反だ」
 そう言い残すと、ブラウンは直ぐに部屋を出た。部屋に残ったダームはベッドに腰掛け、そのままブラウンの帰りを待つ。暫くしてブラウンは戻り、ダームは礼を言ってシーツを受け取った。対するブラウンは笑みを浮かべ、軽く左目を瞑ってみせる。
 
「気にすんなって。服の礼だし」
 そう伝えると、ブラウンは軽く手を振った。一方、ダームはベッドを一瞥し、ゆっくり息を吸い込んでから口を開く。
「じゃあ、早速敷いちゃうね」
 そう言うと、少年は掛け布団をベッドの端に寄せ、シーツを敷き始めた。この時、ブラウンは部屋を出ようとし、入れ替わる様にしてアークが現れる。
 
「お疲れ様です、シタルカー総司令!」
 ブラウンの声にダームは振り向き、名を呼ばれた当人は真面目な顔で話し始めた。
「御苦労様です、ブラウン。その様子だと、ここでの仕事は終わったようですね」
 そう話すと、アークは笑顔を浮かべて部屋を見回す。その部屋は、彼が以前に訪れた時より片付いており、淀んでいた空気も入れ替えられていた。また、彼が持ち出した布団も戻されており、それは多少ながらもふっくらしている。
 
「良い仕事をして下さったことは、部屋を見れば分かります。堅苦しい報告は不要ですから、向かおうと思っていた場所へどうぞ」
 アークの台詞を聞いたブラウンは、はっきりとした声で肯定の返事をなした。その後、ブラウンは足早に部屋から立ち去り、アークは微笑みながらダームに歩み寄る。
 
「お疲れ様です、ダーム。随分と綺麗になりましたね」
 そう伝えると、アークは部屋を見回した。賛辞を受けた少年は頬を赤らめ、小さな声で話し始める。
「そうかな? 埃を落として、汚れている所を拭いただけなんだけど」
 そう返すと、ダームは軽く後頭部を掻いた。対するアークは優しく微笑み、少年の目を真っ直ぐ見つめる。
 
「悲しいことに、それすら出来ない方も居るのですよ」
 アークは、そう伝えたところで溜め息を吐き、気怠そうに話を続ける。
「実際問題、ダームが掃除をするまで、放置されていましたし」
 そう話すと、アークは首をゆっくり横に振る。
「ここに住んでいた方が居たのですが、突然辞めてしまいまして。知っての通り、部屋を掃除せずに去っていったんですよ」
 アークは、そう伝えた所で少年の目を見つめた。
 
「と……すみません。ダームに愚痴っても仕方無いですよね」
 アークは、そう言うと気まずそうに微苦笑する。
「ところで、ダーム。今回も訓練を受けてみますか? ここからだと訓練所は少し遠いですし、日数も少ないですが」
 その問いにダームは首を傾げ、暫く考えた後で口を開いた。
「うん。距離は気にならないし、もっと力を付けたいから」
 そう返すと、少年は明るく笑ってみせる。一方、返答を聞いたアークは頷き、微笑みながら口を開いた。
 
「分かりました。それでは、話を通してしておきましょう。訓練場所や開始時間は、説明するまでも無いですよね?」
 その問いに少年は頷き、彼の仕草を見たアークは部屋を出る。一方、ダームは窓から外を眺め、気合いを入れるかの様に頬を叩いた。

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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

絶賛成長期。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
ブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。



OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

魔物が増えて管理職が故の悩みが増えた。

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