冒険者の消える街
文字数 3,245文字
「それにしても、活気ねえな」
ベネットは頷き、周囲を見回す。周りに多くの店が並んでいるが、客を呼び込む店員は居なかった。
「確かにな。これだけ店が並んでいるのに、声を掛けてくる者は居ない」
ダーム首を傾げ、どこか不思議そうに話し始める。
「空気が乾燥しているから、しゃべりたくないんじゃないの?」
ザウバーは頷き、口元を押さえて咳をする。
「かもな。こうも乾燥してると、冷たい物を飲みながら休みたくなる」
ザウバーは目線を左右に動かした。しかし、その近くに飲食店は無く、彼は残念そうに溜め息を吐く。
その後、彼らは街の中を散策し、三階建ての宿を見つけた。その宿は、殆どが木で作られており、入り口の上に大きな緑色の葉が張り付けられている。
宿に入ると、そこは屋外より涼しかった。また、入口の正面に木製の台が置かれ、そこに一冊のノートが置かれている。台の上に数本の筆記用具も用意され、ダームはノートを捲る。ノートには日付や名前が書き込まれており、少年は仲間の方に顔を向けた。
「ここに名前を書けば良いのかな?」
仲間は、辺りを見回して従業員が居ないか確認する。しかし、彼らの近くに人は居らず、ザウバーは気怠そうに言葉を発した。
「やめとけ」
ザウバーは、少年の体越しにノートを閉じる。この時、宿の奥から足音が聞こえ、それは段々と大きくなった。この為、ダームらは足音のする方へ顔を向け、そのまま様子を窺う。すると、恰幅の良い女性が現れ、息を切らしながら台に右手をつく。
「お待たせしてしまってすみません。宿泊で宜しいですか?」
女性はノートを手に取り、三人の目を順に見る。問い掛けられた者達は顔を見合わせ、ダームは女性の顔を見て頷いた。すると、女性は台に置かれたノートを広げ、直ぐに日付を書き込んだ。彼女は、そうした後で黒色のペンを客に渡し、指先でノートを指し示す。
「こちらに名前をお願いします」
女性は後退し、ダームは言われた通り名前を書き込む。少年は、三人分の名前を記入したところでペンを置き、女性はノートに書かれた名を確認した。
彼女は、そうした後で部屋の案内を始め、ダーム達はその後を追う。案内された部屋へ入ると、簡素なベッドとテーブルが置かれていた。ベッドにはタオルしか乗せられておらず、枕は乾燥させた草を編んで作られていた。また、窓の外側に簾が掛けられ、それが室内の気温を低くしていた。
テーブルの周りに有る椅子は低く円形で、通気性を考えてのことか複数の穴が開いている。少年は、その部屋に入るなり、椅子に座って寛ぎ始めた。それを見た宿の女性は微笑し、頭を下げる。
「冷たい飲み物をお持ちしますね」
そう言って女性は退室し、ザウバーやベネットも椅子に座った。彼らは、そうした後で顔を見合わせ、自らの横に荷物を置く。
「何か落ち着かねえな」
ザウバーは椅子に座り直し、足を組んだ。
「何が落ち着かないの? 何か違う感じは有るけど、この椅子」
ダームは首を傾げ、青年の目を見つめる。少年の問いを聞いた者は軽く笑い、足先を動かした。
「お前より足が長いからな。収まりが悪いんだよ、収まりが」
青年の話を聞いたダームは、呆れた様子で口角を下げる。少年は、そうした後で溜め息を吐き、上体を後ろに傾けた。
「そんなに違わないよ。それに、何年かしたら追い抜かすから」
そう返すと、ダームは自信あり気な笑顔を浮かべる。この際、二人のやり取りを聞いていたベネットは微笑み、少年が座る椅子を一瞥した。
「確かに、座りにくくはあるな。部屋に置かれているものも、今まで泊まってきた所と違うものも多い」
その時、従業員が木製の板を持って現れた。その板には青い硝子製のコップが乗せられ、それぞれに冷えた飲み物が注がれている。従業員は、テーブルの前で膝をつき、コップを机上に置いた。
「お待たせしました。酸味が効いていて、疲れた体にも良いですよ」
女性は盆を胸に抱えて立ち上がり、首を傾げた。
「それにしても珍しい、子供を連れて旅行なんて。この辺りは、観光する様な場所も無いでしょ?」
女性は溜め息を吐き、目を細める。
「最近は、砂嵐の起こる頻度が増えていてね……訪れるお客さんも減っているのよ」
話を聞いた者達は顔を見合わせ、少年は不安そうに従業員の顔を見上げた。すると、女性は片手を膝に当てて中腰になり、少年に目線を合わせる。
「街の中に居る分には安全。街から出た後に、行方不明になる人が居るだけ」
ベネットは目を細め、怪訝そうに聞き返した。
「街を避ける様に嵐が起き、街の外の人だけを浚っていくと? 私が見たところ、街の周りに風を防ぐ設備や樹木は無かった」
「さあねえ……人が消えたのは砂嵐のせいだって噂を、聞いただけだから」
女性は細く息を吐き、話を続ける。
「街の人間は、そんなに被害を受けていないんだよ。良質の鉱石やお宝が眠っている、って噂の洞窟が在ってね。それに一番近いのが、このデザトの街なんだ」
従業員は、どこか疲れた様子で溜め息を吐く。
「噂を聞き付けた冒険者が、ここに寄ってから向かうんだ。だけど、最近は帰ってくる人が殆ど居ない。それがあるから、洞窟の周辺で頻繁に嵐が起きるって話だ。まるで、お宝を守っている様に」
少年は肩をすくめ、話し手は首を傾げた。
「まさか、お客さん達も洞窟へ行くんじゃないだろうね? あそこは、街の住人だって近付かない。冒険者共を探しに行った連中が、消えちまってからは尚更ね!」
従業員は不機嫌そうな表情を浮かべた。この為、ダームは慌てた様子で仲間の顔を見、二人の出方を無言で窺う。
しかし、ザウバーもベネットも何かを言うことは無く、少年は俯いて息を吐いた。その後、彼らの間に会話は無く、従業員は部屋を出る。すると、緊張していた空気は自然と緩んでいき、青年は小さな声で話し始めた。
「危険な洞窟だってよ。お宝より、何が起きてんのか気になるな」
そう言って、ザウバーは仲間の顔を見る。
「相当危ない場所みたいだし、助けに行く義理も」
「偶然辿り着いたら別だよね?」
ダームは、青年が話し終わらない内に口を出し、にっこりと笑顔を浮かべてみせる。一方、ザウバーは苦笑しながら少年の目を見つめ、それから無言で頷いた。
「そうだな。私達は、聖霊の噂を聞いてこの街まで来た。力を手に入れる過程で、敵が出れば倒すし、目の前に傷付いている者が居るなら助ければ良い」
ベネットは、そう返すと青年の顔を見つめる。すると、ザウバーは渋々ながらも頷き、その仕草を見たダームは大きく頷いた。
「でも、何でおばさん怒ってたんだろ? 僕達、洞窟に行くとは言ってないのに」
少年の仲間は顔を見合わせ、それから青年が話し始める。
「冒険者を助けようとして、街の奴らまで消えた。それが気に食わねえんだろ」
そう返すと青年は腕を組み、片目を瞑った。
「或いは、洞窟へ向かわぬ様、釘を刺したのかも知れないな。あの方から見たらダームは子供だ。危険な目に会わせたくない気持ちも有るだろう」
二人の考えを聞いたダームと言えば、少しの間考えてから頷いた。
「どっちの考えが合っているか分からないけど、悪気が無いのは確か……かなあ」
少年は、そう言うとコップを手に取り、喉を潤す。コップが空になった時、青年は食料の買い出しに行こうと提案する。提案を聞いた二人は肯定の返事をし、財布や買った物を入れる袋を持って部屋を出た。
その後、買い物を終えた三人は部屋へ戻り、次の日に向かう場所を確認する。そうしている内に時間は経ち、彼らは部屋に届けられた夕食を食べ始めた。その献立は、パンやスープの他に揚げ物も有り、デザートの果物も用意されていた。少年は嬉しそうに食事を進め、食べ終えたところで腹をさすった。三人は、食事を終えた後で探索の準備をし、年の若い順に眠りに落ちた。そして、朝食を摂ると少し休んでから街を出、目的とする場所へ向かい始める。
ベネットは頷き、周囲を見回す。周りに多くの店が並んでいるが、客を呼び込む店員は居なかった。
「確かにな。これだけ店が並んでいるのに、声を掛けてくる者は居ない」
ダーム首を傾げ、どこか不思議そうに話し始める。
「空気が乾燥しているから、しゃべりたくないんじゃないの?」
ザウバーは頷き、口元を押さえて咳をする。
「かもな。こうも乾燥してると、冷たい物を飲みながら休みたくなる」
ザウバーは目線を左右に動かした。しかし、その近くに飲食店は無く、彼は残念そうに溜め息を吐く。
その後、彼らは街の中を散策し、三階建ての宿を見つけた。その宿は、殆どが木で作られており、入り口の上に大きな緑色の葉が張り付けられている。
宿に入ると、そこは屋外より涼しかった。また、入口の正面に木製の台が置かれ、そこに一冊のノートが置かれている。台の上に数本の筆記用具も用意され、ダームはノートを捲る。ノートには日付や名前が書き込まれており、少年は仲間の方に顔を向けた。
「ここに名前を書けば良いのかな?」
仲間は、辺りを見回して従業員が居ないか確認する。しかし、彼らの近くに人は居らず、ザウバーは気怠そうに言葉を発した。
「やめとけ」
ザウバーは、少年の体越しにノートを閉じる。この時、宿の奥から足音が聞こえ、それは段々と大きくなった。この為、ダームらは足音のする方へ顔を向け、そのまま様子を窺う。すると、恰幅の良い女性が現れ、息を切らしながら台に右手をつく。
「お待たせしてしまってすみません。宿泊で宜しいですか?」
女性はノートを手に取り、三人の目を順に見る。問い掛けられた者達は顔を見合わせ、ダームは女性の顔を見て頷いた。すると、女性は台に置かれたノートを広げ、直ぐに日付を書き込んだ。彼女は、そうした後で黒色のペンを客に渡し、指先でノートを指し示す。
「こちらに名前をお願いします」
女性は後退し、ダームは言われた通り名前を書き込む。少年は、三人分の名前を記入したところでペンを置き、女性はノートに書かれた名を確認した。
彼女は、そうした後で部屋の案内を始め、ダーム達はその後を追う。案内された部屋へ入ると、簡素なベッドとテーブルが置かれていた。ベッドにはタオルしか乗せられておらず、枕は乾燥させた草を編んで作られていた。また、窓の外側に簾が掛けられ、それが室内の気温を低くしていた。
テーブルの周りに有る椅子は低く円形で、通気性を考えてのことか複数の穴が開いている。少年は、その部屋に入るなり、椅子に座って寛ぎ始めた。それを見た宿の女性は微笑し、頭を下げる。
「冷たい飲み物をお持ちしますね」
そう言って女性は退室し、ザウバーやベネットも椅子に座った。彼らは、そうした後で顔を見合わせ、自らの横に荷物を置く。
「何か落ち着かねえな」
ザウバーは椅子に座り直し、足を組んだ。
「何が落ち着かないの? 何か違う感じは有るけど、この椅子」
ダームは首を傾げ、青年の目を見つめる。少年の問いを聞いた者は軽く笑い、足先を動かした。
「お前より足が長いからな。収まりが悪いんだよ、収まりが」
青年の話を聞いたダームは、呆れた様子で口角を下げる。少年は、そうした後で溜め息を吐き、上体を後ろに傾けた。
「そんなに違わないよ。それに、何年かしたら追い抜かすから」
そう返すと、ダームは自信あり気な笑顔を浮かべる。この際、二人のやり取りを聞いていたベネットは微笑み、少年が座る椅子を一瞥した。
「確かに、座りにくくはあるな。部屋に置かれているものも、今まで泊まってきた所と違うものも多い」
その時、従業員が木製の板を持って現れた。その板には青い硝子製のコップが乗せられ、それぞれに冷えた飲み物が注がれている。従業員は、テーブルの前で膝をつき、コップを机上に置いた。
「お待たせしました。酸味が効いていて、疲れた体にも良いですよ」
女性は盆を胸に抱えて立ち上がり、首を傾げた。
「それにしても珍しい、子供を連れて旅行なんて。この辺りは、観光する様な場所も無いでしょ?」
女性は溜め息を吐き、目を細める。
「最近は、砂嵐の起こる頻度が増えていてね……訪れるお客さんも減っているのよ」
話を聞いた者達は顔を見合わせ、少年は不安そうに従業員の顔を見上げた。すると、女性は片手を膝に当てて中腰になり、少年に目線を合わせる。
「街の中に居る分には安全。街から出た後に、行方不明になる人が居るだけ」
ベネットは目を細め、怪訝そうに聞き返した。
「街を避ける様に嵐が起き、街の外の人だけを浚っていくと? 私が見たところ、街の周りに風を防ぐ設備や樹木は無かった」
「さあねえ……人が消えたのは砂嵐のせいだって噂を、聞いただけだから」
女性は細く息を吐き、話を続ける。
「街の人間は、そんなに被害を受けていないんだよ。良質の鉱石やお宝が眠っている、って噂の洞窟が在ってね。それに一番近いのが、このデザトの街なんだ」
従業員は、どこか疲れた様子で溜め息を吐く。
「噂を聞き付けた冒険者が、ここに寄ってから向かうんだ。だけど、最近は帰ってくる人が殆ど居ない。それがあるから、洞窟の周辺で頻繁に嵐が起きるって話だ。まるで、お宝を守っている様に」
少年は肩をすくめ、話し手は首を傾げた。
「まさか、お客さん達も洞窟へ行くんじゃないだろうね? あそこは、街の住人だって近付かない。冒険者共を探しに行った連中が、消えちまってからは尚更ね!」
従業員は不機嫌そうな表情を浮かべた。この為、ダームは慌てた様子で仲間の顔を見、二人の出方を無言で窺う。
しかし、ザウバーもベネットも何かを言うことは無く、少年は俯いて息を吐いた。その後、彼らの間に会話は無く、従業員は部屋を出る。すると、緊張していた空気は自然と緩んでいき、青年は小さな声で話し始めた。
「危険な洞窟だってよ。お宝より、何が起きてんのか気になるな」
そう言って、ザウバーは仲間の顔を見る。
「相当危ない場所みたいだし、助けに行く義理も」
「偶然辿り着いたら別だよね?」
ダームは、青年が話し終わらない内に口を出し、にっこりと笑顔を浮かべてみせる。一方、ザウバーは苦笑しながら少年の目を見つめ、それから無言で頷いた。
「そうだな。私達は、聖霊の噂を聞いてこの街まで来た。力を手に入れる過程で、敵が出れば倒すし、目の前に傷付いている者が居るなら助ければ良い」
ベネットは、そう返すと青年の顔を見つめる。すると、ザウバーは渋々ながらも頷き、その仕草を見たダームは大きく頷いた。
「でも、何でおばさん怒ってたんだろ? 僕達、洞窟に行くとは言ってないのに」
少年の仲間は顔を見合わせ、それから青年が話し始める。
「冒険者を助けようとして、街の奴らまで消えた。それが気に食わねえんだろ」
そう返すと青年は腕を組み、片目を瞑った。
「或いは、洞窟へ向かわぬ様、釘を刺したのかも知れないな。あの方から見たらダームは子供だ。危険な目に会わせたくない気持ちも有るだろう」
二人の考えを聞いたダームと言えば、少しの間考えてから頷いた。
「どっちの考えが合っているか分からないけど、悪気が無いのは確か……かなあ」
少年は、そう言うとコップを手に取り、喉を潤す。コップが空になった時、青年は食料の買い出しに行こうと提案する。提案を聞いた二人は肯定の返事をし、財布や買った物を入れる袋を持って部屋を出た。
その後、買い物を終えた三人は部屋へ戻り、次の日に向かう場所を確認する。そうしている内に時間は経ち、彼らは部屋に届けられた夕食を食べ始めた。その献立は、パンやスープの他に揚げ物も有り、デザートの果物も用意されていた。少年は嬉しそうに食事を進め、食べ終えたところで腹をさすった。三人は、食事を終えた後で探索の準備をし、年の若い順に眠りに落ちた。そして、朝食を摂ると少し休んでから街を出、目的とする場所へ向かい始める。