英雄とお兄ちゃんはちょっと遅刻するもの
文字数 1,620文字
「兄さん、僕の元に入学案内が届いたよ」
少年は、繊細な細工がなされた宝石を、愛しむ様に両手で包みこんでいる。その隙間から僅かな光が漏れ、少年の顔を仄かに照らしていた。
「だから、また会える。待っていて兄さん」
少年は、宝石を良く見ようと手を開いた。しかし、彼が良く見るよりも前に、それは背後から掴まれてしまう。
少年の首に掛けられていたネックレスは、宝石が力任せに引かれた際にチェーンが壊れた。この為、少年は絶望した様子で、宝石を取り上げた者の方を振り返った。
「こんな高そうなもの、一体何処で手に入れたんだか」
「返して!」
少年は目一杯手を伸ばし、奪われた宝石を取り戻そうとした。しかし、略奪者と少年の身長差は大きく、小さな細い手は空を切るばかりだった。
「返してだぁ? そもそも、何でお前がこんな」
「返してったら!」
少年が叫んだ時、略奪者の腕が根元から切り落とされた。その衝撃で略奪者が持っていた宝石は床に落ち、繊細な細工は壊れた。
紫色の宝石は、細工が壊れた箇所から零れ落ち、強い光を放った。その光は略奪者や少年を包み込み、その視界を奪う。
「誰にも見せちゃ駄目だって約束したのに。悪い子だね」
光の中、少年の耳には聞き慣れた声が響いた。しかし、その声は単調で、声の主の感情は感じ取れない。
「今日のことは忘れて眠れ。目覚めた時、君は全ての苦しみや怒りを忘れ、新しい街で入学までの時間を静かに過ごせ」
強い光の中、少年の顔は大きな手で覆われた。少年は涙を流しながら眠りに落ち、その体は床で横たわった。
「奪うこと、傷付けることだけは立派な愚者」
光は消え、少年と略奪者の間に、黒いローブを身に纏った者の姿があった。厚手の黒いローブには、同色のフードも縫い付けられ、微かに露出している髪も黒かった。
一方、腕を切り落とされた略奪者から滴る血液は赤く、止まる様子を見せない。
「僕は魔法使いではありますが、回復魔法の類は使えません。ただ、その逆属性の魔法適正は、何百年かに居るか居ないかの逸材だそうです」
ローブを身に纏った者は、略奪者に体を向けながら話し始めた。その声は酷く冷たく、抑揚もない。
「僕を、僕達を苛め抜いて下さり感謝いたします。一説に寄れば、人間、それも血族を長く苦しめる能力のある者程高い適正がある属性ですから。それに関しては英才教育をしてくださいましたね? おかげで、習ってもいない呪詛の類も、古の呪詛も、遠い昔に禁じられ伝わることもなかった呪詛も……僕は簡単に発動させることが出来る」
血を流し続けた略奪者は、ふらついて床に腰を打ち付けた。一方、ローブを身に纏った者は、顔を傾けて略奪者を見る。
「死ぬことの出来ない呪詛。死ねことは出来ぬくせに怪我は治らず、様々な病には襲われ、老化もまた逃れられはしない。本来、不老長寿の術として研究された魔法の厄介な副産物ですが、長期的に他者を苦しめるのに、これ以上の魔法は今の僕には思い付きません」
発言者は、ローブの中から暗褐色の杖を取り出した。その杖の先には、暗い紫色の宝石が塡められている。
その宝石は、大人の拳の大きさがあり、黒い蔓によって木製の杖に縛り付けられていた。杖の先が略奪者に向けられた時、紫色の宝石は光り始める。
「憐れな罪人に罰則を。永久 に楽にはなれず、逃げることすら叶わぬ苦しみを。我が××××の名において命ずる。解ける事無き呪詛を、憐れな罪人へ与えたまえ」
宝石から発せられた光は強まり、略奪者の体を包み込んだ。その光は、次第に黒みを増していき、黒い靄の様になった後で略奪者の胸元に吸い込まれた。
この際、略奪者は意識を失い、床に伏した。略奪者の血は相変わらず流れていたが、呼吸は規則的に続いている。
「残念、まだ術式は不完全でしたか」
ローブの者は独りごち、眠ってしまった少年を抱き上げた。それから、ローブの者は少年ごと姿を消し、二度と略奪者の前に現れることは無かった。
少年は、繊細な細工がなされた宝石を、愛しむ様に両手で包みこんでいる。その隙間から僅かな光が漏れ、少年の顔を仄かに照らしていた。
「だから、また会える。待っていて兄さん」
少年は、宝石を良く見ようと手を開いた。しかし、彼が良く見るよりも前に、それは背後から掴まれてしまう。
少年の首に掛けられていたネックレスは、宝石が力任せに引かれた際にチェーンが壊れた。この為、少年は絶望した様子で、宝石を取り上げた者の方を振り返った。
「こんな高そうなもの、一体何処で手に入れたんだか」
「返して!」
少年は目一杯手を伸ばし、奪われた宝石を取り戻そうとした。しかし、略奪者と少年の身長差は大きく、小さな細い手は空を切るばかりだった。
「返してだぁ? そもそも、何でお前がこんな」
「返してったら!」
少年が叫んだ時、略奪者の腕が根元から切り落とされた。その衝撃で略奪者が持っていた宝石は床に落ち、繊細な細工は壊れた。
紫色の宝石は、細工が壊れた箇所から零れ落ち、強い光を放った。その光は略奪者や少年を包み込み、その視界を奪う。
「誰にも見せちゃ駄目だって約束したのに。悪い子だね」
光の中、少年の耳には聞き慣れた声が響いた。しかし、その声は単調で、声の主の感情は感じ取れない。
「今日のことは忘れて眠れ。目覚めた時、君は全ての苦しみや怒りを忘れ、新しい街で入学までの時間を静かに過ごせ」
強い光の中、少年の顔は大きな手で覆われた。少年は涙を流しながら眠りに落ち、その体は床で横たわった。
「奪うこと、傷付けることだけは立派な愚者」
光は消え、少年と略奪者の間に、黒いローブを身に纏った者の姿があった。厚手の黒いローブには、同色のフードも縫い付けられ、微かに露出している髪も黒かった。
一方、腕を切り落とされた略奪者から滴る血液は赤く、止まる様子を見せない。
「僕は魔法使いではありますが、回復魔法の類は使えません。ただ、その逆属性の魔法適正は、何百年かに居るか居ないかの逸材だそうです」
ローブを身に纏った者は、略奪者に体を向けながら話し始めた。その声は酷く冷たく、抑揚もない。
「僕を、僕達を苛め抜いて下さり感謝いたします。一説に寄れば、人間、それも血族を長く苦しめる能力のある者程高い適正がある属性ですから。それに関しては英才教育をしてくださいましたね? おかげで、習ってもいない呪詛の類も、古の呪詛も、遠い昔に禁じられ伝わることもなかった呪詛も……僕は簡単に発動させることが出来る」
血を流し続けた略奪者は、ふらついて床に腰を打ち付けた。一方、ローブを身に纏った者は、顔を傾けて略奪者を見る。
「死ぬことの出来ない呪詛。死ねことは出来ぬくせに怪我は治らず、様々な病には襲われ、老化もまた逃れられはしない。本来、不老長寿の術として研究された魔法の厄介な副産物ですが、長期的に他者を苦しめるのに、これ以上の魔法は今の僕には思い付きません」
発言者は、ローブの中から暗褐色の杖を取り出した。その杖の先には、暗い紫色の宝石が塡められている。
その宝石は、大人の拳の大きさがあり、黒い蔓によって木製の杖に縛り付けられていた。杖の先が略奪者に向けられた時、紫色の宝石は光り始める。
「憐れな罪人に罰則を。
宝石から発せられた光は強まり、略奪者の体を包み込んだ。その光は、次第に黒みを増していき、黒い靄の様になった後で略奪者の胸元に吸い込まれた。
この際、略奪者は意識を失い、床に伏した。略奪者の血は相変わらず流れていたが、呼吸は規則的に続いている。
「残念、まだ術式は不完全でしたか」
ローブの者は独りごち、眠ってしまった少年を抱き上げた。それから、ローブの者は少年ごと姿を消し、二度と略奪者の前に現れることは無かった。