兄弟の別れ
文字数 1,610文字
昼食を摂った後も、ザウバーは本棚から本を取り出しては調べ、手掛かりにならない本だけを元の場所に戻していった。そうしている内に日は暮れ、ザウバーは疲れた様子で息を吐く。
(研究職が、俺には向いてねえことだけは分かったな)
未だ彼の仲間はヘイデルから戻らず、ザウバーは一人きりの夕食を摂った。そして、彼は洗い物をしながら深い溜め息を吐く。
(アイツらと出会う前は、これが俺の普通だったな。いつの間にか、何かが弱くなっちまった)
洗い物を済ませたザウバーは、夜遅くまで資料を読み続けた。彼は、日付が変わった後でベッドに横たわり、そっと目を閉じた。
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「来月から、僕は全寮制の学校に入る。だから、ザウバーと簡単には会えなくなる」
それを聞いた弟は口を引き結び、目を伏せる。
「何で? 学校って、入ると簡単には会えなくなるの?」
その問いに、兄は困った様な表情を浮かべた。しかし、直ぐに笑顔を作ると、弟の頭を優しく撫でる。
「魔法使い用の学校はね、時間や季節を限定して使える魔法も教えているんだ。だから、それを教わる為に、生徒はずっと学校に居ないといけない。時間や季節、そう言った条件が魔法発動に関わることもあるから、授業は変動的で……天気によっては出来ない授業もあるらしいから、ずっと学校の敷地内に居なければならない」
兄は腰を曲げて弟と目線を合わせた。弟は目に涙を溜め、鼻を啜る。
「じゃあ、学校になんて」
「それだけは、ザウバーの頼みでもきけない。僕が僕として生きていく為にも、僕達の未来の為にも、それだけは出来ない」
兄は低い声で言葉を紡ぎ、弟の肩を掴んだ。
「良いかい、ザウバー? 人間には、その時その時でやるべきことがある。僕にとって、これからは自分の為に知識やスキルを付けるべき時間なんだ。それを遮ることは、ザウバーでも許せない」
兄は手に力を込め、肩の痛みに弟は顔を歪める。
「生きていく為に必要な、最低限のことは教えた。当面必要な衣服も誂えた。長期保存が可能な食糧も準備した。もう、来月には僕はザウバーを置いて行かなければならない。それが分かっているから、ずっと準備をしてきた。だから」
兄は弟から手を離し、曲げていた腰を伸ばした。そして、冷たい眼差しで弟を見下ろすと、右手を自らの顎に添える。
「それ以上のことはもうやらない。僕から教えられることは全て教えた。これ以上のことは、もう僕には出来ないから……君が学校に通える年になるまで、お別れするしか出来ない」
兄は弟に背を向け、歩き始めた。弟の瞳に映る兄の姿は涙で歪み、小さくなって消えた。
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「とうとう、明日が僕の入学式だ。ザウバー、もう言い残すことは無いよね? 一月前から、居なくなることは伝えていたから」
兄の問いに弟は肯き、微笑んで見せた。
「これから、ザウバーが学校に入学する迄の間、僕達は会うことが出来ない。だから、旅立つ前にこれをあげよう」
兄は、中心部に紫色の宝石を塡め、繊細な細工がなされたネックレスを弟に見せた。そのネックレスは銀のチェーンによって弟の首に掛けられ、兄は満足そうな表情を浮かべる。
一方、弟はネックレスに吊された宝石をつまみ、良く見ようと目線の高さまで上げた。すると、その宝石は太陽光によって色を変え、繊細な細工がその光を増幅した。
「それはお守り。暗い道でも君が進むべき道を示してくれるし、君がそのお守りに強く願えば、僕はザウバーの元に飛んでくるだろう」
弟は、兄から貰ったお守りを大切そうに両手で包み込んだ。すると、柔らかな菫色の光が、手や指の隙間からこぼれ落ちる。
「だから大切に持っていて欲しい。誰にも見つからない様に大切にしておいて欲しい。そのお守りだけが、離れて暮らす間の、僕達を繋ぐ唯一のものだから」
兄は弟を抱き締め、そのまま弟の後頭部を撫でた。それから、兄は身支度を済ませ、弟の元から旅立った。
(研究職が、俺には向いてねえことだけは分かったな)
未だ彼の仲間はヘイデルから戻らず、ザウバーは一人きりの夕食を摂った。そして、彼は洗い物をしながら深い溜め息を吐く。
(アイツらと出会う前は、これが俺の普通だったな。いつの間にか、何かが弱くなっちまった)
洗い物を済ませたザウバーは、夜遅くまで資料を読み続けた。彼は、日付が変わった後でベッドに横たわり、そっと目を閉じた。
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「来月から、僕は全寮制の学校に入る。だから、ザウバーと簡単には会えなくなる」
それを聞いた弟は口を引き結び、目を伏せる。
「何で? 学校って、入ると簡単には会えなくなるの?」
その問いに、兄は困った様な表情を浮かべた。しかし、直ぐに笑顔を作ると、弟の頭を優しく撫でる。
「魔法使い用の学校はね、時間や季節を限定して使える魔法も教えているんだ。だから、それを教わる為に、生徒はずっと学校に居ないといけない。時間や季節、そう言った条件が魔法発動に関わることもあるから、授業は変動的で……天気によっては出来ない授業もあるらしいから、ずっと学校の敷地内に居なければならない」
兄は腰を曲げて弟と目線を合わせた。弟は目に涙を溜め、鼻を啜る。
「じゃあ、学校になんて」
「それだけは、ザウバーの頼みでもきけない。僕が僕として生きていく為にも、僕達の未来の為にも、それだけは出来ない」
兄は低い声で言葉を紡ぎ、弟の肩を掴んだ。
「良いかい、ザウバー? 人間には、その時その時でやるべきことがある。僕にとって、これからは自分の為に知識やスキルを付けるべき時間なんだ。それを遮ることは、ザウバーでも許せない」
兄は手に力を込め、肩の痛みに弟は顔を歪める。
「生きていく為に必要な、最低限のことは教えた。当面必要な衣服も誂えた。長期保存が可能な食糧も準備した。もう、来月には僕はザウバーを置いて行かなければならない。それが分かっているから、ずっと準備をしてきた。だから」
兄は弟から手を離し、曲げていた腰を伸ばした。そして、冷たい眼差しで弟を見下ろすと、右手を自らの顎に添える。
「それ以上のことはもうやらない。僕から教えられることは全て教えた。これ以上のことは、もう僕には出来ないから……君が学校に通える年になるまで、お別れするしか出来ない」
兄は弟に背を向け、歩き始めた。弟の瞳に映る兄の姿は涙で歪み、小さくなって消えた。
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「とうとう、明日が僕の入学式だ。ザウバー、もう言い残すことは無いよね? 一月前から、居なくなることは伝えていたから」
兄の問いに弟は肯き、微笑んで見せた。
「これから、ザウバーが学校に入学する迄の間、僕達は会うことが出来ない。だから、旅立つ前にこれをあげよう」
兄は、中心部に紫色の宝石を塡め、繊細な細工がなされたネックレスを弟に見せた。そのネックレスは銀のチェーンによって弟の首に掛けられ、兄は満足そうな表情を浮かべる。
一方、弟はネックレスに吊された宝石をつまみ、良く見ようと目線の高さまで上げた。すると、その宝石は太陽光によって色を変え、繊細な細工がその光を増幅した。
「それはお守り。暗い道でも君が進むべき道を示してくれるし、君がそのお守りに強く願えば、僕はザウバーの元に飛んでくるだろう」
弟は、兄から貰ったお守りを大切そうに両手で包み込んだ。すると、柔らかな菫色の光が、手や指の隙間からこぼれ落ちる。
「だから大切に持っていて欲しい。誰にも見つからない様に大切にしておいて欲しい。そのお守りだけが、離れて暮らす間の、僕達を繋ぐ唯一のものだから」
兄は弟を抱き締め、そのまま弟の後頭部を撫でた。それから、兄は身支度を済ませ、弟の元から旅立った。