切り裂かれた服と仮説

文字数 2,363文字

 「今は休め。あれと戦うなら、今の状態じゃ無理だ」
 ザウバーは少年の剣を拾い、刀身を鞘に収めた。彼は、そうした後でダームを見下ろし、血に染まった上着を見つめる。その服は、左肩の辺りから右下腹部まで切り裂かれ、町を歩き回れる状態ではなかった。
 
「その服じゃ目立つ。人目に付かない場所で着替えとけ」
 ザウバーは、そう言うと少年の腕を掴んで立ち上がらせた。一方、ダームは物陰に向かい、そこで汚れてしまった服を脱ぐ。そして、荷物の中から上着を取り出すと、それを羽織って仲間の元に戻った。この際、少年の手には脱いだばかりの服が握られ、それを見たベネットは不安そうに問い掛ける。
 
「出血が少なくないな。寒気はないか?」
 問い掛けられたダームは首を振り、血痕を内側にして上着を畳む。

「この街は暖かいし、寒くないよ。怪我は、ベネットさんが治してくれたから痛くないし」
 そう言って笑顔を浮かべると、ダームは軽く胸を張った。彼の様子を見た青年は頷き、宿の入口に目線を向ける。
 
「じゃ、手続きをして休むとするか」
 そう言うなりザウバーは宿に入り、手続きを済ませて部屋に向かった。そして、自らの荷物をベッドに置くと、ダームの汚れた服に手を伸ばす。

「俺が洗ってくるから、お前は寝てろ」
 青年は服を手に取り、ダームは頷いてからベッドに腰掛けた。その後、ザウバーは血濡れの服を持って浴室へ向かい、そこで服に付いた汚れを落とす。彼は、服の汚れを落ときったところで部屋に戻り、テーブルの端にそれを掛けた。この時、ダームはベッドで横になっており、青年はその方に顔を向けた。
 
「乾いたら、縫い合わせるなりすれば着られるだろ。それが嫌なら捨てりゃ良い。直ぐに新しい服が手に入るか知らねえがな」
 そう言うと、青年は廊下に繋がるドアを見た。
 
「俺は買い物をしてくる。二人は、ここで休んでろ」
 ザウバーは、そう言うなり部屋を出、少年は横になったまま彼を見送る。ベネットは少年の顔を優しく見つめ、微笑みながら口を開いた。
 
「相変わらず慌ただしいな。だが、奴の言う通り休ませて貰うか」
 少年は頷き、天井を見上げた。

「なんだかんだ言って、優しいよね。口は悪いけど」
「不器用なのだろう。優しい心が無ければ、世界を救おうなどと、考えも付かない筈だ」
 ダームは口角を上げ、楽しそうな笑みを浮かべる。

「確かに。見ず知らずの僕を助けてくれたのだって、簡単に出来ることじゃないから」
 少年は腕を伸ばし、目を閉じた。彼の様子を見たベネットは、優しい声で話し掛ける。
 
「眠いなら寝てしまえ。休める時に休まないと体がもたん」
 ダームは目を瞑ったまま頷き、眠りに落ちた。数十分後、青年は買い物袋を椅子に置いた。彼は、そうした後で少年の顔を覗き込み、寝顔を見つめて息を吐く。服が渇いた頃、少年が体を起こした。彼は、ベッドの上で背中を伸ばすと、仲間の顔を見た。
 
「おは……じゃ、なかった」
 ダームは、苦笑しながらベッドから足を下ろした。ダームは、そうしてから青年の方へ向かい、机に干された服を手に取る。そして、それが乾いていることを確認すると、服の内側から腕を入れ、その切れ目から手を出した。
 
「最初から穴の開いた服だ……って言い通せば、大丈夫かな?」
 青年は苦笑し、呆れた様子で意見を話していく。

「通気性重視か? 暑い気候には向いてるかもな」
 彼らの話を聞いたベネットは、少年の持つ服を見る。少年は何度か手を出し入れし、それから首を傾げて話し始めた。
 
「例えば……空間が、この服みたいに突然切れて。それで、何となく手を入れてみて」
 ダームは、そう言った所で手を引き、代わりに右側の袖から腕を出した。

「その内、違う場所にも穴が有るって気付いて。でも、手を入れる場所は一緒だった……みたいな?」
 ザウバーは眉根を寄せ、首を傾げて聞き返す。
 
「言っている意味が分かんねえよ」 
 青年は頭を掻き、溜め息を吐く。この時、ダームはベネットに目線を送り、無言のまま意見を待った。

「つまり、あちらの入り口は一箇所だが、こちらの出口は複数。あたかも人間が着る服の様に、腕と頭の出る場所は始めから違っていた……そう言うことか?」
 ダームは、暫くの間を置いてから頷いた。二人のやり取りを聞いていた青年は、椅子の端に手を乗せて前かがみになる。
 
「面白しれえ仮定だな。それを決定付ける根拠も無きゃ、否定出来る意見もねえ」
 そう言うと、ザウバーは買い物袋に手を伸ばす。彼は袋に手を入れ、中に入っていた小袋をダームへ手渡した。袋を渡された者と言えば、不思議そうに中身を確認する。小袋の中には、薄く切られた干し肉が何枚も入っており、そこからスパイスの香りが漂っていた。
 
「体力を付けるには、やっぱり肉が良いだろ」
 そう言ってザウバーは微笑み、ダームは干し肉の一枚を口へ放り込む。少年は、その肉をゆっくりと咀嚼し、頬を赤くしながら目を細めた。ダームは、充分味わってから息を吐くと、満足そうな表情を浮かべる。
 
「これ、噛めば噛む程美味しい。何の肉なの?」
 ザウバーは小さく笑い、ダームの疑問に答え始めた。

「この近くに生息する、ランメルとか言う獣の肉だ。毛皮は高値で売れるが、肉は臭くて酒に浸けてからじっくり干さねえと食えたもんじゃねえらしい」
 話を聞いた少年は、小袋から干し肉を一枚出して匂いを嗅ぐ。
 
「だが、その手間さえ掛ければ、旨味や栄養が増すって話だ。ま、どの道珍味扱いみてえだけどな」
 ザウバーは、そう言うと少年が持っていた干し肉を摘んで口に入れる。一方、ダームは目を丸くし、青年を見つめた。ザウバーは肉を良く噛んでから嚥下し、右手の親指で唇を拭う。

「沢山食うには向かないかもな」
 そう呟くと、彼は開いている椅子に腰を下ろした。
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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

絶賛成長期。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
ブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。



OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

魔物が増えて管理職が故の悩みが増えた。

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