ガチムチの巣窟

文字数 4,020文字

「待っ」
 咄嗟の呼び掛けも虚しく、青年はダームの前から姿を消した。この為、ダームは肩を落として溜め息を吐き、机に置かれた帽子を指先でつく。
「相変わらず慌ただしいですね。借りた物を返していくのは、関心致しますが」
 アークは、そう言うと帽子に手を伸ばし、自分の方へ引き寄せる。
 
「マルンでしたか。お二人が、初めてヘイデルへ来た際に向かった先ですね」
 アークの話を聞いた少年は頷き、コップに注がれたジュースを一口飲む。
「うん。ここから近いし、分かりやすいと思う。僕の話を聞かずに決めたのは、ちょっと頭に来たけど」
 ダームは、そう伝えると口を尖らせてみせた。
 
「何時だってそう。この間だって、勝手に居なくなるし。そりゃ、ザウバーは一人で沢山の魔物を倒せるけど……僕たちは仲間なのに。少し位、僕のことを信頼してくれたって良いのに」
 少年は一気にジュースを飲み干した。彼の様子を見たアークは目を瞑り、少年の意見を認める様に何度か頷く。
 
「ダームの言う通りです。二人が知り合ってから、結構な時が経っていますし。相談無しに決めるのは感心しませんね」
 そこまで言ったところでアークは左目を開き、右手の人差し指を立ててみせる。

「実際、相談をしないで行動に移したせいで、ダームやベネット様を危険に曝しましたし。それに、然程懲りていない節も有るところが憎らしい」
 そう言ってアークは右目を開き、微笑する。一方、少年は首を傾げ、小さな声で話し始めた。
 
「憎くは無いかな。何度もやられたら、頭にきちゃうけど」
 少年は、困惑した様子で頬を掻いた。対するアークは微笑し、微笑んだまま口を開く。
「ダームは優しいのですね。少しくらいの事なら、簡単に許してしまう」
 ダームは不思議そうに首を傾げ、その仕草を見た者は話を続ける。

「人間、年を取るにつれて頭が固くなると言いますか。簡単に許せなくなってしまうものなのです」
 アークは、そこまで話したところで苦笑し、細く息を吐き出した。
 
「ですから、柔軟な考えの出来るダームが羨ましいと言いますか。私も結構な年だと、多少なりとも衝撃を受けたと言いますか」
 そこまで話したところで、アークは少年の目を優しく見つめる。一方、彼の話を聞いた者と言えば、益々理解が出来ないと言った風に苦笑いを浮かべた。
 
「ごめんなさい。僕には、アークさんの話は難しくて分からない」
 少年は、そう言うと軽く後頭部を掻いた。この際、アークは数秒程考えた後で頷き、落ち着いた声で話し始める。
「いずれ、ダームにも分かる時が来ます。それまでは、今のままでいて下さい」
 そう話すと、アークは自ら頼んだ飲み物に口を付ける。そして、彼はそれを一口飲むと、温かな呼気を吐き出した。
 
「ところで、予定は決まっていますか? 宿泊場所が決まっていないのなら、宿舎の開いている部屋をお貸しすることも可能です。とは言え、暫く使っていない部屋なので、掃除を任せる形にはなってしまいますが」
 そう問い掛けると、アークは少年の反応を待った。一方、彼の問いを聞いた少年は少し考えてから頷き、明るい声で答えを返す。

「ありがとう、アークさん。そこなら前に泊まったから安心だし。掃除は嫌いじゃない」
 ダームは、そう言うと笑顔を浮かべ、楽しそうに話を続ける。
「それに、仲良くしてくれた人達にも会いたい。アークさんがそうしてくれるなら、僕は嬉しい」
 少年は、そう言うと濁りの無い瞳でアークを見つめる。アークは笑顔で頷き、残っていた珈琲を飲み干した。

「それでは、早速手続きを行いましょう。ダームが宿舎に居るのなら、連絡もしやすいですし助かります」
 そう言って、アークは少年の目を見つめ返す。彼は、暫くそうした後で立ち上がり、その動きを見たダームも立ち上がった。
 
「長く居座るのは、店に悪いですからね。私が会計を済ませますから、ダームは店の外で待っていて下さい」
 少年は大きく頷き、直ぐに店の外へ向かった。一方、アークは三人分の会計を済ませてから外に出、そこで少年の名を優しく呼ぶ。すると、少年はアークの元へ駆け寄り、笑顔を浮かべた。
 
「参りましょう。私が手続きさえ済ませば、後はダーム一人でも余裕でしょう」
 アークは、そう伝えると歩き始め、少年は彼の横について進んでいく。彼らは、警備兵の宿舎まで来たところで立ち止まり、アークは慣れた様子で手続きを始めた。

 手続きを終えたアークは少年に向き直り、名を呼んだ。そして、宿舎の方へ目線をやると、ダームを案内する為に歩き始める。この際、ダームはアークの後ろについて行き、二人は多くのドアが並ぶ廊下まで進んだ。アークは、一番奥のドアまで来たところで立ち止まり、微苦笑しながら口を開く。
 
「ここです。使っていない個室ですし、自由に使って頂いて構いません。必要最低限のものしか有りませんが、共有スペースに大概のものは揃っています」
 アークは、そう言うと部屋のドアを開け、ダームに中へ入るよう伝えた。少年は指示通り入室し、部屋の中を軽く眺める。

 その部屋は、ドアの対面に窓が在り、それは水色のカーテンで覆われている。また、向かって右側にベッドが在り、その足元側に木製のクローゼットが備えられていた。部屋の広さはベッド二つ分程しか無く、床にうっすらと埃が積っていた。その上、ベッドに置かれた布団は湿っぽく、ダームは思わず窓を開ける。
 
「掃除用具も共用です。取ってきますから、ダームはここで待っていて下さい」
 アークは、そう言い残すと部屋を離れ、少年はドアの方を振り返った。しかし、そこにアークの姿は無く、ダームは窓から顔を出して深呼吸をする。窓の外には、雑草だらけの小さなスペースが在り、鉄柵が建物を囲う様に作られていた。ダームは、暫く外の空気を吸った後で顔を引っ込め、ベッドに腰掛けてアークを待つ。
 
 程なくしてアークが戻り、ダームは立ち上がる。この時、アークは左手に水の入ったバケツを持っており、それに灰色掛かった雑巾を掛けていた。また、彼の右手にはハタキが握られ、簡単な掃除をする道具は揃っていた。

「お待たせしました。後のことはここの班長に任せましたので、私は暫く抜けますね」
 そう言ってアークは掃除用具を置き、代わりに掛け布団やシーツを抱え込んだ。
 
「仕事部屋に戻りがてら干してきます。場所は、後から来る方に聞いて下さい」
 そう言い残すと、アークは部屋を立ち去った。部屋に残されたダームはハタキに手を伸ばし、クローゼットに積もった埃を落とし始める。
 
 部屋の掃除が終わる頃、ダームの居る部屋に男性が現れた。訪問者の髪は短く刈られ、その色は赤みがかった茶色をしている。また、彼は警備兵用の青い制服を身に付けており、白い手袋をはめていた。男性の身長はダームより高く、それでいて体型は細かった。しかし、彼に貧相な印象は全くなく、鍛え上げられた体に贅肉は殆ど付いていない。
 
「久しぶりだな」
 そう呼びかけると、男性は左手を上げて横に振る。彼の声を聞いた少年はその方を見やり、驚いた様子で声をあげた。
「ブラウンさん!」
 ダームは、そう言うと手に持っていた雑巾をバケツに入れ、訪問者の元へ向かう。ブラウンは、笑顔を浮かべて少年の方へ手を伸ばし、ダームの頭を力強く撫でた。
 
「暫く見ない間に逞しくなったじゃないか。身長も、少しは伸びたみたいだな」
 ブラウンは、そう言うなり少年の左肩に手を乗せた。一方、ダームは笑顔で頬を掻き、どこか恥ずかしそうに言葉を発する。
「そうかな? まだまだだと思うんだけど」
 そう伝えると、ダームは微苦笑しながらブラウンの顔を見上げた。
 
「誰しも自分の能力に満足出来ないからな。逆に、満足しちまえば成長出来ない」
 そう言ってブラウンは腕を組み、目を瞑って息を吐き出す。
「うちの総司令なんて、さくっと魔物を倒せるくせに満足しちゃいない。その上、心技体揃っているくせに努力を怠りはしない」
 そう続けると、男性は少年の顔を見下ろし、柔らかな笑みを浮かべてみせる。
 
「だからこそ、みんな尊敬しているし、見習おうとしている。お前も、そう言う相手を見つけたんだな」
 ブラウンは、そう言うと少年の頭に手を乗せた。この際、少年は不思議そうに瞬きの回数を増やし、小さな声で話し始める。
「どうなんだろ? アークさんのことは始めて会った時から尊敬しているし、見習いたいと思っているけど」
 少年は難しい表情を浮かべ、無言で何かを考え始める。
 
「難しく考えるなって。結局、お前が成長したってことで良いだろ」
 言って、ブラウンは少年の頭を乱暴に撫でる。
「ここの案内を頼まれてんだ。掃除用具の置き場所を教えるから着いて来い」
 そう伝えると、ブラウンは少年に背を向けて歩き始めた。彼の動きを見たダームは後を追い、二人は宿舎の中を回り始める。二人は廊下を進んでいき、ブラウンは少し開けた場所で立ち止まる。そこには、金属製の収納場所が在り、ブラウンはそれを指差した。
 
「掃除用具はここ。掃除が終わったら、片付けとけ。同じ用具ごとに置いときゃ問題無い」
 説明を聞いたダームは元気良く返事をし、その返事を聞いた者は再び案内を始める。その後、二人は生活に必要な場所を巡っていき、一通り回った後で部屋に戻った。部屋に戻ったダームはブラウンに礼を言い、それを聞いた者は軽く笑う。
 
「それより、さっさと掃除を終わらせちまえ。そんで、浴場に行こうぜ? 背中流してやるから」
 そう言ってから、ブラウンは少年の目を優しく見つめる。話し掛けられた少年は大きく頷き、明るい声で話し始めた。
 
「うん。後もう少しで終わるから」
「じゃ、談話室で待ってるわ。ちゃんと、用具を返しとけよ?」
 ブラウンは、ダームが言い終わる前に話し出し、直ぐに部屋を去る。一方、少年は残った掃除を数分で終わらせ、掃除用具を抱えて部屋を出た。
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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

絶賛成長期。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
ブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。



OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

魔物が増えて管理職が故の悩みが増えた。

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