第69話 サイラス・ホールデン団長のリナ嬢考察 66・67話 騎士団側

文字数 2,214文字

 正直、やっかいなことになったと思った。
 騎士団の司令官に見習いとはいえ、16歳の女の子を()えるだと?
 クランベリー公は一体何を考えているんだ。って、まぁ多分、ポートフェン子爵家当主を派閥に迎える為の布石なんだろうけど……。

 リナ・ポートフェンとは夜会で二度ほど一緒になっただけだった。
 印象は、なんの警戒心もない普通の子爵令嬢って感じだった。
 王太子殿下の婚約者を無傷で助け出したって言うけど、あんなのデュークやセドリックがサポートしたに決まってる。

 第7部隊の隊長がリナ・ポートフェン指令官見習いとの対面から帰ってきた。
 なんか、憮然としてるな。
「どうだった? 今度の上司殿は」
「あ…団長。いや、どうもこうも……。ご令嬢でしたよ」
 苦笑いしている。

 なんだか、よくわからんな。第7部隊隊長のルーカス・オルグレンは、人に対して滅多に不快感を表さないのだが。
「そんなに、ひどいのか?」
「いえ。礼儀は完璧でしたよ。ただ……ご令嬢としては、ですけど」
「ああ。自分の立場が分かって無いってアレか……。まぁ、仕方ないんじゃないか? もともと、お飾りだろうし。適当に言うこと聞いて、機嫌とっておいてくれ。派閥のためだ」
「分かりました」

 次の日やってきたのは、長い髪を上で一つに結び、明らかに誰かのお古を補正しましたって感じの騎士団の制服を着た、16歳にはとても見えない幼さが残る子どもだった。
 クランベリー公からの伝達で、剣の訓練に参加させてやってくれと言われたときもなんの冗談だって感じだったのだが……。
 本当に、なんの冗談だ? 
 あんな華奢な子ども、怪我なんかさせた日にゃ、大事(おおごと)になるって……。

「今日からお世話になります。リナ・ポートフェンです。よろしくお願いします。団長」
 ぺこんと頭をさげた。元気だけは良い。お菓子持ち込みはどうかと思うが……。
 怪我をされても困るので、その辺の気遣いが出来るフィル・レドモンドを付けた。俺の子飼いだし、監視も兼ねてだ。

 剣を持つのは初めてらしく……普通、女性は剣の練習なんざしないからな……最初の数日で、手のひらが痛々しくなった。
 多分、身体も痛いはずだが……思ったより頑張るな。

 一週間もたった頃だろうか、訓練場を通りがかった時、我が目を疑ってしまった。
 リナ嬢が、右の足首がぶち腫れた状態で、剣の訓練をしているじゃないか……。
 しかも、相手に気付かせないように平気な顔をして。
「何をやってる」
 大声を出して、訓練を止めた。
 これ以上、立たせておいたら足がひどいことになる。
 思わず抱き上げる。軽いな。

「サイラス様? じゃなくて、団長」
「ここの責任者は誰だ」
 ビックリ目のリナ嬢を無視して責任者を呼ぶ。
「私です」
 今日は、オルグレン隊長か。
「いつからここは怪我を放置したまま訓練させるようになったんだ」
 そして、フィルの方を向いて
「お前も、新人が足に不具合があるのに気づかなかったのか、馬鹿者」
「だ……大丈夫ですっ。降ろして下さい」
 腕の中のリナ嬢が暴れ出す。バランスを崩して取り落としそうになる。
「こらっ、暴れるな。危なっ」
 とっさに抱え直せた。危なかった。

 医務室で、俺は隊長とフィルに説教をするハメになった。
 何やってんだ、俺は。
 いや、つい自分で彼女を新人って言ってしまったけど、上司なんだよな、俺たちの……。
 正直、自分の不具合は自分で報告してくれって思ってる。
 リナ嬢の方を見ると……泣きそうな顔でこっちを見てるな。
 もう辞めるって言ってくれないだろうか。

「ああ。手の方も手当てして貰え。マメつぶれてるだろう」
 大人しく手当てして貰え。そして、明日からは、剣の訓練なんかせず、上官として来てくれ。
 彼女が医師に礼を言っている。
 こっちに歩いて来てる? おいおい。

「お忙しいところ、お時間を取らせてしまい。申し訳ございませんでした」
 俺たち3人に向かって、ぺこんと頭を下げた。
「まだ立つんじゃ無い。大概我慢強いんだな、リナ嬢は。今時期だったら、身体中痛いはずだろう」
 痛いことを、感じさせない動きだけど痛いはずだ。

「はぁ、でもこんなものなんでしょう? 始めたばかりって」
 リナ嬢は、キョトンとして言う。
「それはそうだが……」
「なら、大丈夫です。そういう経験をしに来たんですから」
 は? そういう経験をしに来た……だと?

「理由を訊いて良いでしょうか」
 オルグレン隊長が訊く。俺も知りたい。
「簡単なことですよ。中に入らないと何も分からないでしょう? 何も分からない子どもに指揮とられて全滅とか嫌すぎませんか」
「嫌すぎるどころじゃないですね」
 オルグレン隊長が苦笑いしてる。

 ああ、分かった。
 彼女は、俺たちの仲間になりに来たんだ。
 だから、同じ経験をしようとしてる。
 彼女が今、経験してる痛みも(つら)さも、俺たち全員が子ども時代に経験したことだ。
 オルグレン隊長も上官としてでは無く。自分の部下として扱うことを決めたようだ。
 俺も認めよう。リナ・ポートフェンは我が騎士団の新人騎士で、仲間だ。



 さて、彼女の迎えが来たようだ。
「そういうところで、連れて行って良いでしょうか。今日はもう訓練にならないでしょう? リナ様」
 宰相相手に、なんか、リナ嬢がぐだぐだ言ってるが……。
「ああ、どうぞ。持って行って下さい」
 リナ嬢からは、ひどいって目で見られたが、怪我した子どもはさっさと保護者に引き渡すさ。
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