第40話 番外編 エイリーン誘拐事件 1 

文字数 2,465文字

本編の2年くらい前の話です。
注意:少々、流血有です。


「エイリーン・マクレガーでごさいます。いくひさしく、よろしくお願い致します。王太子殿下」
 謁見の間で、初めて婚約者として紹介されたのは5歳の時だった。
 5歳にして完璧な令嬢の挨拶をする彼女は、それでも紛れもなく可愛らしい子どもだった。
 私の髪よりも深みのある金髪、可愛らしい顔立ち。素直に仲良くなれたらと思った。

「ジークフリートです。仲良くしてくれると嬉しいです」
 少しビックリしたようだったけど、エイリーンはにっこり笑ってくれた。
 エイリーンは王妃教育、私は剣と勉強で忙しくなったけど。

 それでも暇を見つけては、エイリーン、3つ年上のセドリックや腹違いの兄弟で同じ年のアランともよく遊んだ。
 私が剣は苦手で泣いてたら、エイリーンが
「私も剣を習いたいですわ」
 と言って、セドリックのお父さんに頼みに行った。
 セドリックが慌てて止めにいったけど、間に合わなかったみたいだ。

 セドリックのお父さんって相手かまわずスパルタだよね。
 今考えたら、中途半端な事したら危ないからだって分かるのだけど当時はね。それでも、エイリーンが剣の道を諦める頃には
「ジークやアランより根性がある」と言わしめてたけどね。

 そうしてエイリーン15才。今日、デビュタントを迎える。
 真っ白のドレスに身を包んで。
 綺麗になったよね。

 エスコート出来るお義父さんがちょっとうらやましい。
 デビュタントのパートナーは親族。それは、王族も例外ではない。
 その後の夜会は一緒に踊ったけど
「エイリーン嬢、私と踊って頂けますか?」
「喜んでお受け致しますわ。王太子殿下」
 ちょっと難しい曲で人もまばらだったけど、王族が踊れないというのは許されないし、私たちは踊れるしね。
「上手になったよね。エイリーン」
「お互いに、苦労しましたものね」
 おしゃべりしながら程度には踊れる。慣れた曲だ。
 でも、これが仲睦まじく、見えたらしい。

 アランの派閥に不穏な動きが有るということで、私たちは自室から出してもらえない日が続いてた。
 警備も厳重にしてたはずだ。

 夜更けてからきた第一報はこうだった。
「申し上げます。エイリーン・マクレガー様が行方不明にございます」
 エイリーンには、何日も会っていない。
 彼女も王宮の自室から出てないはずだ。
「彼女にも、護衛が付いていただろう。護衛は何をしてたんだ」
「それが護衛の者がちょっと目を離した隙に、自室から出られたようで。出られる直前に、ティーセットを持ってきた侍女がこれを渡してたようです」
 受け取った紙には『王太子殿下、行方不明』と走り書きされてた。

 私は、いても立ってもいられず。剣をとり自室をでる。
 騎士団の方に行くと、セドリックもかり出されたようだった。
「何やってんだよ。ジークは自室待機だろうが」
 初めてセドリックから怒鳴られた。
「だけど、エイリーンが」
 チッって舌打ちしたのが聞こえた。

「付いてくるんなら、絶対足手まといになるなよ。これ着とけ」
 セドリックは、自分の上着を私に投げた。騎士団の制服だ。
 セドリックが普段率いてる部隊は、諜報活動を主としている部隊なので他の実戦部隊に混じって行動する。

 馬を駆けて着いた場所は、町外れの商家だった。空き家だったのを、今回の首謀者が買い取ったらしい。
「下手に、貴族の家とかじゃ無くて良かったぜ。捜索に貴族権限で入れるからな。俺から、離れるなよ、王太子様」
 当然だけど、敷地内は私兵で溢れていた。突然の戦場で怖じ気づいた私に対するドリックの言葉がそれだった。

 幼なじみにする言動で、私の気持ちを落ち着かせようとしてくれていたのか。
 セドリックは、私を庇いながら、かかってきて来る奴を斬りつけている。
「チッ。数が多いな。おい、剣抜いとけよ。ジーク」
「あ……ああ」
「敵と対峙したら、迷わず斬れよ。死んじまったら、エイリーン助けるどころじゃ無くなるだろ?」

 そうだ、エイリーンを助けないと。
 そう思ってたら、横から剣が。反射的に身体が動いてた。
 セドリックの親父さんに感謝だな。
 でも、相手を刺した瞬間返り血を浴びた。

 相手が倒れていく瞬間が、やけにゆっくり感じた。どくどくと血が流れ出てあっという間に血だまりが出来る。
 人を……殺してしまった? 私が……?
「おい。止まるな。ジーク」
 身体が……。剣を持った手が小刻みに震える、硬直したように剣が手から離れない。

「うわっ」
 声の方を見るとセドリックが、私に斬りかかってきた私兵から斬りつけられたようだった。
「セドリック。私を置いて先に行け」
「バカか。そんなことしたら俺の首がとぶって。お前、自分の立場自覚しろよ」
 言われて初めて気づいた。
 いくら幼なじみでも、私は王族。セドリックは公爵家の令息とはいえ一騎士。私がここで負傷でもしようものなら、セドリックどころか騎士団員全員処罰対象だ。
 動け、私の身体。そんな風にするために付いてきたんじゃ無いだろう。剣を握りなおす。

「大丈夫だ。戦えるから」
 だいたいセドリックだって、騎士養成学園を出たばかりだ。ほとんど初陣だろうに。
 戦ってるうちに、屋敷の窓からチカッと明かりが見えた。
 あそこにエイリーンがいるのだろうか。
 他の騎士団員の援護を受け、エイリーンがいるだろう部屋にたどり着く。
 鍵を壊し、扉を開けると、縄で縛られたエイリーンがいた。素早く縄を解いてやる。少し縛られた後が赤くなっているようだが、無傷のようだ。

「良かった無事で」
「ジーク」
 エイリーンから、抱きしめられた。怖い思いをしたのだろう、震えている。
「もう大丈夫だから」
 抱きしめ返そうとして、自分の手が汚れてるのに気づく。

 人を殺してしまった手で、エイリーンを抱きしめても良いのだろうかと。
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