第7話 公爵夫人のお仕事とキースの正体

文字数 2,478文字

 らちが明かないわね。
 この1か月ほどの行動範囲は、自分のお部屋とテラスから降りたお庭くらい。
 それも、侍女と護衛……監視かしら? が付いてくる。
 これでは、軟禁と変わらないわ。

 
「旦那様。お願いがございます」
 私は寝室に来たキースに、礼を執った。
 ここに来るときはさすがに武器を持たずに来るので、この前の様に剣を首に突き付けられることも無い。
「なんだ?」
 キースは少し驚いたように訊き返してきている。
「私は、旦那様の妻として屋敷内のことや、シャーウッド公爵夫人としての社交をしとうございます」
 私は、ダメだと言われた時の次の言葉を考えながら言う。

「すればいいだろう? 別に禁止している訳ではないが」
 すればいいだろうって……、ちょっと拍子抜けな感じもするけど。
 いいの?
「屋敷内の事は、僕の管轄じゃ無いし。今まで、女主人がいなかったから、執事が代行しているだけだからな」
 相変わらず必要な事しか言わないけど、それでも当初よりは随分と態度が和らいだ感じがする。
 それにしても、こんなにあっさり許可が下りるなんて……。
 私はもう戦列を離れたと思われてるのかしら。

「ああ。社交の方は、今は時期が悪い。少し待ってくれ」
 時期が悪い? まぁ、もともと夜会なんかは開かれていないけど。
「あの」
「分かったな」
 質問しようとしたら、キースから睨まれてしまった。
「かしこまりました」
 私は礼を執り、この話を終えた。



 私が、お屋敷の事を執事と協力しながらでも、一通りの仕事が出来るようになった頃に、珍しくキースが昼間、私の部屋へやってきた。
 
「おかえりなさいませ。予定が分かっておりましたら、お出迎えをいたしましたのに」
 私が、礼を執ってキースを迎え入れるのを、無視して部屋の中の侍女や使用人を追い出していた。
「お茶などいらん。この階に誰も入るなと伝えろ」
 使用人に、そう指示を出している。
「かしこまりました」
 そう言って、ぞろぞろとみんな出て行ってしまった。
「あの……。旦那様?」
 また、にらまれるかな?

 キースは、気配が完全に無くなるのを待ってから、私に向かってニカッとわらった。
「やっと、監視が外れた。ごめんな、里奈。辛く当たってしまって」
 は? 今……なんて?
「ったく、用心深いぜ。あの王太子は……」
 なんて、ブツブツ言っているけど。

「悠人?」
「おう」
「ゆう……と?」
 バタバタと、涙が床に落ちている。
 だって、怖かった。殺されても仕方ないかもって……。
「わっ。わっ。悪かった。悪かったよ」
 私が泣き出したのを見て、慌てて悠人が抱きしめてくれる。
「仕方なかったんだ。僕の親父も、反王太子派の疑いの中亡くなっていて、その上、反王太子派のリリアーナとの婚姻だろ? 下手したら2人とも適当な理由を付けて殺されるところだったんだから」
 
 悠人の言い訳を聞いて、危なかったって事が分かっても涙が止まらない。
「だって。悠人と違うって、キース怖かったから……。初夜の時だって悠人を、裏切ったかもって」
 キースが悠人だった安心感で、私は普段なら絶対言わないことまで言ってしまってた。

「落ち着いたか? 里奈」
 備え付けの茶器で、悠人が紅茶を入れてくれている。
「ごめん。なんだか、緊張の糸が切れたみたい」
 私たちは、日本の家にいるみたいにソファーの下に座っていた。
 何だろうね。ソファーの上に座れば良いのに、つい背もたれにして下に座ってしまうのは……。

「で、里奈はいくつなんだ?」
「へ? 26……もうすぐ27になるけど……私、死んじゃったのかな」
「いや。死んでないな、その頃だったら……。お前はいずれ帰れるんじゃないかな」
 自分で入れた紅茶をずびっと飲んでる。いや、番茶じゃ無いんだから。
「私は……って、悠人は?」
「僕は無理。日本で死んでから、ここに転生してるから」
「トラックに……」
()かれてないからな。何? そのテンプレ」
 いや、異世界転生って言うから、つい。
「心配しなくても里奈の方が先に死んでるから。まぁ、そのうち僕が待つ日本に、ちゃんと帰れるよ」
 そう言って、悠人は頭を撫でてくれた。
 私より随分と年上なのかな? 日本でも、こんな風に頭を撫でる事なんて無かった。

「悠人……、キースはさ。王太子派なの?」
「一応な。ただ、あの王太子を王位に就けてはいけないと思っている。なんとかしないと……」
 だよね。ゲームでは、反王太子派だったし。
「王太子派なのに?」
 悠人は、膝を抱えて指をカップの持ち手に入れただけで、プラーンとさせてる。
 飲み残しがあったら床に落ちるから、やめてって言っていたのにクセがなおってないな。

「親父がさぁ、やらかしたから。今、外れると真っ先に処刑されちゃうんだよね。立場的には、国王の側近のシモンと同じかな?」
「シモンって。シモン・アルシェ公爵?」
「そう、って。なんだ、リリアーナ姫の知識あるんだ」
「断片的にね。何か、他人の知識借りてるみたいだけど……」
 なるほど。そういう事なら、私がこの世界にいる間にフランシス殿下とつなぎを取った方が良いのかも。

「本当は、危ないから里奈は王宮に近付かない方が良いのだけど。社交したいんだっけ?」
「そう。王宮に行く口実だけどね。お茶会だって公爵夫人だったら、王宮のサロン借りれるでしょう?」
「リリアーナ姫だったら、僕の奥さんっていう肩書無くても借りれるだろうけど。その辺もなぁ。民衆が怒る原因になっているんだよな」
「そうね。軍事にばかりお金使って、明日の食べ物もままならないって感じだものね」
 民衆かぁ。それでリリアーナ姫はお忍びで、城下町や下町で炊き出しをしてたんだ。
 
「私がいる間に、反王太子派につなぎを取りましょ? キースが接触するわけにはいかないでしょう?」
「そりゃな。王太子以前に、向こうにも警戒されてしまうよ」
「後は、炊き出しも継続したいわ」
「ああ。手配しておく」
 
 良かった。キースが悠人って言うだけで、こんなに心が楽になるなんて思ってもみなかった。
 
 さて、ここにいる間に、出来るだけのことはしておかないとね。
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