第90話 身分制度と騎士団司令官の辞令

文字数 2,516文字

 学園の新学期が始まり、私は2年生に上がった。
 社交シーズンまでは、普通に授業があるので、私の王宮での活動はもっぱら、放課後になっている。
 学園の休み中に、結界の隙間を通ってやってきてた船は、数日後には出航してしまった。
 諜報に、成果は無い。
 ーと言うところで、騎士団は通常業務に戻っていた。
 なので、今日も騎士団の新人として、訓練にも参加している。
 最近は、騎士団の人たちからも、少しずつ受け入れられてきた。


 いつも通り訓練の帰り、馬車のところに行こうとしたら、ベネディクト・アボット侯爵が見えた。復帰してくれたんだ。
 てててっと、アボット侯爵の方に寄っていく。騎士団の制服を着てるので、騎士の礼を執る。
「お久しぶりです。アボット侯爵様」
 私は、できうる限りの笑顔で挨拶をした。

 アボット侯からは、なんか、冷たい視線が返ってくる。あれ? 何か間違った?
 え…っと。
「申し訳ございません。部下が何か致しましたでしょうか?」
 気が付いたら、私の前でサイラスが礼をとり、謝っていた。あれ?
「ホールデン団長。部下のしつけは、きちんとされた方がいいのではないかな」
 サイラスから、いきなり頭押さえつけられて、お辞儀させられた。痛い……。
「ご助言、肝に銘じます。申し訳ございませんでした」
 アボット侯爵は、きびすを返していってしまった。

 サイラスは、まだアボット侯爵の方を見てる。
 完全に姿が見えなくなってから、私はとりあえず謝った。
「すみません。ご迷惑かけてしまって」
「俺はリナ嬢に、身分制度の説明を、1からしなければならないのかな?」
 サイラスから、まだ、厳しい雰囲気は、抜けてない。
 忘れてた。学園生の身分でリーン・ポートを得て、みんなが同等のように扱ってくれてたから……。
 今のは、無礼討ちにされても、文句が言えない展開だ。

「いえ、申し訳ありません」
「たまたま、俺が通りがかってたから、良かったものを。さすがの俺も、肝が冷えたぜ」
 サイラスから、ぽんぽんっと頭を叩かれる。
「アボット侯は、身分とかそういうのに、厳しい方なんだ。普通に考えても、子爵家の娘で、一騎士団員が、侯爵に気軽に声なんかかけちゃ、いけないだろ? アボット侯は、今の宰相みたいに、優しくないぜ」
 サイラスは当たり前のことを、当たり前に諭してくれる。

「はい。すみません」
 いや、返す言葉も無いとは、このことだ。
 恐縮してる私に、サイラスは溜息をついて、こう言った。

「今回、交渉成功させたの、セドリックだろ。リナ嬢の、情に訴えかけるような交渉じゃ、復帰してないだろうしな?」
「正解……です」
 見透かされてる。
「セドリックの奴、あんたとつるんで丸くなったと、思ってたんだけどなぁ」
 サイラスは頭掻きながら、溜息付いてる。

「リナ嬢、司令官服持ってるよな。正式辞令出てるし」
「あ……はい」
「明日から、それ着てこい。で、ないと、とことんあんた王宮で、身動きがとれなくなるぜ」
「あの……でも」
「認めてやるよ。騎士団全部隊は明日から、あんたの指揮下に入る」
「はぁ? 無理ですよ」

「文句は、セドリックに言いな。あいつの陰謀だ。これで嫌でもあんたは、司令官として動かないとならなくなった。どうせ、セドリックも、近衛騎士団の副団長とかの地位、取ってくるぜ。近衛と騎士団両方抑えられるのは、けっこう痛いけどな。今、ここで俺が認めなくても、明日にはそういう話が、宰相辺りから出て……結局は同じ事さ」
 そうなんだ。どうしょう。
「だから、認めるから。共同で指揮しようぜ」
 あ……これ、サイラスに交渉持ちかけられているんだ。
「そうですね。私だけじゃ、どうして良いのか分からなくなるの、目に見えてるので。よろしくお願いします」
「それじゃ、話通してくる。まっすぐ帰るんだぞ」
 いや……子どもじゃないんだからって、子どもか……。




 サイラスの言った通り、翌日にはセドリックと私に辞令が出ていた。
 さすがに幹部クラスの人事は、国王陛下勅命になるので、主立った貴族の立ち会いの下もと、謁見の間で行われる。

 ーていうか、そんな正式な行事なのに、辞令出るの早過ぎない?
 セドリックの推薦人はアボット侯爵。
 辞令は予想通り『近衛騎士団副団長』
 私の推薦人はホールデン侯爵と宰相。
 辞令は『騎士団司令官』
 本当は、推薦人は宰相だけだったんだけど、団長がねじ込んだらしい。

 ちなみに、身内は推薦人になれないそうだ。
 でも、これでほぼ今まで通り、王宮内は動ける。
 司令官は、侯爵家と扱い同等だしね。
 とりあえず、アボット候には、この前の非礼を謝罪しなきゃ。
「先日は、大変失礼な事をしてしまい、申し訳ありませんでした」
 私が謝罪をするとアボット候から、溜息を吐かれた。

「学園の生徒は子ども扱い。長く王宮に出てないせいで、忘れてました。こちらこそ、大人げない態度で申し訳ない」
 昨日よりは、アボット侯の態度がずいぶん軟化してる。
 計算済みの行動だったのか……? まぁ、良いか。どうせ考えても分からない。
 さてっと、後は推薦人の方々にお礼を言わなくっちゃ。

「宰相様とホールデン侯爵様には、ご推薦頂き、有難うございます」
「いえ」
 宰相は、横のホールデン侯を警戒してか、言葉少なめだ。
「いやいや。同じ派閥同士ではないですか。お役に立てるのであれば、名前などいくらでも使ってくれても、かまいませんぞ」
 ホールデン侯爵は、周りに聞こえるような大きな声で笑いながら言ってくる。
「派閥のことは……よく、分からないんですけど」
「そうでしょうな。お嬢さんが、気にすることでは無い」
 相変わらずだなぁ。本心はともかく、私に対してのフレンドリーな態度を崩さない。

 一通り就任の挨拶した後、ススッとセドリックの横に移動した。
「セドリック様。私、後で貴方に訊きたいことが、あるんですけど」
「奇遇だな、俺もだよ」
 セドリックの機嫌は、あまり良くは無かった。
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