おまけ 入学式後の夜会

文字数 3,037文字

 ここは、イングラデシア王国の中心部、王都。
 王宮からさらに馬車で20分ほど行くと王立の学園がある。
 上位貴族から下位貴族までの15歳から18歳までのご子息ご令嬢が集う学園。
 学園在学中は、身分差を振りかざすことは禁止され、幅広い交流を目的に建てられている。
 また、学園生は子ども扱いという大人達のルールの下、失敗を恐れず、様々なチャレンジが出来る、『ステキ期間』である。

 今日は、入学式。王立の学園は2年制である。
 通えるのは王族・貴族の子息令嬢のみで、2学年合わせても100名弱。
 しかも、今年は王太子殿下と第二王子殿下、そろってのご入学である。
 普段、行事をサボりがちな先輩方も、こぞって参加していた。

 そして……今年はさらに、あの優秀な宮廷魔道士長だったクラレンス・ポートフェンの末娘リナ・ポートフェンも入学して来る。

 ポートフェン子爵家の、末娘溺愛の噂は、貴族ならずとも国内では、有名な話だ。
 昨年、入学してきたリナの兄、アルフレッド・ポートフェンは、両陣営の思惑を、のらりくらりとかわし続けている。
 双方取り込めるだけの決定打をだせず、難攻不落と化していた。

 でも、リナ・ポートフェンは違う。噂通りなら、ふわふわの甘やかされたお嬢様だ。彼女さえ取り込むことが出来たなら、あの難攻不落なアルフレッド・ポートフェンも、クラレンス・ポートフェン子爵すら手に入れることが出来るかも知れない。そんな期待の下、両派閥浮き足立っていた。


「リナ・ポートフェン嬢。今宵の夜会で、私のパートナーになって頂けますか」
 金髪碧眼、乙女が夢見る王子様の、テンプレのような容姿の王太子殿下。
 リナ・ポートフェンは目の前で完璧な礼をとられて、ポーッとなっていた。
(今、私に言ったんだよね)

「わ……わたくしなど、王太子殿下の」
 そう言いかけた口を、指一本で抑えられてしまう。
「ダメですよ。ここはもう学園の中、身分など意味の無い。どうか、ジークフリートと呼んで」
 甘い声と、憂いを含んだ瞳で誘う。

「はい。以外の言葉は聞きたくない」
 身分など意味の無い、と言いながら命令する。生まれながらの王太子殿下。
「はい。ジークフリート様。喜んで」
 リナはジークフリートが(かも)し出す雰囲気に、酔ってしまったかのように返事をした。

 ジークフリートは、リナのその様子に(つや)やかに笑う。
 アルフレッドとセドリックの鋭い視線を感じながら。



 いざ、夜会が始まるという時になると、その絢爛豪華(けんらんごうか)さに、リナの嬉しかった心もひるんでしまっていた。

 学園のダンスホールは、王宮夜会の練習用に作られているので王宮と同じ豪華さだ。大抵の下位貴族の子ども達は、圧倒される。
 そして、今日のリナのパートナーは王太子殿下。
 寮のお部屋では、豪華に見えたピンクを基調としたドレスも小物(アクセサリー)も、初めて夜会用に結いあげて貰った髪も、なにか子どもっぽく質素に思えてしまう。

 リナは、ちゃんと自分に務まるのか心配になってきていた。
 待機室に待機していたリナをジークフリートは目ざとく見つけ。
「なんと可憐な。僕のパートナーは、本当に愛らしくて困るな。他に攫われないように気を付けないと」
 笑顔でやってきて、リナの手の甲に軽くキスをおとす。
 まるで、リナの心配を見透かすような配慮をしてくれていた。
 それでも、不安そうなリナの顔を見逃さない。

「何を心配しているのかな? 大丈夫だよ。私がついてるからね」
 さぁ。とばかりに、リナの手を取り会場入りをしてくれた。
 片田舎のお屋敷しか知らないリナが、初めて体験する煌びやかな世界。
 ジークフリート(おうぞく)の完璧なエスコートに、宮廷音楽。
 ダンスも、リナが踊れないはずの曲を、上手にリードして踊らせてくれる。
 (まるで、私が上手に踊れているみたい)
 リナは夢心地のままステップを踏んでいた。
 婚約者では無いので、続けて踊れないのが残念だ。
 ジークフリートは、そう言いたげに、ダンスの最後の挨拶をした。

 始まってしまえば、次々とダンスの申し込みが来る。
 上位貴族のご子息ばかりで驚いていたが、皆、ダンスが上手だ。

「バカなのか、お前は」
 何人か目のダンスの相手からそう聞こえた。
 パッとお顔を見たのだけど、にこやかに「どうかされましたか?」と言われた。
 (空耳だったのかしら…)
「申し訳ございません。もう一度お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
 一瞬、怪訝そうな顔をされたけど、すぐに、にこやかな顔に戻り。

「レイモンド・ホールデンと申します。同じクラスなので、2年間よろしくね。リナ・ポートフェン嬢」
 と、言われた。
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
 リナも、先程のは気のせいねって思い直し、にこやかに答える。
 もう、誰と踊ったのか分からないくらい、踊った気がする。
 そろそろ疲れたな、って時に、アル兄様が来てくれた。

「リナ。少し疲れたろう。こちらにおいで」
 テラスに、間隔を開け置いてある休憩用のテーブルセットにリナを座らせて、飲み物を渡してくれる。
 本当なら、夜会には夜食室があったりするのだけど、学園の夜会はそんなに遅くまでしないので、こういった語らいの場を作ってあるのだ。
 ずっと、踊っていて、喉が渇いていたので助かった。

「ありがとう。アル兄様」
「どうだい。初めての夜会は楽しいかい?」
「ええ、とても。私なんかが、ジークフリート様のパートナーになれるなんて夢みたい」
「……そう」
 アルフレッドは何か言いたげにしたけど、気配を感じてやめた。

「おや。私のパートナーはどこにいったのかと思ったら」
 ジークフリートがやって来ていた。
 アルフレッドは、スッと立って礼を執ろうとするが、ジークフリートはそれを制した。
「やめてくれ、私が叱られてしまう。アルフレッド・ポートフェン。私もご一緒していいかな、リナ嬢」
「はい。どうぞ」
 少し緊張してリナが答える。
「ありがとう」
 ニッコリ笑ってリナの隣に座った。アルフレッドも、ジークフリートに促されて座り直す。

「ところで、アルフレッドは卒業後の進路は決まっているの?」
 ジークフリートは、まるで年上のような事を訊いてくる。立場は上だけど。
「いえ。多分、領地の方に戻ることになると思います」
「それは、もったいない。こっちで、騎士養成学校でも、大学でもどちらでも、進学できる実力があるのに」
「僕は、片田舎でのんびり暮らしていたいのです」
「そう。残念だね」
 そう言いながら、ジークフリートは、リナの夜会用にあげた髪の後れ毛を、手でもてあそび始めた。

「ジ…ジークフリート様?」
 首にも指が触れ、ビクッとなる。
「じっとして。可愛いね、リナ嬢は」
 ジークフリートは、愛おしそうにリナを見つめた。
 その視線にリナの頬は赤くなる。
「ジークフリート様。お戯れはその辺で……」
 アルフレッドは、内心ムカつきながら……それでも、表面は穏やかに言う。
「まだ、子どもなのですから、お願いします」
「そうだねぇ。でも、1年後にはお兄様はここにいないから」
 口説き放題だねぇ~ってクスクス笑ってる。
 少しアルフレッドの目に怒りが見えた気がした。

「おお。怖いねぇ。君のお兄様は。さて、そろそろラストダンスだ。リナ嬢、まだ踊れる?」
「はい」
「じゃ、行こうか」
 ジークフリートからリナに手を差し伸べられる。
 リナは、その手を取りダンスホールに戻っていった。

 そうして、入学式後の学園の夜会は幕を閉じた。
 幸せな気分のまま……。
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