第二章 104
文字数 1,247文字
すべてがスローモーションに見えた。
マイクはわたしの目の前で無様な宙返りを見せるように後ろ向きに飛ぶと、頭から床に激突した。その顔は驚きに満ちていて、胸元からは黒い煙をもくもくと吐き出していた。
マイクが床に倒れたかと思うと、その周囲にいた人々も次々とくずれ落ちていった。彼らの身体の下から流れ出した赤い液体が、床の上でひとつにまざりあう。
喧騒はなりをひそめ、一瞬、墓場のように完全な沈黙がその場を支配した。
わたしは反射的にモッズコートの人物に視線を戻し、相手の手に握られていたものを見た。
女性の甲高い悲鳴が静寂を打ち破った直後、モッズコートの人物が手にしたアサルトライフル……アーマーライト社製のAR18……を構えた。
横なぎに振られた銃口が火を噴くと、射線上にいた人たちが次々に倒れていく。
最初に行動を起こしたのは署員たちだった。彼らは近くの遮蔽物に身を隠し、武装していた者は銃を抜いた。
市民たちは逃げ出すべく、いっせいに正面玄関へと殺到した。
ホールにひしめいていたはずの人々がどうやってそのスペースを作り出せたのか、まるでライオンに襲われて暴走するガゼルの群れのように凶行に及んだ人物を遠巻きに避けていた。
モッズコートの人物は横切る市民たちには目もくれず、その場でライフルを構えなおした。
署員の中で立っていたのはわたしだけだった。ふたたびライフルが火を噴き、吐き出された弾丸がありとあらゆるものを吹き飛ばしていく。
「サム・ワン!」
わたしは叫びながら拳銃を抜いた。ライフルの弾丸が体をかすめていくなか照準を定める。
<ホワイトフェザー>では暗殺者の姿を目にしていない。それでもあの店内にはどす黒い気配が、どぎつい香水の残り香のように漂っていた。
そしていま、その気配は何倍もの密度で目の前にいる人物のまわりを渦巻いている。それを感じた瞬間、わたしはこのモッズコートの人物こそがサム・ワンであることを直感した。
わたしは引き金を二度引いたが、一発は受付カウンターのふちを削り取り、もう一発は大きくそれて正面ドアの真上の壁にめりこんだ。
サム・ワンはわたしの応戦にひるむ様子もなく、照準を素早くこちらに合わせてきた。その動作は無造作なようで精密であり、空っぽな殺気を伴っていた。
いっぽうのわたしは怒りに満ちていた。マートンの死が脳裏に浮かび、ミヤギ氏の最期が思い出される。
父の死さえも、過去の遠い記憶からよみがえっていた。
目の前のサム・ワンと、かつて父を殺した想像上の怪物じみた凶悪犯の姿とが、わたしのなかで重なり合っていた。
職務も善意も、正義すらなかった。前日、ジョンの射撃場で体感したあの集中力だけが、さらに色濃く胸の奥で渦巻いている。
恐怖はなかった。いまは自分の弾丸を命中させることと、どこに命中させればこの悪魔を殺せるのかということしか考えられなかった。やがてその思考さえ黒く塗り潰されていった。
この瞬間、わたしは復讐を正当化する怪物になりさらばえていた。
マイクはわたしの目の前で無様な宙返りを見せるように後ろ向きに飛ぶと、頭から床に激突した。その顔は驚きに満ちていて、胸元からは黒い煙をもくもくと吐き出していた。
マイクが床に倒れたかと思うと、その周囲にいた人々も次々とくずれ落ちていった。彼らの身体の下から流れ出した赤い液体が、床の上でひとつにまざりあう。
喧騒はなりをひそめ、一瞬、墓場のように完全な沈黙がその場を支配した。
わたしは反射的にモッズコートの人物に視線を戻し、相手の手に握られていたものを見た。
女性の甲高い悲鳴が静寂を打ち破った直後、モッズコートの人物が手にしたアサルトライフル……アーマーライト社製のAR18……を構えた。
横なぎに振られた銃口が火を噴くと、射線上にいた人たちが次々に倒れていく。
最初に行動を起こしたのは署員たちだった。彼らは近くの遮蔽物に身を隠し、武装していた者は銃を抜いた。
市民たちは逃げ出すべく、いっせいに正面玄関へと殺到した。
ホールにひしめいていたはずの人々がどうやってそのスペースを作り出せたのか、まるでライオンに襲われて暴走するガゼルの群れのように凶行に及んだ人物を遠巻きに避けていた。
モッズコートの人物は横切る市民たちには目もくれず、その場でライフルを構えなおした。
署員の中で立っていたのはわたしだけだった。ふたたびライフルが火を噴き、吐き出された弾丸がありとあらゆるものを吹き飛ばしていく。
「サム・ワン!」
わたしは叫びながら拳銃を抜いた。ライフルの弾丸が体をかすめていくなか照準を定める。
<ホワイトフェザー>では暗殺者の姿を目にしていない。それでもあの店内にはどす黒い気配が、どぎつい香水の残り香のように漂っていた。
そしていま、その気配は何倍もの密度で目の前にいる人物のまわりを渦巻いている。それを感じた瞬間、わたしはこのモッズコートの人物こそがサム・ワンであることを直感した。
わたしは引き金を二度引いたが、一発は受付カウンターのふちを削り取り、もう一発は大きくそれて正面ドアの真上の壁にめりこんだ。
サム・ワンはわたしの応戦にひるむ様子もなく、照準を素早くこちらに合わせてきた。その動作は無造作なようで精密であり、空っぽな殺気を伴っていた。
いっぽうのわたしは怒りに満ちていた。マートンの死が脳裏に浮かび、ミヤギ氏の最期が思い出される。
父の死さえも、過去の遠い記憶からよみがえっていた。
目の前のサム・ワンと、かつて父を殺した想像上の怪物じみた凶悪犯の姿とが、わたしのなかで重なり合っていた。
職務も善意も、正義すらなかった。前日、ジョンの射撃場で体感したあの集中力だけが、さらに色濃く胸の奥で渦巻いている。
恐怖はなかった。いまは自分の弾丸を命中させることと、どこに命中させればこの悪魔を殺せるのかということしか考えられなかった。やがてその思考さえ黒く塗り潰されていった。
この瞬間、わたしは復讐を正当化する怪物になりさらばえていた。