第二章 19

文字数 1,222文字

「きみは美人か?」
「なんですって?」

 出し抜けにぶつけられた質問に目をしばたきながら、わたしは思わずジョンにそう訊きかえしてしまった。

「きみの顔立ちだよ。世間一般の基準に照らして、きみの顔は美しいのか、それとも醜いのか」
「そんなこと急に言われても……どうかしら、特別きれいってわけでもないでしょうけど。いちおう健康には気を使ってるし、太りすぎでも痩せすぎでもないわ。でも化粧やお洒落は苦手だし……」

 ジョンはため息をつくと、手をのばしてわたしの顔をべたべたとさわりはじめた。

「ちょっと!」
「いいからじっとしているんだ」

 振り払おうとするわたしにぴしゃりと言うと、ジョンはふたたび顔に手を這わせはじめた。奇妙な感覚だった。乱暴ではないが、恋人同士の愛撫とは程遠い。まるで円盤に乗ってやってきた異星人が地球人を検査するかのような手つきだ。

 ジョンはわたしの顔を丹念に撫でたあと、「頬骨は少し出ているが、鼻筋は通っているな。眼も大きい。髪はブロンドか?」
「残念、赤毛よ」ジョンの手におさまった髪の毛の房を取り返しながらわたしは言った。「そういうあなたの髪はごま塩のまだら模様。まるでできそこないのロックスターみたい」
「ロックスターはみんなできそこないさ」
「その冗談、笑えない。それで、わたしの顔がなんだっていうの?」
「マートン殺しの犯人探しに使うのさ。現場で押収された証拠品はどこに保管されているんだ?」
「ええと……たぶん十九分署の保管室よ。本部の証拠品保管センターに移されてなければの話だけど。まだ立件もされてないみたいだから」
「なら好都合だ。事件現場には弾丸が残されていたんだろう?」
「正確には、犯人の遺留品は弾丸しか残されてなかった」
 ジョンは肩をすくめると、「とにかく、それが犯人への手がかりになるはずだ。どうにかしてそいつを警察署から持ち出せないか?」
「どうでしょうね。正式な手続きさえ踏めばできるんでしょうけど、あんまり知らないの。そもそも、いまのわたしは事件の担当からはずされてるし、正式な手続きをふめるかどうかさえも――」

 そこでわたしは口を噤んだ。騙された気分だ。わたしの気持ちを知ってか、ジョンはにやりと笑った。

「そう。万が一、弾丸を違法に持ち出す必要に迫られたとき、鍵を握るのはきみのその美貌だ」

 見えすいたお世辞に、わたしは「ふん」と鼻を鳴らした。

「保管室にいるのは若い男なのか?」ジョンが訊ねる。
「当直によってはね」

 言いながらわたしは、いまだにおでこににきびをつくっているすきっ歯の若い警官の顔を思い出していた。
 彼には何度か食事に誘われたことがある。相手が歳下ということもあって、わたしは誘われるたびに気のない返事で答えたが、今回は彼に少なからず好意をよせられているという事実が追い風になってくれそうだ。

「でも問題はもうひとりの管理担当者よ。アル・パウエル。当直が彼だったら、色仕掛けなんかよりも別の方法を考えるべきね」
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