第一章 33
文字数 1,683文字
ジョンの神業ともいえる狙撃……三百五十ヤード以上離れた距離から、一発目と寸分違わぬ着弾点に二発目を命中させるという神業、それも盲目の男が!……を目にしたわたしが、それからどうやって彼の家に引き返したのかは、断片的にしか覚えていない。
思い出そうとしても、ピンぼけの写真を一枚ずつ見せられているようにきれぎれの光景が頭をちらつくばかりだった。
わたしはジョンが手早く後片付けを終えるのを待つと、彼に言われるまま屋上をあとにした。それから数ブロック歩いたところで拾ったタクシーに乗りこんだ。タクシーに乗るとき、遠くから耳馴れたパトカーのサイレンが聞こえてきた。信じられないことの連続がもたらした幻聴かもしれないが、賑わう朝の金融街で銃声が二度もしたのだ。誰かが通報したとしてもおかしくはないし、それは愛人の亡骸を見つけたあのブロンド美女の仕業かもしれない。
それからわたしたちは六番街の通りを抜け、地下鉄九丁目駅でタクシーをおりた。あとは来た道を逆にたどってジョンの家まで歩いていった。
行きとおなじくジョンは黙りこんでいた。きっとまた家までの歩数を数えていたのだろう。わたしもなにかを喋る余裕はなかった。わたしの視界は露光しすぎた映像のようにぎらついて、朝日がたえずわたしの目を刺しつづけていた。
なりゆきとはいえ、自分が殺しの共犯者になってしまったことを信じたくはなかった。だがそのいっぽうで、わたしはこの職務を遂行することに意固地になっていたことも否定できなかった。
これがジョンの言うように『あなたならどうする?』紛いの仕掛け番組のようなものであれば、どれだけ気が楽だろう。
もちろん、これはどっきりなどではなかった。
呆然とするわたしの前にはテレビカメラも、ざまあみろという優越感をお仕着せの友好的な笑顔で覆い隠した連中もやってはこなかった。マクブレイン署長とリッチーたち殺人課の同僚、キャシーにビル、それから<ノアズ・パパ>の愉快な常連や路地裏の強盗たちも、仕掛け人として登場することはなかった。
すべては実際に起きたことなのだ。それでも現実感のないままふわふわと漂うわたしの思考は、目の前に提示された事実をうまく処理できずにいた。
ハニーボールは死んだ。
エリック・マートンと同じように、狙撃されて。死んでいる。目の当たりにした凄惨さもほとんど変わらなかった。
これら一連の出来事が『リサ・アークライトにひと泡吹かせようゲーム』という茶番だった可能性に縋るのは、あまりにも馬鹿げている。
そのとき、わたしの頭の中でなにかがひらめいた。
マートンの死、ハニーボールの死。
何気なく並べたふたつの点が、突然ひとつの線で結びつけられたのだ。
常識では考えられない狙撃技術。それがふたつの死を結ぶ線だった。
さらにひらめきがもうひとつ、マートンとハニーボールの死に共通項を見出した以上の、ほとんど雷の直撃といってもいい衝撃でもってわたしの中で生まれた。
それは十九分署でマイクが話していた都市伝説に端を発した。普段なら笑い飛ばしていまうような彼の与太話が、今回ばかりは真実味を帯びていた。事実、わたしはニューオーウェルの伝説が存在するという確信を得ていた。
マイクの言っていた<ザ・ブラインド>という暗殺者。もしもそれがそのまま、盲人を意味しているのだとしたら……
我に返ったわたしの目の前で、ジョンが荷物をおろしていた。
数時間ぶりに帰ってきたジョンの自宅エントランスは暖かく、ランプもそのステンドグラスの笠ごしに柔らかい光を投げかけ続けている。ジョンの背中を油断なく見ながら、わたしはふたたび銃を抜いた。
撃鉄を起こす音に、ジョンが肩ごしに振り返る。ふたたびサングラスをかけた彼の表情をうかがい知ることはできない。
「リサ、なんのまねだ?」
「見過ごすことなんてやっぱりできない」わたしは自分に言い聞かせるように首を何度か横に振った。「ジョン・リップ……いいえ、<ザ・ブラインド>。マーク・ハニーボールおよび、エリック・マートン殺害の容疑で、あなたを逮捕します」
思い出そうとしても、ピンぼけの写真を一枚ずつ見せられているようにきれぎれの光景が頭をちらつくばかりだった。
わたしはジョンが手早く後片付けを終えるのを待つと、彼に言われるまま屋上をあとにした。それから数ブロック歩いたところで拾ったタクシーに乗りこんだ。タクシーに乗るとき、遠くから耳馴れたパトカーのサイレンが聞こえてきた。信じられないことの連続がもたらした幻聴かもしれないが、賑わう朝の金融街で銃声が二度もしたのだ。誰かが通報したとしてもおかしくはないし、それは愛人の亡骸を見つけたあのブロンド美女の仕業かもしれない。
それからわたしたちは六番街の通りを抜け、地下鉄九丁目駅でタクシーをおりた。あとは来た道を逆にたどってジョンの家まで歩いていった。
行きとおなじくジョンは黙りこんでいた。きっとまた家までの歩数を数えていたのだろう。わたしもなにかを喋る余裕はなかった。わたしの視界は露光しすぎた映像のようにぎらついて、朝日がたえずわたしの目を刺しつづけていた。
なりゆきとはいえ、自分が殺しの共犯者になってしまったことを信じたくはなかった。だがそのいっぽうで、わたしはこの職務を遂行することに意固地になっていたことも否定できなかった。
これがジョンの言うように『あなたならどうする?』紛いの仕掛け番組のようなものであれば、どれだけ気が楽だろう。
もちろん、これはどっきりなどではなかった。
呆然とするわたしの前にはテレビカメラも、ざまあみろという優越感をお仕着せの友好的な笑顔で覆い隠した連中もやってはこなかった。マクブレイン署長とリッチーたち殺人課の同僚、キャシーにビル、それから<ノアズ・パパ>の愉快な常連や路地裏の強盗たちも、仕掛け人として登場することはなかった。
すべては実際に起きたことなのだ。それでも現実感のないままふわふわと漂うわたしの思考は、目の前に提示された事実をうまく処理できずにいた。
ハニーボールは死んだ。
エリック・マートンと同じように、狙撃されて。死んでいる。目の当たりにした凄惨さもほとんど変わらなかった。
これら一連の出来事が『リサ・アークライトにひと泡吹かせようゲーム』という茶番だった可能性に縋るのは、あまりにも馬鹿げている。
そのとき、わたしの頭の中でなにかがひらめいた。
マートンの死、ハニーボールの死。
何気なく並べたふたつの点が、突然ひとつの線で結びつけられたのだ。
常識では考えられない狙撃技術。それがふたつの死を結ぶ線だった。
さらにひらめきがもうひとつ、マートンとハニーボールの死に共通項を見出した以上の、ほとんど雷の直撃といってもいい衝撃でもってわたしの中で生まれた。
それは十九分署でマイクが話していた都市伝説に端を発した。普段なら笑い飛ばしていまうような彼の与太話が、今回ばかりは真実味を帯びていた。事実、わたしはニューオーウェルの伝説が存在するという確信を得ていた。
マイクの言っていた<ザ・ブラインド>という暗殺者。もしもそれがそのまま、盲人を意味しているのだとしたら……
我に返ったわたしの目の前で、ジョンが荷物をおろしていた。
数時間ぶりに帰ってきたジョンの自宅エントランスは暖かく、ランプもそのステンドグラスの笠ごしに柔らかい光を投げかけ続けている。ジョンの背中を油断なく見ながら、わたしはふたたび銃を抜いた。
撃鉄を起こす音に、ジョンが肩ごしに振り返る。ふたたびサングラスをかけた彼の表情をうかがい知ることはできない。
「リサ、なんのまねだ?」
「見過ごすことなんてやっぱりできない」わたしは自分に言い聞かせるように首を何度か横に振った。「ジョン・リップ……いいえ、<ザ・ブラインド>。マーク・ハニーボールおよび、エリック・マートン殺害の容疑で、あなたを逮捕します」