第二章 105

文字数 1,172文字

 ライフルの弾丸が放たれるのと、誰かがわたしに体当たりしてきたのはほぼ同時だった。
 わたしは空中に投げ出されながら、自分がついさっきまでいた場所を五・五六ミリ弾の一群が飛んでいくのを見た気がした。

 床の上に倒れたわたしに、誰かがおおいかぶさっていた。

「馬鹿野郎、死にたいのか」

 声の主はリッチーだった。煙草の香りとともに、彼の身体から緊張した汗のにおいが届いてくる。

「早撃ちでもするつもりだったのか? ジョン・ウェインごっこならほかでやれ」
「イーストウッドのつもりだったんだけど」

 どこか遠くのほうで、わたしはそう自分が返事をするのを聞いた。
 あれだけ濃密だった怒りと殺意は薄れており、冷静さを取り戻しつつもあった。少なくとも、うわごとのようにではあるが冗談を返せるくらいには。

「どっちだっていい」

 言いながらリッチーがわたしの上から身を起こし、近くの事務机にもたれかかる。その拍子に彼の表情が大きく歪む。彼の右腕からは血が滲んでいた。わたしの意識の焦点が急速に正されていく。

「撃たれたの?」
「ほっとけ、それよりあのいかれ野郎をどうにかしないと。ここにいる全員がくたばっちまうぞ」

 わたしたちが話しているあいだも、サム・ワンは引き金をしぼり続けていた。そのたびにアサルトライフルの散発的な銃声が天井を跳ね回り、悲鳴と苦悶の呻き声にアクセントを添えていた。

「けど、ここにはろくな武器がないわ」
「そうだな。せめて裏の保管庫に行ければいいんだが……」

 そう言ってリッチーは、わたしたちが身を隠していた机から顔を覗かせた。その瞬間、鋭い銃声が響いた。

「くそ!」おがくずとなった机の破片を浴びながら、亀のように首をすぼめたリッチーが叫ぶ。「これじゃ釘づけだ!」

 その直後、ホールの奥の扉が開け放たれた。

「おい、この野郎!」そこに立っていたのはアル・パウエルだった。「ここで好き勝手やりやがって!」

 そう言ってアルは手にしていたポンプ式ショットガンをサム・ワンに向けた。
 一度、二度、三度。銃声と排莢の動作音がリズミカルに繰り返され、散弾がわたしたちの頭の上を飛び越えていく。

「アル! 隠れて!」

 物陰に隠れていたわたしがそう叫んだのは、ほとんど直感からだった。
 次の瞬間、アルはぎょろついた目をさらに丸くして、その太った身体からは想像できない俊敏さで廊下の奥へと身を隠した。
 直後にサム・ワンのライフル弾がわたしたちの背後からドア枠を越え、廊下の壁をえぐりとっていく。

「応戦しろ!」

 そう言って身を起こしたのはリッチーだった。彼が遮蔽物から身を乗り出すと、拳銃で武装した署員たちがそれに続く。
 わたしも立ち上がり銃を構えた。

 やれやれ、いよいよ西部劇じみてきたわね。
 頭の中の冷静な部分が皮肉を言うのを無視して、わたしはサム・ワンに向けて引き金を引いた。
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