第二章 12
文字数 1,555文字
「ほら、おまえの番だ。カードを引きな」
三十分としないうちに倉庫は即席の賭博場に変わった。彼らは長年の海風の影響でささくれだった木製のテーブルと椅子をどこからか持ち出すと、それを取り囲んでカードゲームに興じはじめた。定例会らしい定例会は最初は立ち話で、あとはテーブルに載せた酒壜をかたむけながらほんの十分ほどで終了していた。
ゲームの進行以外の彼らの話題といえばまずは車、それから酒と女、あとは野卑なジョークに終始していた。
署内でも、同僚が似たようなやりとりを小声で交わしているのをたまに耳にしたことがある。もっとも、わたしがその場に居合わせると、会話はとってつけたような咳払いとともにうやむやにされてしまうのだが。
「で、そのデカッ尻の女とはどうしたんだ?」
「なにも」六人のなかで一番若い男が首を横に振った。
「おれは知ってるぜ」熊のような髭面の男が横槍をいれる。「その場にいたからな」
髭面がわざとらしく襟を正してみせると、ほかの者はカードを置いた。話の槍玉にあげられた男だけが指に煙草を挟んだ手で頭を抱えるように俯いている。
「おれも隣の部屋で女と一緒にいたからさ……あの店にあがりをとりに行くときはそれが楽しみで、役得みたいなもんさ……それでだ、事をはじめる前に相手の女と一杯ひっかけて、さあこれからってときにこいつの部屋から悲鳴と、なにかがずどんと落ちる音がきこえたんだ。いいか、〝どすん〟じゃねえ〝ずどん〟だ、間違いねえ。それでおれは慌てて部屋を飛び出した。もちろんタオルを腰に巻いてな、でないとしまりがねえ。そのとき廊下でひとりの女とすれちがったんだが、それが例のデカッ尻さ。まったくその尻ときたら!」
髭面が笑い出したので、ほかの男たちはどやしつけた。だが、話が途切れたことにさしたる不満はなさそうだ。
「まるで恐竜だ。その女は下着姿で廊下を走っていったんだが、その拍子にパンティが半分ずり落ちてな。あれじゃキングサイズのベッド用カバーだって言われても信じそうになるぜ」
髭面のしたり顔につられて、ほかの男たちも歯を見せてにやつく。若い男だけが不機嫌な表情のままだった。
髭面は場が落ち着いたのを見計らうと、「それからおれは部屋に入ったんだが、なんとそこには脚の折れたベッドがひとつ。それからひん曲がったマットレスに裸のサリーが埋まってやがった」
髭面が若い男、サリーを指さすと、ほかの男たちも彼に指をさして囃し立てた。
「おれは声をかけた。『サリー、大丈夫か?』。するとサリーはこう訊ねた。『エンリケス、おれはどうなってる? 脚が折れてないか?』。そこでおれはこう訊き返した。『脚が折れたと言うが、そいつはおまえのか? それともベッドのか?』」
男たちの笑い声は最高潮に達し、一気に爆発する。
手を打ち鳴らす者、サリーの肩を叩く者。
髭面のエンリケスはかぶっていたパナマ帽を持ち上げて自分の胸に当てると、聴衆の賛辞へ上品に応じてみせた。最後には、むくれていたサリーも笑みを浮かべた。苦笑いではあったが、少なくとももう腹を立ててはいないようだった。
オーケイ、おれたちは最高だ。
誰も口にしなかったが、誰もが表情でそう物語っていた。
倉庫の奥、事務室がある区画のほうからドアが開く音がすると、一瞬にして彼らの笑いは止まった。
静まりかえった倉庫に乾いた足音がゆっくりと響く。そうして積み上げられた木箱のあいだからあらわれたのは、ひとりの男だった。
こざっぱりとした服装、ごま塩の長い髪、そして顔には大きなサングラス。
「アルベローニ・ファミリーの方たちかな?」男は幹部候補たちから十フィートほど手前で止まり、そう訊ねた。
「てめえは誰だ?」ひとりが声をあげる。
「わたし? わたしはジョン・リップという者だ」
三十分としないうちに倉庫は即席の賭博場に変わった。彼らは長年の海風の影響でささくれだった木製のテーブルと椅子をどこからか持ち出すと、それを取り囲んでカードゲームに興じはじめた。定例会らしい定例会は最初は立ち話で、あとはテーブルに載せた酒壜をかたむけながらほんの十分ほどで終了していた。
ゲームの進行以外の彼らの話題といえばまずは車、それから酒と女、あとは野卑なジョークに終始していた。
署内でも、同僚が似たようなやりとりを小声で交わしているのをたまに耳にしたことがある。もっとも、わたしがその場に居合わせると、会話はとってつけたような咳払いとともにうやむやにされてしまうのだが。
「で、そのデカッ尻の女とはどうしたんだ?」
「なにも」六人のなかで一番若い男が首を横に振った。
「おれは知ってるぜ」熊のような髭面の男が横槍をいれる。「その場にいたからな」
髭面がわざとらしく襟を正してみせると、ほかの者はカードを置いた。話の槍玉にあげられた男だけが指に煙草を挟んだ手で頭を抱えるように俯いている。
「おれも隣の部屋で女と一緒にいたからさ……あの店にあがりをとりに行くときはそれが楽しみで、役得みたいなもんさ……それでだ、事をはじめる前に相手の女と一杯ひっかけて、さあこれからってときにこいつの部屋から悲鳴と、なにかがずどんと落ちる音がきこえたんだ。いいか、〝どすん〟じゃねえ〝ずどん〟だ、間違いねえ。それでおれは慌てて部屋を飛び出した。もちろんタオルを腰に巻いてな、でないとしまりがねえ。そのとき廊下でひとりの女とすれちがったんだが、それが例のデカッ尻さ。まったくその尻ときたら!」
髭面が笑い出したので、ほかの男たちはどやしつけた。だが、話が途切れたことにさしたる不満はなさそうだ。
「まるで恐竜だ。その女は下着姿で廊下を走っていったんだが、その拍子にパンティが半分ずり落ちてな。あれじゃキングサイズのベッド用カバーだって言われても信じそうになるぜ」
髭面のしたり顔につられて、ほかの男たちも歯を見せてにやつく。若い男だけが不機嫌な表情のままだった。
髭面は場が落ち着いたのを見計らうと、「それからおれは部屋に入ったんだが、なんとそこには脚の折れたベッドがひとつ。それからひん曲がったマットレスに裸のサリーが埋まってやがった」
髭面が若い男、サリーを指さすと、ほかの男たちも彼に指をさして囃し立てた。
「おれは声をかけた。『サリー、大丈夫か?』。するとサリーはこう訊ねた。『エンリケス、おれはどうなってる? 脚が折れてないか?』。そこでおれはこう訊き返した。『脚が折れたと言うが、そいつはおまえのか? それともベッドのか?』」
男たちの笑い声は最高潮に達し、一気に爆発する。
手を打ち鳴らす者、サリーの肩を叩く者。
髭面のエンリケスはかぶっていたパナマ帽を持ち上げて自分の胸に当てると、聴衆の賛辞へ上品に応じてみせた。最後には、むくれていたサリーも笑みを浮かべた。苦笑いではあったが、少なくとももう腹を立ててはいないようだった。
オーケイ、おれたちは最高だ。
誰も口にしなかったが、誰もが表情でそう物語っていた。
倉庫の奥、事務室がある区画のほうからドアが開く音がすると、一瞬にして彼らの笑いは止まった。
静まりかえった倉庫に乾いた足音がゆっくりと響く。そうして積み上げられた木箱のあいだからあらわれたのは、ひとりの男だった。
こざっぱりとした服装、ごま塩の長い髪、そして顔には大きなサングラス。
「アルベローニ・ファミリーの方たちかな?」男は幹部候補たちから十フィートほど手前で止まり、そう訊ねた。
「てめえは誰だ?」ひとりが声をあげる。
「わたし? わたしはジョン・リップという者だ」