第二章 41

文字数 1,411文字

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 わたしは、自分の刑事昇進のきっかけとなった武装強盗事件を思い返していた。

 前時代のマフィアよろしくトンプソン機関銃を乱射しながら、大金を担いで派手な逃避行を仕掛ける三人の強盗団。それを追うふたりの若き警察官は被弾したパトカーで猛追を敢行し、勇気と使命感だけを武器に悪しき強盗団を一網打尽、事件を見事解決に導いた。

 というのが、世間でまことしやかに語られた逸話なのだが、その真相はなんとも情けないものだった。

 正直に告白すると、わたしは英雄でもなんでもない。

 わたしとティムが武装強盗との銃撃戦に参加したのは事実だ。
 しかし巡回中に要請を受けて応援せざるを得なかった、というのは、どちらかといえば積極的な理由とは言えまい。実際現場に向かうあいだ、ティムは手のひらににじんだ汗を拭き続けたせいでズボンがびしょびしょだったし、わたしも身体の震えを隠すのに必死だった。

 現場では重武装の犯人相手に応戦してはみたものの、拳銃を闇雲に撃ちまくっただけで、あとはティムと仲良くパトカーのかげに隠れていただけ。
 逃亡した犯人を単独で追跡したのは事実だが、被弾が少なくまともに動けたのがわたしたちのパトカーしかなかったからで、まわりから半ば押しつけられたようなものだった。
 クリスマスにむけて念入りに手入れされたオーブンを檻の中から見る七面鳥のような気持ちを抱きながら、わたしとティムはあくまで追跡をするだけにとどめ、間違っても犯人たちと映画さながらの銃撃戦などしないようお互いに誓い合っていた。

 港湾地帯に着いたとき、しがみつくようにした無線機をティムがゆずらなかったのは事実だが、わたしはわたしでそんな相棒に、応援がきたらすぐに助けに来るように何度も念を押していた。結局、警官隊を率いた彼は犯人逮捕の一報からだいぶ遅れて現場に馳せ参じたのだが、そこだけは映画でよく見るラストシーンさながらだった。

 殉職というけして歓迎できない名誉に怯えるわたしを救ったのは日々の鍛錬の成果ではなく、いくつかの幸運であったことにほかならない。

 まず、偶然覗きこんだ倉庫で犯人たちを見つけたこと。
 次に犯人がわたしの存在に気づいていなかったこと。
 恐るべきトンプソン機関銃が持ち主たちの手からだいぶ離れたところに置かれ、彼らがそれ以外の武器を持っていなかったこと。

 そしてなにより、犯人たちの諦めがよかったこと。

 丸腰のまま銃を向けられていると気づくや、彼らはすぐさま両手を頭の後ろで組んで膝までついてみせた。
 たとえ相手がひよっこの警官で、黙秘権からはじまるミランダ警告を口にするのを忘れるばかりか、震えながら突きつける拳銃の安全装置すらはずしていなかったにも関わらず、彼らはわたしにあっさりと降参したのだ。

 下部組織のさらに末端とはいえ、アルベローニ・ファミリーのメンバーを逮捕したわたしは、その復讐に恐怖するあまり、しばらくは好物のステーキを目の前に出されても食欲がわかなかった。
<ニューオーウェル・タイムズ>の一面に載るのを辞退したのも、面相が割れて組織から報復を受けるのを恐れたからだ。
 わたしはそこまで殊勝でもなければ謙虚でもない。そうでなければ、スターになれる絶好の機会を前に写りが最高のセルフブロマイドを嬉々として選別していただろう。

 つまりわたしは、優秀だから刑事になれたのではない。まぐれで昇進のチャンスを手にしただけなのだ。
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