第二章 102

文字数 2,025文字

 十九分署に着いたわたしは、裏手の駐車場に停めたダッジの座席におさまったまま一枚のメモ書きをしげしげと眺めていた。

 ジョンはその優れた記憶力で、マートンと組んでいたときに標的となったアルベローニ・ファミリーのメンバーすべての情報をわたしに話してくれた。

 その数は十八人。

 ジョンがこの仕事に携わった年月から考えると、一年にひとりからふたりが標的として始末されている計算だ。彼らとのあいだになんらかの共通点を見出す必要があった。

 残念なことに、ジョンは標的を始末するために必要な情報を握ってはいたものの、彼らがなぜ殺されなければならないのかまでは知らなかった。
 殺し屋はその点については深く考えないのだという。
 もっともだ。これから命を奪おうとする相手のことを必要以上に知っても得にはならない。
 相手を知れば情が移るし、情が移れば肝心なところで躊躇する。危険が増えるだけだ。

 考え、答えを導きだすのは刑事であるわたしの仕事だ。たとえそれがあるかどうかもわからない手がかりであっても、可能性をひとつずつあたっていくしかない。

 わたしはメモ書きを上着のポケットにしまうと、リュックを肩にかけて車からおりた。

 昨夜の寒さとうってかわって、空からはやわらかな日差しが降り注いでいた。わたしは駐車場を横切ると、裏口から署内へと入っていった。
 数日前、証拠品の弾丸をくすねた帰りにリッチーたちとすれちがった廊下がまっすぐのびている。わたしは廊下を早足で歩くと、正面ホールに続くドアをくぐった。

 ホールは想像以上の騒がしさだった。
 そこらじゅうで怒鳴り声が響き、行き交う人々は身体が触れ合うたびに相手を睨みつけている。小競り合いにまで発展しているところでは殺気すら発散されていた。
 普段から慌しい場所ではあるが、この日はさらに異様な雰囲気が漂っている。まるで人間大のスズメバチがひしめく巣にほうりこまれたような気分だ。
 さらに驚くべきことに、この騒々しさは市民ではなく警察官から発せられていた。

「ねえ、この騒ぎはなんなの?」

 わたしは近くを通りかかった女性事務員を呼び止めたが、彼女は首を傾げるだけでまともにとりあってはくれなかった。

 わたしは辟易しながらも、人垣をかきわけて奥へと進んでいった。目指すは壁際の一画に設けられた職員用の端末コーナーだ。
 だが、長机の上に数台のパソコンが置かれただけの簡素なスペースは満席だった。

 職員たちが背中を小突くようにすれ違っていくなかで、順番を待つか二階のオフィスにある自分のパソコンを使うかを天秤にかけていると、幸運にもわたしの目の前の座席にいた人がタイミングよく立ち上がった。

 わたしは身体を滑り込ませるようにして空いた席についた。このあつかましい行為に順番待ちをしていた人たちから冷たい視線が突き刺さってきたが、いまは頓着していられない。
 この喧騒であれば、相手より早く椅子に尻をつけた者の勝ちだ。

 表示されたデスクトップ画面にはアイコンがいくつか並んでいる。
 わたしはその中から警察内で使用するイントラネットを立ち上げ、犯罪者のデータベースを呼び出した。

 検索用のウィンドウに調べたい人物の情報を入力していく。
 年齢、性別、血液型、出身州……
 ありがたいことに、ジョンが教えてくれた情報はそのすべてを網羅していた。
 わたしは十八人分のデータをプリントアウトすると、次のステップを考えた。ひとまず、彼らが殺された時期にニューオーウェルでなにが起きたかを、特に事件の観点から探っていくのがよさそうだ。

「ここでなにやってるんだ?」

 背後から声をかけられ、わたしは椅子の上で飛び上がった。振り返るとリッチーとマイクが立っていた。ひしめきあう人の多さにもかかわらず、リッチーは悠然と煙草を吸っている。

「ちょっと、驚かさないで」
「なにをやってるんだ?」リッチーは繰り返した。
「捜査よ。あなたこそ、今日は非番なんじゃないの?」
「覚えてくれてたのか。嬉しいね」

 リッチーの様子は普段とほとんど変わらなかった。まるで昨日<ホワイトフェザー>で交わした殺伐としたやりとりなど覚えていないかのように。まったく、タフなのか鈍感なのかわからない。

 相手に遠慮するのも癪なので、わたしも彼にいつもどおり接することにした。

「茶化さないで。ところでこの騒ぎはなんなの?」
「あいにく、おれもいま来たばかりでな。だがどうやら、非番の連中までかり出されているらしい。おまけに上から担当している捜査はすべて中断しろとのお達しだ」
「なにがあったのよ?」
「タレコミさ」その問いに答えたのはマイクだった。「それも情報の質も量も並のもんじゃない。聞いて驚くなよ。なんと、あのアルベローニ・ファミリーのネタだ」

 そう言ってマイクが取り出した書類を、わたしは奪うように手にした。
 怪訝な顔をするリッチーをよそに、書類に目を通したわたしは全身の毛が逆立っていくのを感じた。
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