第二章 27

文字数 2,327文字

 睨みつけるわたしをよそに、ジョンはトチロウのほうを向いて小首をかしげてみせた。

「たしかに。リップさん、あんたよりずっとおっかないや」トチロウは口元に笑みをはりつけたまま両手をあげ、ふたたび椅子の背もたれに身をあずけた。「そういえば、今日はじいちゃんにどんな用です?」

 ジョンがこちらに頷いてみせたので、わたしはポーチから弾丸の入った袋を取り出した。

「シャイタックか」その正体を素早く見極め、トチロウは短くそう言った。
「これの持ち主を探してほしい」
「期限は?」

 トチロウは言いながら抽斗からメモ帳を取り出し、ペンを走らせはじめた。その筆記体は舌を巻くほど流麗だった。

「今日にでも」

 あっさりというジョンに、トチロウのペンが止まる。

「なんですって?」
「早ければ早いほどいい。それができたら報酬もはずむよ」
「お金の問題じゃありませんよ」言ってからトチロウは慌ててペン先を紙から離した。だがそのときには紙が余分なメモがインクを吸っており、太陽のような形の黒いしみを作っていた。彼はメモを一枚、それからさらにもう一枚めくって切りとると、「いいですか。そいつが世の中にいくつ出回っていると思ってるんです? この仕事にかかりっきりでも一ヶ月。うちが使ってるデータベースにも登録されてない代物だともっとかかります」
「できるさ」ジョンがまたしてもあっさり言う。
「リップさん。あんたの無茶な注文にはいつも泣かされてますが、絶対にできない頼み事をしてくる人じゃないのは知ってるつもりなんですがね」
「ああ、そのとおり。きみがどういう調べ方をするのかは知らないが、線条痕の解析も製造元を追うこともしなくていい。そいつはピースのひとつに過ぎないんだ」

 いよいよ表情を曇らせるトチロウに、ジョンはマートンの名は伏せつつ、彼がこの弾丸で殺害された現場の状況を説明した。
 服務規程にふれるかもしれないが、情報が足りなかったり誤っている場合は補足しよう、わたしはそう身構えていた。
 しかしその必要はなかった。ジョンはまるで当事者であるかのように、マートンの殺害状況についてその詳細に至るまでを熟知していた。

「そこまで詳しいとは思ってなかった」
「マクブレインから捜査報告書をもらったんだ」耳打ちするわたしにジョンは小声で答えた。「ご丁寧にも点字書きでね。彼にしてはめずらしいことだが」

 たしかに、あの署長がそんな証拠を残すような真似をするとは。彼にしては軽率な行動だ。だが、わたしはそれ以上はなにも言わなかった。

 ジョンの説明を耳に、トチロウは顎に手をあてながら何度か頷いた。

「なるほど。そんな狙撃ができる人間となると、対象はかなりしぼられますね」
「使う銃も分かっていることだし、特定は難しくないと思うがね」
「それでじいちゃんのところにきた、と。すみません、早とちりしちまったみたいで。おれの悪い癖です」
「いいさ。こちらも説明不足だった。本当はミヤギさんに直接訊ねられたらよかったんだが……トチロウ、きみはそんな人物に心当たりはないかい?」
「ええ、いますよ」

 当然、というような彼の口調に、わたしとジョンは思わず身を乗り出した。

「シャイタックを使うところは見たことありませんがね。リップさん、あんたなら確実にその仕事をやれるはずだよ」

 挑戦的とさえ言える目つきをするトチロウをよそに、わたしたちが帯びていた熱は急速に冷めていった。

「あれ? 冗談のつもりだったんですが。おれ、なんかまずいこと言いました?」

 トチロウのその態度は無邪気でさえあったが、その言葉はジョンとわたしを落胆させるには充分だった。ジョンが落ち込む姿というのは正直意外だったが、わたし自身、冗談でも他人からそんなあけすけな推理を聞かされたくはなかった。

「トチロウ、冗談だというのはわかるんだが、これは面白半分で片付けられる問題でもないんだ。そこにいるニューオーウェル市警殺人課刑事のリサ・アークライト刑事と、彼女にエリック・マートン殺害の容疑をかけられているわたしにとってはね」

 ジョンの言葉に、トチロウは棒を飲んだようにしばらく身動きをとれない様子だった。

「ってことは、それってマートンさんが殺されたときの……」トチロウがわたしの持つ弾丸を指さす。「そんな、リップさん。すみません。おれ、けしてそんなつもりで言ったわけじゃないんです。そんな離れ業ができる人間って考えて、まっさきにあんたが頭に浮かんだもんだから」

 軽率でした、とトチロウは頭を下げた。彼はほんの洒落のつもりで、遠まわしで皮肉めいた賛辞をジョンへ贈ったつもりだったのだろう。わたしもジョンに容疑をかけていたものの、すでに彼への疑いをあらためつつあった。
 いまわたしの心はジョンを逮捕することではなく、彼とともに真犯人を追うことへと向けられていた。

「いや、いいさ。タフなやりとりをしてたかったんだろう、わたしにも経験があるからね。ところで、ミヤギさんはいつ帰ってくるんだい?」
 トチロウは頷くと、「そうですね、いつもなら午後をだいぶまわったころに帰ってきます。知り合いのところに行くと必ず長いこと話し込むんで。おまけに連絡しようにも相手の連絡先を知らないんです。じいちゃん、携帯電話も持ってないし」
「そうか。なら出直すよ。わたしの連絡先は知っているね?」
「ええ。じいちゃんが帰ってきたらすぐに電話させます」
「そうしてくれ。リサ、弾丸をここに置いていってもいいかい?」
「ええ。少しのあいだなら」
「決まりだな。それじゃあトチロウ、あとでまた来るよ」
「はい……それから、本当にすみませんでした」
「気にするな。それよりミヤギさんがはやく帰ってきてくれることを願うよ」
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