第一章 10
文字数 1,502文字
殺人課オフィスのある二階におりると、リッチーが数人の同僚と世間話をしていた。
彼らは皆フランクに振舞っていたものの、その口元には緊張感がはりついている。疎遠だったとはいえ同僚が死に、しかも殺されたとあれば、そこにはやはり暗いかげが落ちる。
普段どおりに見えたのはリッチーだけだった。わたしはひとまずその輪にくわわろうと、乱雑した書類が山をなす机のあいだを通りぬけた。
わたしの接近にいち早く気づいたのはリッチーだった。彼は続いていた会話に適当な相槌を打ちながら、わたしに目線を投げかけてきた。
どうした? その目がそう訊ねていた。
「署長と話してきた」リッチーの前に立ったわたしは言った。
「マートンの件の報告か。ご苦労なことだが、まだ気が早いんじゃないか?」
「そうじゃない。あなたとのことよ。捜査から離れるよう言われたことを話したのよ」
リッチーは肩をすくめると、「やれやれ、ここは小学校か? なら、今度はおれが校長室に置かれた問題児席に座らないとな」
居合わせた同僚たちが笑みをこぼしたが、それはお愛想めいた乾いたものだった。対等な立場にいると思っている同僚たちに気遣われているのだと思うと、わたしはますます腹が立った。
「リサ、おまえさん警察官になってどれくらい経つ?」
「二年半」
「いままでに何人とコンビを組んだ?」
「ふたりよ」制服警官時代、ティムと組んでいたときのことはあえて数えない。
「で、いまおまえさんは三組目をふいにしちまうというわけか」
「あなたが始めたことでしょ。半年間組んできたけど、わたしはコンビを続ける気もなければ、捜査から手を引くつもりもないわ」
きっぱりと言うわたしに、リッチーは何度か頷いた。
「半年か……お互いによくもったほうだ」リッチーはわたしから視線をはずすと、「行こうマイク。今日からあんたがおれの相棒だ」
声をかけられたマイクは、その特徴的なぎょろ目をさらに大きくした。
「ああ、そりゃ願ったりだが……いいのかよ、リサは? だって彼女はあんたの――」
「いいから行くぞ。仕事の時間だ」
立ち上がったリッチーがオフィスの出口へ向かうと、マイクはそのあとを足早に追った。
マイクはもともとマートンの相棒だった。しかしそれは便宜的なもので、これまでほとんどひとりきりで仕事をしていた。
形式上の相棒が今朝殺されて名実ともに単独行動を余儀なくされていた彼は、この幸運な日の午前中、リッチーのひとことでようやくその損な役まわりから解放されたわけだ。
姿を消す前、マイクがこちらを振り向いて詫びるような一瞥をくれる。わたしはそれに応じることができなかった。
厄介払いができたので、少なくとも望みの半分は叶った。そう自分を慰めようともしたが、それでも心には虚しさしかなかった。
ほかの同僚も離れていき、オフィスにひとり残されたわたしは、自分の椅子に腰かけた。
隣には元相棒となったリッチーの机。コンビが解消されたいま、わたしが荷物をまとめてほかの机に移るべきなのだろうが、いまはそれをしている余裕も気力もない。
ふと視線をあげると、乱雑さがドレスコードといえる刑事の机において、あきらかに異質な、整然と片付いた机が視界に入る。
そこが死んだマートンの席だった。とはいえ、彼がそこに座っているのをわたしは見たことがない。
わたしを除けば、殺人課で相棒がいないのは彼くらいのもので、そうなれば自然と組み合わせは決まっていく。
「よろしくね、マートン」
感傷をまぎらわすために呟いたひとことがみじめたらしくオフィスに響く。
同時にそれが死者に向けた言葉だと気づき、わたしは背筋が寒くなるのを感じた。
彼らは皆フランクに振舞っていたものの、その口元には緊張感がはりついている。疎遠だったとはいえ同僚が死に、しかも殺されたとあれば、そこにはやはり暗いかげが落ちる。
普段どおりに見えたのはリッチーだけだった。わたしはひとまずその輪にくわわろうと、乱雑した書類が山をなす机のあいだを通りぬけた。
わたしの接近にいち早く気づいたのはリッチーだった。彼は続いていた会話に適当な相槌を打ちながら、わたしに目線を投げかけてきた。
どうした? その目がそう訊ねていた。
「署長と話してきた」リッチーの前に立ったわたしは言った。
「マートンの件の報告か。ご苦労なことだが、まだ気が早いんじゃないか?」
「そうじゃない。あなたとのことよ。捜査から離れるよう言われたことを話したのよ」
リッチーは肩をすくめると、「やれやれ、ここは小学校か? なら、今度はおれが校長室に置かれた問題児席に座らないとな」
居合わせた同僚たちが笑みをこぼしたが、それはお愛想めいた乾いたものだった。対等な立場にいると思っている同僚たちに気遣われているのだと思うと、わたしはますます腹が立った。
「リサ、おまえさん警察官になってどれくらい経つ?」
「二年半」
「いままでに何人とコンビを組んだ?」
「ふたりよ」制服警官時代、ティムと組んでいたときのことはあえて数えない。
「で、いまおまえさんは三組目をふいにしちまうというわけか」
「あなたが始めたことでしょ。半年間組んできたけど、わたしはコンビを続ける気もなければ、捜査から手を引くつもりもないわ」
きっぱりと言うわたしに、リッチーは何度か頷いた。
「半年か……お互いによくもったほうだ」リッチーはわたしから視線をはずすと、「行こうマイク。今日からあんたがおれの相棒だ」
声をかけられたマイクは、その特徴的なぎょろ目をさらに大きくした。
「ああ、そりゃ願ったりだが……いいのかよ、リサは? だって彼女はあんたの――」
「いいから行くぞ。仕事の時間だ」
立ち上がったリッチーがオフィスの出口へ向かうと、マイクはそのあとを足早に追った。
マイクはもともとマートンの相棒だった。しかしそれは便宜的なもので、これまでほとんどひとりきりで仕事をしていた。
形式上の相棒が今朝殺されて名実ともに単独行動を余儀なくされていた彼は、この幸運な日の午前中、リッチーのひとことでようやくその損な役まわりから解放されたわけだ。
姿を消す前、マイクがこちらを振り向いて詫びるような一瞥をくれる。わたしはそれに応じることができなかった。
厄介払いができたので、少なくとも望みの半分は叶った。そう自分を慰めようともしたが、それでも心には虚しさしかなかった。
ほかの同僚も離れていき、オフィスにひとり残されたわたしは、自分の椅子に腰かけた。
隣には元相棒となったリッチーの机。コンビが解消されたいま、わたしが荷物をまとめてほかの机に移るべきなのだろうが、いまはそれをしている余裕も気力もない。
ふと視線をあげると、乱雑さがドレスコードといえる刑事の机において、あきらかに異質な、整然と片付いた机が視界に入る。
そこが死んだマートンの席だった。とはいえ、彼がそこに座っているのをわたしは見たことがない。
わたしを除けば、殺人課で相棒がいないのは彼くらいのもので、そうなれば自然と組み合わせは決まっていく。
「よろしくね、マートン」
感傷をまぎらわすために呟いたひとことがみじめたらしくオフィスに響く。
同時にそれが死者に向けた言葉だと気づき、わたしは背筋が寒くなるのを感じた。