第二章 34

文字数 1,569文字

 こじんまりとした店内に人の気配はなく、今朝トチロウがおさまっていたカウンターにも誰もいなかった。

 わたしたちは入り口そばの商品棚のそばに伏せると、奥の様子を窺った。閉ざされた入り口のドアごしに、表のくぐもったざわめきが、静まりかえった店内までとどいてくる。
 ジョンは床に目を落としたままじっと動かなかった。彼が聴覚に全神経を集中させているのはあきらかだったので、わたしは息を止めるようにしてそれを見守った。

 やがてジョンは頷くと、腰を落としたまま影が這うようにカウンターのそばまで駆けていった。相変わらず盲人とは思えないほどの素早さと正確さだ。わたしも彼に続いて、たどりついたカウンターに背中をあずける。商品棚からここまでのほんの数歩の距離が、十ブロック分にも感じてしまう。

 カウンターごしに店の奥をのぞき見る。薄暗がりに目が馴れてきたのか、トチロウが座っていた場所の背後、垂れ下がる竹で編んだカーテンの向こうに、ぼんやりとだが通路がのびているのが見える。

 ジョンは音もなくカウンターをまわりこむと、そのカーテンのそばに身を潜めた。わたしもそれにならって彼の後ろにつく。視界の端でカウンターの裏側をとらえるが、トチロウはおろか、彼が腰かけていた椅子もなくなっていた。カーテンの先の通路はほんの十五フィートたらずだったが、隠れる場所は見当たらない。

 ジョンはこちらを振り返ると、まず自分を指さし、それから通路の奥をしめした。わたしはサインの意味を理解し、彼の肩にそっと手を置いた。
 ジョンが身を前に倒す……小さく、ゆっくりと。それから緩慢な振り子のように今度は姿勢を後ろに傾ける。

 ……ひとつ。わたしは数えた。

 ふたたびジョンは重心を前にあずけ、またこちらに戻ってくる。

 ……ふたつ。

 三つ目でジョンは戻らなかった。
 彼はわたしが肩を離した瞬間、通路の奥へと消えた。彼がくぐった竹のカーテンはぶつかりあって音をたてるどころか、揺れさえもしなかった。わたしは入り口から半身を出すと、通路の奥に向けて銃を構えた。

 視界の端で、ジョンが途中の物陰で身を潜めたのが映る。どうやら通路が二手に分かれているらしい。同時にわたしは頭の隅で、ジョンがニューオーウェルの街路だけでなく、建物の内部構造もある程度熟知していることを理解した。きっと彼はこの<ホワイトフェザー>の店内において、どこになにがあるのかも把握できているのだろう。だからこそ、盲目でありながらクリック音がなくてもあれだけの身のこなしができるのだ。

 ジョンが隠れ場所から銃を構える。わたしはすぐさまカーテンをくぐると、なるべく足音をたてないように通路を進んだ。
 途中で通路が分かれているとはいえ、ここは敵が待ち伏せるには絶好の場所だった。
 果てしなく遠いジョンの背中を目指すなか、わたしの脳裏では奥の暗闇から無数の弾丸が放たれる映像がこびりついて離れなかった。
 想像の中で、一瞬の銃火によって闇から浮かびあがる襲撃者の顔は、ひとつの肉片もついていない青白く滑らかな骸骨だった。

 だが待ち伏せも不意打ちもなかった。
 ほんの一秒間がチューインガムのように引き伸ばされてはいたが、わたしはジョンの背中までたどりつくことができた。通路が折れたすぐ先には、二階へ続く階段がのびていた。階上からの襲撃にそなえ、頭上を警戒する。
 その直後、ジョンがふたたび曲がり角を飛び出し、通路のさらに奥へと進んでいった。
 一瞬の判断が遅れ、わたしはその場に凍りついてしまった。二階にばかり意識を集中させすぎたのだ。

 だが奥から聞こえてきたのは、争う音でも銃声でもなかった。

「リサ、もう大丈夫だ。ここへ来てくれ」

 ジョンの声は落ち着いていたが、緊張は消えていなかった。わたしはすぐさま立ち上がると通路の奥へと進んだ。
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