第二章 53
文字数 1,763文字
だからわたしは、例のハンバーガーショップ爆破事件の逸話をかいつまんでジョンに話し、最後にこうつけ加えた。
「それにしてもこんな弟の尻拭いをさせられるなんて、アルベローニはピーノに弱みでも握られてたのかしら」
「それよりももっともらしい理由がふたつある。ひとつは頭が悪く気も短いこの男が、組織にとって有益なある種のひらめきをもたらしてくれる人物ということだ。さっききみの家で話したが、アルベローニが組織を乗っ取るためにマフィアとギャングをぶつける計画を練ったのはピーノだったんだ。彼は兄の野心に手を貸し、アイデアを与えた。金を持ち出して面子を潰されたマフィアを罠にはめたのも、集めたギャングにドラッグを打たせてけしかけたのも、みんなピーノの考えだった」
「まさか、あなたもその場にいたって言うんじゃないの?」
わたしはほんの思いつきからそう訊ねた。ジョンが言うことが本当なら、彼も組織を乗っ取る際そこに居合わせていたのではないか、と。
「いや、わたしがピーノに出会ったのはもっとあと、組織が大きくなってからさ。というより、いみじくもきみの話した爆破事件のほとぼりが冷めるまで高飛びをしていた先で、ピーノはわたしと出会ったんだ」
「嘘でしょう?」
「この期に及んで嘘はつかないさ」
ゴシップの恰好のネタになりそうなピーノの逸話とジョンとのあいだにそんか浅からぬ関係があったとは。それを話したわたし自身、そのことに少なからず驚きを感じていた。
「だがまさか、彼のきまぐれがわたしの人生にここまで影響を及ぼすとはね……それはそうと、アルベローニは爆破事件のときのように弟の無茶に付き合わされることもあったが、まったく得がないわけではなかった。大愚は大賢に似るとはよく言うが……馬鹿はときに、常人の考えを凌駕するものだ」
「ずいぶんな言い方じゃない。ともかく、ピーノは組織にとって利用価値があったってことね。それで? アルベローニが弟を守るもうひとつの理由っていうのは?」
「もっと簡単さ。ピーノがアルベローニにとって、唯一の肉親だったからだ。両親は移り住んだアメリカで蒸発、双子の妹はどちらも病死。だがピーノだけはアルベローニのもとを去らなかった。アルベローニにとっては、さぞかけがえのない存在だったろう」
わたしは殉職した父のことを思い出した。父はときに、幼いわたしにとって友人のような存在だった。
じゃじゃ馬リーシー。
遊んでいるときなど、父はよくわたしをそんな特別な名前で呼んでくれた。父はよく、親しい相手に自分のそんな独特のセンスを惜しみなく発揮していた。
メリッサからリーシーと名前を変えると、わたしはよく自分が別人に変身できたような気分になったものだ。
ジョンは指先でもてあそんでいた壜に目を落としながら(とはいっても、それを見ていたわけではないが)、小さく頷いた。
「だがやはり、アルベローニはどちらかといえば、肉親としての愛情よりもピーノのひらめきを重要視していたんだろう。やつが本当に家族への愛にあふれた人間なら、わたしはとうにこの世を去っているはずだからだ」
「それって、どういうこと?」
訊きながら、わたしは意識のどこかですでにその答えを直感していた。「さようならイオウバラ君……」つまりはそういうことだ。
「公的にはピーノ・アルベローニは失踪人扱いになっている。きっと兄であるロドルフォが手をまわしたんだろう。だが実際のところ、やつはとうの昔に死んだんだ」
「ジョン……まさかとは思うけど、冗談よね?」
「いいや、冗談なんかじゃないさ。ピーノは殺され、わたしはその殺しに手を貸したんだ」
重々しい沈黙がおりる。
ジョンは殺し屋だ、それも腕利きの。彼と出会う前から、わたしは何度も<ザ・ブラインド>と呼ばれる殺し屋の噂を耳にしたことがあったし、なによりその仕事ぶりを目撃した。
だがそうして見聞きした光景よりも遥かに、このジョンの告白には粘つくような真実味があった。
「刑事であるきみに理解してもらおうとは思わないが、ピーノをこの手で葬ったことはわたしの人生のなかでもっとも有意義なことのひとつだった。それのみで言えばの話だがね。だがわたしは、そこに至る過程で、人生でもっとも大きな過ちも犯してしまったんだ。それもふたつの大きな過ちを……」
「それにしてもこんな弟の尻拭いをさせられるなんて、アルベローニはピーノに弱みでも握られてたのかしら」
「それよりももっともらしい理由がふたつある。ひとつは頭が悪く気も短いこの男が、組織にとって有益なある種のひらめきをもたらしてくれる人物ということだ。さっききみの家で話したが、アルベローニが組織を乗っ取るためにマフィアとギャングをぶつける計画を練ったのはピーノだったんだ。彼は兄の野心に手を貸し、アイデアを与えた。金を持ち出して面子を潰されたマフィアを罠にはめたのも、集めたギャングにドラッグを打たせてけしかけたのも、みんなピーノの考えだった」
「まさか、あなたもその場にいたって言うんじゃないの?」
わたしはほんの思いつきからそう訊ねた。ジョンが言うことが本当なら、彼も組織を乗っ取る際そこに居合わせていたのではないか、と。
「いや、わたしがピーノに出会ったのはもっとあと、組織が大きくなってからさ。というより、いみじくもきみの話した爆破事件のほとぼりが冷めるまで高飛びをしていた先で、ピーノはわたしと出会ったんだ」
「嘘でしょう?」
「この期に及んで嘘はつかないさ」
ゴシップの恰好のネタになりそうなピーノの逸話とジョンとのあいだにそんか浅からぬ関係があったとは。それを話したわたし自身、そのことに少なからず驚きを感じていた。
「だがまさか、彼のきまぐれがわたしの人生にここまで影響を及ぼすとはね……それはそうと、アルベローニは爆破事件のときのように弟の無茶に付き合わされることもあったが、まったく得がないわけではなかった。大愚は大賢に似るとはよく言うが……馬鹿はときに、常人の考えを凌駕するものだ」
「ずいぶんな言い方じゃない。ともかく、ピーノは組織にとって利用価値があったってことね。それで? アルベローニが弟を守るもうひとつの理由っていうのは?」
「もっと簡単さ。ピーノがアルベローニにとって、唯一の肉親だったからだ。両親は移り住んだアメリカで蒸発、双子の妹はどちらも病死。だがピーノだけはアルベローニのもとを去らなかった。アルベローニにとっては、さぞかけがえのない存在だったろう」
わたしは殉職した父のことを思い出した。父はときに、幼いわたしにとって友人のような存在だった。
じゃじゃ馬リーシー。
遊んでいるときなど、父はよくわたしをそんな特別な名前で呼んでくれた。父はよく、親しい相手に自分のそんな独特のセンスを惜しみなく発揮していた。
メリッサからリーシーと名前を変えると、わたしはよく自分が別人に変身できたような気分になったものだ。
ジョンは指先でもてあそんでいた壜に目を落としながら(とはいっても、それを見ていたわけではないが)、小さく頷いた。
「だがやはり、アルベローニはどちらかといえば、肉親としての愛情よりもピーノのひらめきを重要視していたんだろう。やつが本当に家族への愛にあふれた人間なら、わたしはとうにこの世を去っているはずだからだ」
「それって、どういうこと?」
訊きながら、わたしは意識のどこかですでにその答えを直感していた。「さようならイオウバラ君……」つまりはそういうことだ。
「公的にはピーノ・アルベローニは失踪人扱いになっている。きっと兄であるロドルフォが手をまわしたんだろう。だが実際のところ、やつはとうの昔に死んだんだ」
「ジョン……まさかとは思うけど、冗談よね?」
「いいや、冗談なんかじゃないさ。ピーノは殺され、わたしはその殺しに手を貸したんだ」
重々しい沈黙がおりる。
ジョンは殺し屋だ、それも腕利きの。彼と出会う前から、わたしは何度も<ザ・ブラインド>と呼ばれる殺し屋の噂を耳にしたことがあったし、なによりその仕事ぶりを目撃した。
だがそうして見聞きした光景よりも遥かに、このジョンの告白には粘つくような真実味があった。
「刑事であるきみに理解してもらおうとは思わないが、ピーノをこの手で葬ったことはわたしの人生のなかでもっとも有意義なことのひとつだった。それのみで言えばの話だがね。だがわたしは、そこに至る過程で、人生でもっとも大きな過ちも犯してしまったんだ。それもふたつの大きな過ちを……」