第二章 99

文字数 1,347文字

「思ったんだけど……レオにとっての炎って、あなたのことだったんじゃないかしら?」
「そんなはずないさ」ジョンが首を横に振る。「わたしはレオから誇りと命を奪ったんだ。裏切られたと思いこそすれ、レオがわたしにそれ以上の感情を持ってはいなかっただろう」

 わたしはワインボトルに直接口をつけて中身をあおると、それをジョンに突き出した。それに気づいたジョンがボトルを受け取り、わたしと同じように中身を傾けた。
 ビールにはじまりウィスキー入りの紅茶とコーラを経た長い一日は、いまこうしてワインでしめくくられようとしていた。

 あれだけ注意深く持ち運んだグラスは、結局ジョンがくずれ落ちた拍子にどちらも割れてしまった。
 だが、それをどうして責められるだろう。わたしにできることは、こうして差し向かいで屋上に座り、彼の心の傷をアルコールで癒すことだけだった。そしてわたしも、自分の過去に対するその荒療治にあやかっていた。
 今日一日で、わたしたちは随分と自らの過去に散々痛めつけられていたからだ。

「裏切られた、ね……でもレオは最期にあなたに言ったんでしょう。炎を持つことができたって。そもそも炎ってなにを指すのかしら、悪い意味じゃないと思うけど」
「少なくともわたしのことではないだろう。きっとレオにとっての炎は、銃への誓いだったんだ」ジョンはコートの上から左胸のあたりを……ちょうど<貴婦人>がおさまっているところをおさえた。「わたしはこの銃でピーノを殺そうとしたんだ。レオは自らの銃の誓いを守るためにそれを止めたにすぎないのさ」

 わたしはその言葉を反芻した。ジョンから突き返されたボトルも手にするだけで飲みはしなかった。

「そうかしら。炎と誓いは別のものをあらわすんじゃない? たとえほとんど同じ意味だとしても、少しだけずれているような……だめ、うまく言えない」わたしはワインを軽く流し込んだ。わずかな時間でボトルの半分が減り、腹の中はぐるぐると熱くなっていた。「でもきっとそうなのよ。仮にレオが自分の誓いを守るためにあなたに撃たれたとして、それは同時にあなたの……炎であるあなたの手をこれ以上汚さないための行動だったんじゃないかしら。そしてその行動のおかげで炎はさらに輝きを増した。そうでなければ、殺し屋のあなたがこんなに優しいはずないもの」

 わたしはふたたびジョンにボトルを突き出した。
「慰めてくれているのか?」
「半分はね。でももう半分はわたしの本心。あなたは自分の思い込んだ過去に囚われすぎてる。たしかにあなたはここで赦しがたい罪を犯してからも、さらに多くの罪を重ね続けてきたわ。でも、過去を見つめ続けるなんて、そんな罪の償い方は間違ってる……大切なのはこれからのことよ。未来に踏み出さなさい、ジョン・リップ」
「そうかな……」

 ボトルを差し出されていることに気づかないはずはなかったが、ジョンは両手の指を組んだまま受け取ろうとしなかった。しかし横を向いた彼の口元は、ほんのわずかに持ち上がっていた。

「そうだな……」

 わたしはその瞬間、ジョンが過去の自分と和解できたのだと感じた。
 たとえそれがおおげさな表現であったとしても休戦調停ぐらいは結ばれたはずだ。少なくとも、彼と彼の過去との関係は軟化したように思えた。
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