第二章 3

文字数 725文字

「ところで、キャシーこそ誰かいい人はいないの?」
「わたし? そうね……いないかな。わたしもいまはそれどころじゃないもの」それからシャシーはわたしと握り合っていた手をそっと引き抜くと、指先を振って節をつけながら続けた。「わたしのこの唇は、キスするためじゃない。歌うためにあるのよ」

 得意げにウィンクするキャシーを見て微笑みながら、わたしはその裏である短い連想ゲームをはじめていた。

 唇――リップ――ジョン・リップ……
 ――<ザ・ブラインド>

 ああ、いまいましい。

「リサ?」キャシーが眉根を寄せながら声をかけてくる。どうやらまた彼女を心配させたらしい。
「ごめんなさい。もしかして、こわい顔してた?」
「ちょっとだけね」言いながらキャシーは店の奥にあるスクリーンに向きなおった。「ねえ、彼ってちょっとミスター・ウェリントンに似てない?」

 キャシーが指さす先では、例のアクション映画がクライマックスをむかえようとしていた。
 雪山を進むロープウェイに乗りこんだ主人公は、たしかにジョンと顔立ちが似ている。だが、それだけだ。
 むこうは金髪、ジョンはごま塩の髪。むこうは刃物、ジョンはライフル。だからそれだけ。
 おまけに映画の主人公が盲目なのはあくまで役柄で、ジョンは本当の盲人だ。それでいながら、三百ヤード先の標的を二度とも寸分違わず撃ち抜く狙撃技術を持っている。

「最近ずいぶん彼に夢中じゃない?」スクリーンから視線をはずしながらわたしは言った。
「ミスター・ウェリントンに? まさか」

 キャシーはわたしの言葉を笑い飛ばしたが、それは傍目にも演技だとあきらかだった。

〝そのまさかよ〟わたしは思った。〝あなたはジョンに夢中なの。もっと言えば、それが恋なのよ、キャシー〟
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