群馬の話 6

文字数 722文字

 そして……。
 息を殺して、忍足で部屋の中に入るおれ。もちろん心臓バクバクで、足はみっともないくらいぷるぷる震えている。死にかけのチワワみたいに。
 ところが意をけっして部屋のすみずみをくまなく確認してみても、カーペットの上をなにかが這いずったあとはおろか、台所で洗い物をした形跡もなく、室内はしんと静まりかえっている。ただ飛び出したときに自分で蹴散らしていった布団が、ベッドの上でクシャクシャに丸まっているだけだ。
 ……おかしい、そんなはずないのに。
 いま考えてみれば、「はずがない」もなにもない。
 たんに引越しで生活環境が変わったうえに、酒を飲んで酔ったおれが幻聴を聞いただけなのかもしれないのに、そのときのおれはなぜかそう確信していた。
 その上たぶん、徹夜で歩きまわって気分も多少ハイになっていたんだろう。
 おれはだんだん頭にきて、幽霊が出るならなにか原因があるはずだ。だったらその原因をあばいて、不動産屋にどなりこんでやれ! みたいな変なテンションになって、夜が明けて強気になったことも手伝い、部屋中の家探しを決心する。
 ……だとすれば、一番あやしいのはこのカーペットの下だ。
 なにしろ最初からなにか隠すみたいに、きっちり部屋のスペースに合わせてしつらえてあったんだから。
 それならこれをひっぺがして、その「隠したいなにか」をつきとめてやれ。
 一度決めつけるとそうとしか思えなくなってきて、気がつくとおれは、朝っぱらからもくもくと部屋の荷物を台所に運び出していた。
 ――群馬の話7へ。
#実話怪談 #体験談 #わりと長編




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