そっちじゃない

文字数 721文字

 これは、おれの妹がまだ小さかったころの話。
 かなりのお婆ちゃん子だったおれはそのころ、週末になるとなんのかんのと理由をつけて、ちょこちょこお婆ちゃんのうちにひとりで泊まりに行っていた。
 おれを溺愛してくれてたお婆ちゃんの、熱烈なリクエストもあったからね。
 おばあちゃんの家は、だいたいバスとか車でうちからニ十分くらい。
 送り迎えは親父がしてくれてたんだけど、じつはこの話、そっちがメインなわけではない。
 問題だったのは、そのとき留守番していた妹のほう。
 まだ幼稚園にも上がってなかった妹は、やっと満足に「おしゃべり」らしきことができるようになったころで、いつもその相手をするのはおれの役目だった。
 だからおれがいないときの週末は、その相手もいなくていつも不機嫌だったらしい。
 ところが、なぜかその日はちがった。
 お袋がふと気がつくと、妹が居間の仏壇の前にちょこんと座って、なにか楽しそうに「おしゃべり」している。
 最初は飼っている猫かな? くらいに思ったお袋は、
「よかったねぇ、ダッコとお話してるの?」
 と、妹に声をかけた。
 ちなみにダッコは、そのころ飼っていた猫の名前。真っ黒な猫だからダッコ。
 ……ダッコちゃん人形、いまの子はわからないか。
 さておき。
 すると妹は、にこにこご機嫌なようすでこう答えたそうだ。
「ううん、おにいちゃん」
「あら、お兄ちゃんは今日お泊りでしょ?」
「そっちのほうじゃない――」
 ちなみにうちは兄妹ふたりだから、ほかにお兄ちゃんはいない。
#実話怪談 #体験談 #ショートショート




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み