走るおんな
文字数 545文字
閉店後の院で後片付けをしていると、窓の外をおんなの悲鳴が通りすぎていった。
上から下へ、ではなく。
左から右へ――。
きやぁあぁぁぁ、とも、きぃいぃぃぃぃ、とも取れるおんなの声は、いつもとおなじようにきっちり夜の九時になるとそこにあらわれる。
まったく、患者の引いた時間だからさした問題ではないものの、奇妙な評判が立つと整体院としては営業妨害になりかねない。
「……霊道だかなんだか知らないけど、死人が生者に迷惑かけんなよ」
おれは大きくため息をつきながら、西側の出窓のカーテンを引いた。窓のすぐ向こうには隣接するマンションの壁が迫っており、そのわずかな隙間を縫うように、きぃやぁぁぁぁぁぁ、と、またおんなの悲鳴は左から右へ駆け抜けてゆく。
「うるせえぞ、いま何時だと思ってんだ!」
出窓を引き開けざまにおれがどやしつけてやると、ぎくりとして立ち止まった真っ白な着物のおんなは、うらめしそうな顔だけでぐるりと振り向いて消えていった。
やれやれ、いまどきの幽霊は化けて出るのも一苦労だ。
――ちなみになぜおんなが左から右に駆け抜けるのか、その理由をおれは知らない。
#ホラーポエム
上から下へ、ではなく。
左から右へ――。
きやぁあぁぁぁ、とも、きぃいぃぃぃぃ、とも取れるおんなの声は、いつもとおなじようにきっちり夜の九時になるとそこにあらわれる。
まったく、患者の引いた時間だからさした問題ではないものの、奇妙な評判が立つと整体院としては営業妨害になりかねない。
「……霊道だかなんだか知らないけど、死人が生者に迷惑かけんなよ」
おれは大きくため息をつきながら、西側の出窓のカーテンを引いた。窓のすぐ向こうには隣接するマンションの壁が迫っており、そのわずかな隙間を縫うように、きぃやぁぁぁぁぁぁ、と、またおんなの悲鳴は左から右へ駆け抜けてゆく。
「うるせえぞ、いま何時だと思ってんだ!」
出窓を引き開けざまにおれがどやしつけてやると、ぎくりとして立ち止まった真っ白な着物のおんなは、うらめしそうな顔だけでぐるりと振り向いて消えていった。
やれやれ、いまどきの幽霊は化けて出るのも一苦労だ。
――ちなみになぜおんなが左から右に駆け抜けるのか、その理由をおれは知らない。
#ホラーポエム