大好き。
文字数 955文字
雪がね――
ベランダに出て一服しようとした時に、舞い降りてきた。少しだけ季節外れの雪が。
目を凝らして仰いだ遠くの空が、薄っすら鈍色に光っていて、見下ろした町並みは、くるくると白い輝きにつつまれてゆく。まるで、万華鏡でも覗いているみたいに。
「ふぅん……こんな日も、あるんだ」
パッケージから引き出した煙草を押し戻して、小さく独りごちてみた。
氷結した声は白く夜に舞い上がり、すぐに溶け込むように闇に散ってゆく。なら、べつに改めて煙を吐く必要もないだろう。
「――まぁ、たまにはこういうのもね」
冬の粒子みたいだった粉雪は、あっという間に斑なボタン雪に変わる。
ふっと、凍えるような寒さを感じて、思わず部屋の中に声をかけてしまう。
「ねぇ――俺のこと、好き?」
「好き、好き」
そんな風に聞くと、いつでもミユは間を入れずに答えを返してくれる。
「どのくらい、好き?」
「とっても好き。大好き!」
ちょっとだけ、どこか胸の底のほうが温かくなったような気がして、サンダルを脱いで部屋に戻る。
そっと顔を寄せ、なんとなくミユの答えに返事をしてみた。
「俺も……大好きだよ」
「好き。とっても好き。大好き!」
よろこんでいるのだろうか? そう言って、ミユはバサバサと羽ばたいてみせた。浸入していた夜気がほんの少し翼で掻き回されて、エアコンの暖気と小さく混じり合う。
「好き、好き。大好き!」
「うん……俺も、好きだよ」
もう一度答えて、ゆっくりとケージの中に手を伸ばす。せわしく傾げられるミユの首筋を、優しく幾度か撫でてみる。
「好き、大好き!」
そうやってミユは、あいつの言葉を何度も何度もくり返す。
「俺も、好き……」
どうして――
「……どうして、あいつには言ってやれなかったのかなぁ」
もしも言えていたら、なにか変わっていたのだろうか? そうしたらこの部屋は、こんなに寒くはなかったのだろうか?
「とっても好き。大好き!」
結露しはじめた窓の向こうでは、深々と雪が降りつづけている。
そのすべてをつつむ静寂の中に、ひっそりとケージの中からささやきがまぎれ込む。
「……じゃあ、なんで殺したの?」
こんな夜はやはり、とても冷え冷えとして……ほんの少しだけ狂おしい。
〈了〉
ベランダに出て一服しようとした時に、舞い降りてきた。少しだけ季節外れの雪が。
目を凝らして仰いだ遠くの空が、薄っすら鈍色に光っていて、見下ろした町並みは、くるくると白い輝きにつつまれてゆく。まるで、万華鏡でも覗いているみたいに。
「ふぅん……こんな日も、あるんだ」
パッケージから引き出した煙草を押し戻して、小さく独りごちてみた。
氷結した声は白く夜に舞い上がり、すぐに溶け込むように闇に散ってゆく。なら、べつに改めて煙を吐く必要もないだろう。
「――まぁ、たまにはこういうのもね」
冬の粒子みたいだった粉雪は、あっという間に斑なボタン雪に変わる。
ふっと、凍えるような寒さを感じて、思わず部屋の中に声をかけてしまう。
「ねぇ――俺のこと、好き?」
「好き、好き」
そんな風に聞くと、いつでもミユは間を入れずに答えを返してくれる。
「どのくらい、好き?」
「とっても好き。大好き!」
ちょっとだけ、どこか胸の底のほうが温かくなったような気がして、サンダルを脱いで部屋に戻る。
そっと顔を寄せ、なんとなくミユの答えに返事をしてみた。
「俺も……大好きだよ」
「好き。とっても好き。大好き!」
よろこんでいるのだろうか? そう言って、ミユはバサバサと羽ばたいてみせた。浸入していた夜気がほんの少し翼で掻き回されて、エアコンの暖気と小さく混じり合う。
「好き、好き。大好き!」
「うん……俺も、好きだよ」
もう一度答えて、ゆっくりとケージの中に手を伸ばす。せわしく傾げられるミユの首筋を、優しく幾度か撫でてみる。
「好き、大好き!」
そうやってミユは、あいつの言葉を何度も何度もくり返す。
「俺も、好き……」
どうして――
「……どうして、あいつには言ってやれなかったのかなぁ」
もしも言えていたら、なにか変わっていたのだろうか? そうしたらこの部屋は、こんなに寒くはなかったのだろうか?
「とっても好き。大好き!」
結露しはじめた窓の向こうでは、深々と雪が降りつづけている。
そのすべてをつつむ静寂の中に、ひっそりとケージの中からささやきがまぎれ込む。
「……じゃあ、なんで殺したの?」
こんな夜はやはり、とても冷え冷えとして……ほんの少しだけ狂おしい。
〈了〉