群馬の話 26

文字数 852文字

「お袋、腹すかせてんだろうなぁ」
 結局、講義のあと空手サークルの会合とかもあってそこそこ遅くなったおれは、そう思って駅前のコンビニで適当に弁当を買いそろえて部屋に帰ってきた。
 遅くとはいっても、まだ午後七時くらい。
 でも冬の午後七時なら十分あたりは暗くて、なのに外から確認するとまだ部屋に電気がついていない。鍵はおれがうっかり持ってでたし、お袋がでかけるのは不自然だ。
「……はぁ?」
 まさかYみたいに、お袋にもなにか……。
 急に不安になったおれが慌てて部屋に戻ってみると、
「ああ、おかえり。早かったね」
 と真っ暗な部屋の中から、お袋が寝ぼけ声でおれをむかえてくれた。どうも引っ越し作業が予想以上に早く終わったんで、早々に寝袋にもぐり込んで寝ていたらしい。
「なんだよ、びっくりさせんなよ……」
 ガキみたいにビビった自分がアホみたいに思えてため息をつくと、
「なんか荷づくりしてるうちに、急にすごく眠くなっちゃってねぇ。なんだか誰かに、引き止められてるみたい」
 と、あくびまじりの眠そうな声でお袋。
 ギクッとしたおれが、さらに引きつった声で聞く。
「引き止めるって、誰が……?」
「さあ?」
 ところがお袋は、それだけ言うとまたうとうとし始めた。電気の消えた部屋の中で、おれはおそるおそる背後の気配をさぐる。まさか……。
 でも、幸いにもこの日に幽霊が出てくることはなかった。
 ただ寝床のお袋が、
「そうだ、時計がうるさくて眠れないから、止めてくれない?」
 思いだしたようにそれだけ告げてくる。
 だけど時計の音なんて、おれにはどこからも聞こえない。
 そもそもおれの部屋に、腕時計以外の時計なんてあるわけがない。
 そう答えようとしてお袋の寝袋のほうをふり返ってみると、もうなにごともなかったようにお袋は寝息を立てていた。
 ――群馬の話 27へ。
#実話怪談 #体験談 #わりと長編




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